第33話「致死の魔剣?」

 第三十三話「致死の魔剣?」


 俺が唯一、信じられると思った教師が……


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのが……


 「ふふ、この日を夢見ていたのよ……幾日も幾日も、それこそ一日千秋の想いで……あぁぁぁぁっなんって!甘美な……私が”いただき”に立つ瞬間よぉぉぉ!」


 そんな彼女が俺の前に理不尽に立ち塞がっている……


 「国家の犬如きが……わらわの念願を阻むと申すのか?」


 たっぷりした黒髪の和装美女を囲む複数の狐火。

 それらはゴウゴウと燃えさかり、室内を所狭しと飛び回る。


 ーーごぉぉぉーー!

 ーーしゅごぉぉー!


 「フフッ……」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのは自身の目の前に、九個の魔法珠まほうじゅによる魔法円を展開したままそれを涼しい瞳で眺めていた。


 「随分と侮ってくれるのね、いにしえ大魔導士だいまどうしさん、私の魔術如きはそれで十分とでも?」


 瑞乃みずのは右手の人差し指と中指で、回転する九個の魔法珠まほうじゅから紫色に光る珠を二つ選択し、続けて円の中心にスライドさせる。


 ーーシュォォーン!

 ーーシュォォーン!


 「な、なんだ!?」


 同時に俺の胸元に僅かに熱が?


 その途端に飛び交っていた複数の狐火が、目に見えて”ふらふら”と失速する。


 ーーバシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!


 そして、狐火は相次いで消滅する。


 「……」


 その状況を微動だにせず見送るいにしえ大魔導士だいまどうしヨーコ。


 「これで本体も動けないでしょ?とっておきの結界なのよ……これ」


 そう言って紅い唇の端を上げる瑞乃みずのは、回転する残った七個の魔法珠まほうじゅのうち、三個に次々と指を触れていく。


 シュボッ!

 シュボッ!

 シュボッ!


 ランプに火をともしたように、次々と赤に染まる魔法珠まほうじゅ達。


 そして瑞乃みずのはその三個の赤い魔法珠まほうじゅを同様に中央にスライドさせた。


 ーーブワァァァァ!!


 「っ!!」


 途端に、動かなかったヨーコの周りの空気が揺らぎ、陽炎のように和装の美女の輪郭が何度も波打つ!


 「ヨ、ヨーコっ!?」


 ーーくっ……また!?


 俺の胸元にまたもや僅かなほんとに微量の熱が発生するが……俺の身体には特に他には異変が無い。


 ーーなんだ?さっきから……いや、今はそんな些細な事より……


 「…………」


 俺の焦った声にも、ヨーコは表情を変えないが……かといって動くことも出来ないようだ。


 ーー結界で本来は実体の無いヨーコを隔離して……外界から遮断した状態の相手を蒸し風呂のように熱しているのか?


 「ふふふ、どうかしら?灼熱の業火?いえ、数百度のサウナと言う方が的を射てるのかしら……」


 ーーやはり、強烈に結界内の空間を熱してヨーコを焼いている……それは実態を持たないヨーコにもダメージを与えられるということなのか……


 「……くだらぬな猟犬よ、この程度の結界を以てわらわに挑むとは……真に失望を……!?」


 そこまで言いかけて


 結界を破戒しようとしたのか、和装美女は煌びやかな袖を持ち上げて……


 ーーそのまま固まる。


 「!?」


 なんだ?……どうしてそうしない?……ヨーコは結界を解除出来るんじゃないのか?


 「…………」


 結界の中のヨーコは、我が言葉を中断したままのポーズで、視線だけを彷徨さまよわせていた。


 ーー切れ長の瞳から何かを探るように動く視線


 そしてヨーコの視線はある一点……間抜け面で状況を見守ることしか出来ない”俺”を凝視して落ち着く。


 ーー??


 「侮りすぎなのよ……大魔導士だいまどうしさん、それとも今は狐さんかしら」


 紅い唇に薄い笑みを浮かべた女が、そっと左手を頭上に掲げた。


 「どうしたの、既に大部分の力が扱えないほど不完全になっているのかしら?」


 続きの言葉を発しながら、瑞乃みずのは頭上に掲げ握ったままの左手をゆっくりと開いていった。


 「あっ!」


 俺は思わず声を上げていた!


