第8話「闇夜のうさぎ?」

 第八話「闇夜のうさぎ?」


 ーーヴァヴァヴァッ!

 ーーギャヴァヴァウ!


 「あはは、俺はてっきり半魚人はギョギョギョ!って話すもんだと思ってたよ」


 「……」


 プラチナブロンドの美少女は黙々と作業をこなしている。


 「えっと、ギョギョっていうのは魚の”ぎょ”と驚きの”ぎょ”をかけた……」


 ジロリと無言で睨む翠玉石エメラルドの瞳。


 「うう……」


 俺は黙って目をそらしていた。


 ーーガコンッコンッ!


 プラチナブロンドの美少女、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルは、さっきから、俺の部屋にあった鉄アレイ(三キログラム)二個に、しっかりとした荷造り用のロープを結びつける作業を黙々と続けていた。


 「まとの数は?」


 羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルという少女は、俺のウィットに富んだ会話には付き合わないくせに、自分の用件はさっさと済まそうとする、けしからん輩だ。


 ーー”マト”ね、ああ、下の半魚人達のことか?


 「えーと、五、いや六人かな……にん?えっと魚だから匹か?いや半分は人だから……」


 ーーガコン!


 「どっちでもいいわ、化け物の助数詞なんて……貴方……意外と余裕が……」


 俺が住むマンションの屋上から下を見下ろしていた俺の横に、つい先ほど出来あがったばかりの手製鎖付鉄球モーニングスターらしきものを二つ携えて来た少女は、若干呆れ気味にそう言いかけたが……そこで言葉を一旦止めた。


 「…………」


 間近で輝く翠玉石エメラルドの視線がスッと俺の足下に移動して、再び俺の顔に戻ってーー

 

 「余裕……ないみたいね……」


 そう言い直す。


 「…………」


 そうだ、情けない話だが、俺の足はガクガクと震えていた。


 かっこわるい?仕方ないだろ、俺は戦士ソルデア系のような前面に出るタイプじゃない……この間の人狼じんろう戦だって成り行きだったし……


 「盾也じゅんやくん……貴方、もしかしてこの間の実戦ことって……初めてだったの?」


 羽咲うさぎは驚いたように、美しい瞳を丸くして俺を見る。


 「いや、初めてなんて恥ずかしいこと、女の子が聞いたら駄目だろ」


 る俺を呆れた視線で見る羽咲うさぎ


 もうお解りかと思うが、これは、この俺の態度はただの誤魔化しだ。


 怖くて怖くて仕方ないのを誤魔化すために、ている。

 それは、お化け屋敷やジェットコースターなど、苦手なものを体験する前に異常にテンションが高くなるような感じと酷似していのかもしれない。


 「不思議……」


 「な、何が?」


 俺はかっこわるい自分を見透かされ、かなり居心地が悪いながらも彼女の意味不明な言葉を聞き返す。


 「いえ、なんでもない……大丈夫よ、わたし一応、英雄級ロワクラスなんだから、あの程度の幻獣種げんじゅうしゅくらい簡単に撃退できるわ」


 腰に工房にあった俺の剣を携えた羽咲うさぎは、そう言って俺を安心させようと微笑むが、どう見ても笑い方がぎこちない。


 ーーどうもおかしい?さっきの話といい……まだなにか隠してあるのか?


 俺は何故だかどうしても大船に乗ったような気にはなれなかった。


 「さっき話した作戦通り、貴方がここからコレで幻獣種げんじゅうしゅに先制攻撃する、理解したフェアシュテーストゥ ドゥ?」


 彼女は、手製の鎖付鉄球モーニングスターもとい、荷造り用ロープ付鉄球(三キログラム)二個を俺に渡した。


 幻獣種げんじゅうしゅには戦士ソルデア魔導士ソルシエールのような能力者の攻撃以外は効果が無いのは周知の通りだが、彼女が言うには、荷造り用ロープ付鉄球(三キログラム)で奇襲攻撃を行い、攪乱して欲しいということだ。


 その隙に戦士ソルデア系能力者である彼女が相手の死角に回り込み、一気に殲滅する……

 つまり、俺は殆ど人数には入っていない。

 

