四季一々
南雲 達也
大石光輝のお話
大石光輝のお話(1)
「じゃあ、みんなで確かめに来てよ。ぼくの言ってることが本当かどうかさ」
周りにいる子供たちより、少しだけ背の低い男の子が日差しに負けないような暑苦しさで言い放つ。
教室には夏特有のへばりつくような暑さと、自分本位な日光と、蝉のやかましい声がこれまた暑苦しく入り込んでいた。
掃除中なのだろう。その男の子は、使いすぎて先がボロボロになったホウキを右手に持っている。それも一本ではなく何本も、だ。その数はちょうど彼を取り囲んでいるクラスメートの数と一致する。そして左手にはチリトリ。まるで教室の掃き掃除を彼一人でやっているようである。
まるでも何も、実際その通りなのだが。
「イヤだよ。どうせそんなのウソに決まってるし」
クラスの掃除係と化してしまった彼に冷たく返答したのは、一人彼を取り囲まず机の上に行儀悪く座っているつり目の少年だった。その少年は机から勢いよく降りると、クラスの掃除係に近づいていく。つり目の少年は取り巻きのクラスメートよりも身長が高く、掃除係の男の子の前に立つと頭一個分ほど違う。
そしてその身長差よりも大きな力関係がこの二人の間にはあった。
「ウソじゃないよっ。ずっと前からできたんだから。それにぼく図書館で調べたんだ。この辺りにはそういうデンショウ? イツワ? っていうのがあって……とにかく、ほんとなんだってば」
相手を見上げながら必死に自分の話は本当なのだと訴える。つり目の少年の目がどんどん険しくなっていっているが、そんなこと気にも留めていない。
手に力を込めすぎて木製のほうきの柄が少し嫌な音を立てているが、そんなこと気にも留めていない。
「……まだ言うか。そんなことありえるわけないだろ。なあ、みんな」
呆れ二割嘲り八割の嫌な笑顔を浮かべながら、つり目は周りの取り巻きを見渡す。同意を求められた取り巻きは嘲り十二割の調子で、「だよなぁ」「んなことあるわけないよな」「ウソついてんじゃねえよ」と口々に掃除係を攻め立てる。
「ほら見ろ。みんなこう言ってんだ、お前はウソつき。はい決まりー」
最初からこの場にいるみんなが味方という八百長じみた方法で支持を集めたつり目は掃除係をピシっと指さし、もうこれでおしまいだと言わんばかりに掃除係に背を向ける。自分の机に近づき、乱暴に扱っているのであろう、表面が擦り傷だらけの空っぽのランドセルを背負う。取り巻きも自分たちのリーダーであるつり目に続き、帰り支度を始める。全員もれなくランドセルの中はすっからかんで、持って帰るのは筆箱と親に渡さないと怒られてしまうプリントだけだ。
「ちょ、ちょっと待ってよっ。お願いだよ、一緒に来てよ。来てくれたらぜったい分かるからさ」
掃除係は手に持ったほうきとちりとりを放り出して、教室のドアの前に立ちふさがる。放り出された掃除道具が耳障りな音を立て、床に散らばる。
「うるっさいな。だから行かねえって…………いや、待てよ」
ドアの前にいる、もう掃除係ではなくなってしまった少年をうっとうしそうに見つめながらあごに手をやり、少し考えようなそぶりを見せた後、つり目は自分の支持者を集め、ひそひそと何やら話を始めた。「……で、あいつが行ったあと……」「うんうん。……え、マジでそれやんの?」「うわ、楽しそっ」「ああ。やばいな」話をする彼らの口元はいやらしくつりあがっており、先ほどとは違った笑顔―先ほどの笑顔のほうが何倍もマシだったと思わせる笑顔だ―を顔に貼り付けている。しかし、みんなの帰りを防ごうと未だドアの前に張り付いている元掃除係からは何もうかがい知ることができず、元掃除係はいつ何時帰り道を塞いでいる自分を吹き飛ばそうとするタックルが来てもいいように身構えている。
「それがあるのって裏山なんだよな」
「う、うん。そうだけど……」
今までこちらの話に一切興味を示さなかったつり目が急に興味を持つようなそぶりを見せ、元掃除係は驚いたような顔をする。しかし、その驚きの表情も次につり目が放つ言葉にすぐにかき消されてしまう。
「いいぜ。行ってやるよ。お前の話がマジなのかどうか確かめに行ってやる」
「…………え?」
「だ・か・ら、行くつってんの」
「ホントっ。よっし、分かった。じゃあついてきて、僕が案内するよっ」
元掃除係は崖の下から引っ張りあげられた遭難者のように喜び、顔を緩ませる。そして何かのツアーガイドにでもなったような面持ちで、みんなの気が変わらない内にというような様子で下駄箱に向かおうとする。自分がまだホウキもチリトリもほったらかしたままで、それにランドセルを背負っていないことも気づいていない。
「まあ、待てって」
そう言ってあわてんぼうの肩をつり目ががっちりとつかむ。ニタニタと先ほどと同じ種類の笑顔をバカの一つ覚えのように浮かべ、
「いやな。おまえの話がマジだったらさ、俺たちもゆっくりそれを見てみたいわけよ」
「うん」
「だからさ、みんな一回家に帰って、それから裏山に集合ってのはどうだ? ほら、ランドセル背負ったままだと重いし、ジャマくさいだろ」
自分たちのランドセルには大したものなど何一つとして入っていないのに、さも自分の提案がすばらしいものだと言いたげな表情を、つり目は浮かべている。
そしてそのどや顔の仮面の下には、これまでも幾度か見せたあの笑顔が隠れている。
「うん、そうだね。じゃあ荷物置いたら裏山の入り口のとこねっ」
早く自分の言ってきたことを信じてもらいたい掃除係改めあわてんぼうのツアーガイドは、つり目の顔の重層構造など、担任の今日の靴下の色ほどの興味しかなく、用件だけ伝えると自分のロッカーから重そうにランドセルを引きずり出す。道端の石ころを相手にするような調子で自分の散らかした掃除用具を無視し、ついでに『廊下を走ってはいけません』のポスターも無視。そのまま帰ってしまった。
教室に残ったモノはあわてんぼうのツアーガイドの引率など、最初から必要としていなかった。
蝉の声は、もう聞こえなくなっていた。
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