 「……猟犬いぬが!」


 ヨーコは表情を変えぬまま……しかし明らかに苛立った口調でそう吐き捨てる。


 それは……あまりにも見覚えのある物体!


 金属製のコの字型の”取手”……


 ーーなぜっ!御前崎おまえざき 瑞乃みずのがそれを!


 「ふふっ」


 ーーぶんっ!


 一瞬だけ俺の方を見た瑞乃みずのは、掲げた左手を勢いよく下に振り下ろす!


 ーーガコォォン!


 「ぐはっ!」


 途端に俺の身体からだは、床にたたき付けられるように平伏ひれふしていた。


 「……ぐぅ……」


 必死で足掻こうとしても、押さえつけられて立ち上がることが出来ない。


 「ふふふ、良い格好ね、鉾木ほこのきくん……」


 そう言いながらコツコツとこちらに歩み寄る女。


 「な……なんで……あんたが……ソレ……を?」


 俺はまるで重力に潰されそうな感覚で……床にうつ伏せに張り付いたまま女の黒いストッキングに覆われた艶めかしい足……足元から見上げる。


 「なんで?手に入れたのよ、あの討魔競争バトルラリーの時にね……大会委員本部で出場者の荷物は預かっていたから」


 っ……!


 そう言うことかよ……全て計算ずくで……


 確かに御前崎おまえざき 瑞乃みずのはあの時会場を訪れていた。

 時間途中で終了した俺達パーティーを出迎えて……前後不覚の桐堂とうどうを医務室に連れて行ってくれたのだから……


 「……あなたの出場も、そうすればあなたがあのを引き入れることも……そして、そこに”聖剣”が接触する可能性……は、どちらかというと賭だったけどね」


 いつも呆れながらも微笑んでくれた唇が……彼女の赤い唇が……現在いまは歪に上がる。


 「……くっ!」


 「あのの鞄の中……綺麗な巾着袋に入れて、コレを大事そうに保管していたわよ……ふふ、悲しまないようにちゃんと精巧な偽物を入れておいてあげたけど……優しいでしょ?せ・ん・せ・い」


 直ぐ傍らで床に張り付いた俺を見下ろす美女は、色気たっぷりに微笑んでいた。


 「…………ぐぅぅ!」


 「ねえ、鉾木ほこのきくん、なんであのキュウ……いえ、”聖剣”が私の結界如きで動けないか解る?」


 御前崎おまえざき 瑞乃みずのはそのまましゃがみこんで、俺の顔をのぞき込んできた。


 「……」


 身体からだにピッタリとしたタイトスカートを身につけたストッキング越しの美女の艶めかしい足と、スカート……まったく目のやり場に困る体制だ。


 「じゃあヒント!あなたのね……大事なから貰ったプレゼントって誰の力が宿っているのかしら?」


 ーーそんなの決まっている……それは羽咲うさぎの……羽咲うさぎ!?


 羽咲うさぎの創った……お守り……

 そしてさっきからの……御前崎おまえざき 瑞乃みずのが魔術を行使するごとに胸の辺りに感じる熱……


 やっと”あること”に思い当たった俺は……今までで一番の間抜け面だったろう。


 「ふふったぶん正解よ!……”聖剣”と同じ主が作製したお守りアムレット、同種の力で構成されたお守りアムレットを介在して結界を張ったのよ」


 ーーくそっ!……なんてことだ!


 「……といっても、”聖剣”とは本来、込められた力の規模が違い過ぎるのだけど……そこはね、切り離されて何年も経つ不完全な”九尾せいけん”と、つい最近、一途にあなたの身を案じて精一杯想って創られたお守りアムレット……どっちがより主たる羽咲あのこの想いを具現化している……つまり主導権を持つかというとね……先生、すこし妬けるわぁ」


 瑞乃みずのは終始微笑みながら、白い右手で這い蹲った俺の頬をなで回す……


 「……く、くそっ」


 ーーまたしてもだ……またしても俺の不手際で……

 ーーいやっ今はとにかく、何とかしてアレを!