 まともに戦って戦力にならない俺のことを考えると、今の状況で”多対個”の戦い方としてはギリギリありだろう。


 「ああ、わかった」


 それでも本来、戦闘には関わりたくない俺は、不承不承でそう応える。


 羽咲うさぎはそれを確認した後、コクリと頷いて屋上出入り口の方へ姿を消した。


 ーーー

 ーー


 「…………」


 俺は再び屋上の縁から下を眺める。


 そして、今まさに、俺の部屋に踏み込む算段でもしているのであろう、半魚人達を監視しながら彼女の準備が整うのを待った。


 「…………」


 暫く、俺は一人で屋上から半魚人達を注意深く観察する。


 ーーホントにやれるのか?二人で……


 彼女は言った。

 恐らく自分を追って幻獣種げんじゅうしゅがこの近くに来ていると。

 なにか気配のようなものを感じたのだろうか?


 そして彼女は提案してきた。

 このビルの屋上は出られるのか?

 可能ならそこから現状を分析し、撃退できる体制を整えようと……


 かくして、幻獣種げんじゅうしゅは本当にそこに居たのだが……


 相手が襲ってくる以上、反撃はせねばなるまい……

 しかしこの戦いは本当に勝ち目があるのか?


 俺は当然戦力らしい戦力にはならない、それは彼女も承知だろうし……


 ーーピピピピッ!


 「!」


 俺がつい、考え込んでしまっていたときに合図の携帯電話が鳴り響いた。


 ーーギャギャッ!

 ーーギュギュギュ!


 そして当然、遙か頭上から響く異音に気づいた、下方にたむろする半魚人たちも慌ただしく反応していた。


 「ええい!ままよ!」


 俺は半ばやけくそ気味に、手に持った彼女手製の鎖付鉄球モーニングスターもどきを一投する!


 ーーガコォォ!


 グギャッ!


 「命中!」


 続いて二投目!


 ーードカァァ!


 ガギャッ!


 「これまた命中!」


 俺の投擲した凶器が命中した二匹は、頭に鉄アレイを喰らってもんどり打って倒れた。


 ーー三キロの鉄の塊を六階の高さから頭頂部に直撃される!


 重力と加速度、不意打ちも合わさって、普通なら如何に化け物といえど直ぐには立ち上がれないだろう。


 ーーギャギャ!


 「あ……普通に立ち上がった……」


 ……全く効いていない、直ぐに立ち上がって……


 ーーギロッ!ギロッ!ギロッ!


 一斉に上方こっちを見る!


 「うおっ、の、登って来やがるのか?」


 そして半魚人は水かきのある四肢を器用に使って壁を這い上がってくる。


 「うそだろ、なんで魚がそんなに登るのうまいんだよ!」


 あいつら、ご丁寧に一列に並んで登って来やがる……

 …………一列?


 なんで怪物がそんな規則正しい行動を?


 「へっ!?」


 咄嗟に疑問に思った俺は、直ぐにそれに気づいた。


 俺が覗いているビルの屋上の縁、そこから垂れ下がったロープに……


 「…………」


 俺が先ほど投げた彼女手製の鎖付鉄球モーニングスターもどき、

 そのうち一つに繋がっていた荷造り用ロープは、後方の給水タンクの台座にしっかりと結びつけられていた。


 つまり、半魚人達は、それを伝ってよじ登って来ていたのだ。


 「な、なんで?だれが?」


 う、うそだろ!どうすんだよこれ!このままじゃ俺は魚の餌に……


 ヴァヴァヴァッ!

 ギャヴァヴァウ!


 「うわーーー!」


 ーー!


 ”鯉の滝登り”よろしく、眼前で展開される”半漁人のビル登り”……シャレになんねぇーー!


 ーーっ!?


 「…………」


 思わずそこから離れようとした俺の背後に何かの気配!


 「へ……え……と……」


 「…………」

 

 ーー冷めた顔で背後に、スッと立つ人影。


 それは……


 それは、階下に移動したはずの美少女、羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼル!!


 「う、羽咲うさぎ……」


 「…………」


 情けなく腰砕けになった俺を一瞥して、彼女は踏み出していた。


 そう!踏み出した!ビルの屋上から足下に何も無い虚空へ……


 「…………」


 「あれ……えっ……わ、微笑わらってる……のか?」


 瞬間に、チラリとだけ垣間見えた、闇のそこに飛び立つプラチナブロンドの美少女の整った唇が、僅かに口角を上げていた。


 第八話「闇夜のうさぎ?」END

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