 しゃがんで俺の顔に触れる美女、俺はその逆の手に握られた金属製の”取手”に密かに注意を注ぐ。


 ーーぐいっ!


 「うっ!」


 俺の頬に触れていた瑞乃みずのの右手は滑るように滑らかに移動し、今度は乱暴に俺の顎をぐいっと持ち上げて首のお守りアムレットの紐を無造作に掴んでいた。


 ーーグッ


 途端に紐に力が注がれ、緩み無くピンと張り詰める!


 「やっやめろ!」


 咄嗟に叫ぶ俺に、美女は妖艶な笑みを浮かべて返した。


 「い・や」


 ーーブチィィ!


 「ぐぅぅ!」


 首の横に革紐を擦りつけられた俺は、痛みに声を漏らした。


 俺の首に赤い筋が浮き上がり、赤くすり切れた火傷やけど傷を浮かび上がらせる。


 そして、引きちぎられたお守りアムレットの革紐はダランと下がり、中央の守護石は女の白い手の中に収まった。


 「ごめんね、鉾木ほこのきくん、どうしても必要なのよ、コレ」


 全く悪びれずにそう言うと、再び瑞乃みずのは立ち上がった。


 「……教え子に対して、随分と非道い所業じゃな」


 相変わらず拘束されたままのヨーコが無表情に呟いた。


 「そうかしら?彼には後で代わりにもっとよいご褒美をあげるわ……でも、九尾あなたはここで消滅して貰う……」


 手に持ったお守りアムレットを掲げる瑞乃みずの


 同時に小さい守護石が鈍く輝きだした。


 ーーーヴィィィィィィ


 「…………」


 「…………」


 「……たいしたものだわ……これだけ魔力を制限され、無防備に攻撃に身を晒し続けて……まだ存在が保てるなんて……」


 「なに……せ、千年以上迷ってきた身じゃ……更には……一度滅んだ事もある……しの」


 ヨーコは軽口を叩くが……明らかに最初の頃の余裕は無い。


 「……ふう、ここまでお膳立てして、単純でお馬鹿さんな教え子を利用して……それでもなお……とうの昔に主に捨てられ弱りきった”聖剣”を仕留められないなんてね……屈辱だわ……」


 瑞乃みずのはそう言うと大胆に開いたブラウスの胸元にお守りアムレットを持った右手をそっと差し込んだ。


 ーーこ、これ以上なにを!?


 ーーズチャ!


 そしてそこから一振りの奇妙な造形の短剣を抜き出す。


 「……どうした猟犬いぬよ、魔術師よ?宗旨替しゅうしがえかの?」


 この状態でも、いまだ挑発的な言葉を放つヨーコに対して、瑞乃みずのは赤い唇を歪めた。


 「ほら、貴方は私を国家の犬と呼ぶでしょ?……今は国家とは袂を分かったけど……犬は犬らしく、狐狩りを始めるのよ!」


 瑞乃みずの魔法珠まほうじゅによる魔法陣を放置して、左手に”取手”を右手に短剣を持ち……


 「…………」


 改めて油断無く短剣を前面に構え、しなやかな身体からだを、まるで狩でよく見る飛びかからんとする猫科の猛獣のように低く構えていた。


 ーーギラリ!


 刀身が波打つ形状で深緑色の上品とは言い難い短剣。

 これはクリスダガーと分類される短剣だ、呪術用にも用いられると聞くが……


 「…………すぅ」


 それを低く低く構える女は……熟達した暗殺者アサシンの如く、様になっていた。


 「成るほど……其方そなた剣技そっちの方も達者と見える……それにそれは……魔剣か?」


 奇妙な緑の刀身、歪な短剣……


 「……”致死”の魔剣カリギュラ……国家の犬を長くしていると、こんな忌まわしい物も手に入るのよ、悪くないでしょう?」


 波打つ刀身の向こうから獲物をロックオンし怪しく光る女の瞳。


 ーーなんでだ……なんでこうなるんだよ!


 忌まわしいやいばの向こうから覗く狂気の光、御前崎おまえざき 瑞乃みずのは……


 たとえ俺がどう思っていようと、もう俺の知る人物では無かった。


 第三十三話「”致死”の魔剣?」END


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