現代地獄事情

シロヒダ・ケイ

第1話

現代地獄事情

作  シロヒダ・ケイ


 皆さん。極楽と地獄のどちらを見てみたいですか?

私は地獄を選びます。

住みたいのは極楽ですが・・そりゃそうでしょ。金銀珠玉がちりばめられ、衣食住は思うがまま。苦は無く、ただ楽のみの生活。住人達は皆、満ち足りた穏やかな顔をしている・・。

しかし、見たいのは地獄でしょ。どんな世界か興味津々。

漠然と・・恐怖と苦痛に満ちた世界であるのは判りますが、実際にこの目で見たいと・・そりゃあ、思いますよ。

例えは悪いですけど・・。

満ち足りたセレブの世界に、あなたが放り込まれたとしましょう。異邦人になりますねぇ。疎外感・・。居心地の悪さは容易に想像できます。ひと目見れば用は有りません。一刻も早く、その豪華な世界から離れたいとは思いませんか?

ところが、セレブの裏側。ドロドロした世界は、面白そうで見飽きる事はなさそうに思われます。推理小説の面白さは、多くの場合、事件の主役・・すなわちセレブ達の裏側に、地獄の臭いを感じるからなのです。


と言う事で、一計を案じました。


名札を作りまして「小野篁(おののたかむら)」と記入しました。ネック・ストラップでブラ下げて・・いざ行かん・・六道珍皇寺へ・・。

ここで閻魔大王と出会い、冥界への入口とされる井戸に立てば、地獄を見られるかもしれません。

平安時代の公卿・小野篁だけが、現世と冥界を行き来出来ていたのですから・・。そのマネをしてみるのです。ナーンって、ハハハ。軽いジョークですよ。

衣冠をととのえた貴族の恰好までは致しません。普通の背広ですよ。京都出張のついでにホテルを予約、観光するだけです。ハハハ。


お寺に着いて、まず、小野篁の木像に挨拶。悪乗りの冗談の件を、スンマッセンと早めに謝るべきでしょう。

見上げると、百八十センチの長身。肥満でもない。顔も自分とは全く違うツクリで・・これなら閻魔様が気付かないなんて事、有りません・・。

お次は・・本命・閻魔大王像へ。

偉そう、強そう、恐そうの三拍子で鎮座されている・・。まんまるマナコがこちらを睨んでいる。名札を手に取りマナコに見せた。シナリオ通りに・・。


「久しぶりじゃのう。井戸に廻るが良い・・。」と声を掛けられるハズはない・・。ところが、なんとなく・・声がした気がする・・。

声を掛けられようが、掛けられないにせよ・・井戸は観光的にはずせない。人に、六道珍皇寺に行って来たとイエマセン・・。

井戸は危ないので事故防止の為、フタがしてある。これなら井戸から冥界には行けるハズがないな・・。


その時、自分に異変が起きた。

ゲゲゲ・・。ゲゲゲの鬼太郎。イッタンモメンのように細長い帯状の織物となって・・

井戸のフタの隙間に吸い込まれてしまった。ゲゲゲ・・。


それは、それはコワーイ所だった。


「ダマしたな・・ウソをついたな・・。」

閻魔大王は怒りに震えているようだった。手にはクギヌキ。大工道具でも「エンマ」と呼ばれるヤットコ状の釘抜きをカチャカチャさせていた。

大王の横に奪(だつ)衣(い)婆(ばば)という婆様。亡者の衣服を剥ぎ取って木に掛ける。その木の枝のしなり具合で罪の軽重を量り、三途の川の行先が判定されるのだ。判定に異議をとなえても、浄玻璃(じょうはり)鏡(きょう)という閻魔の横に置かれている鏡に、生前の罪状がビジュアルに映されるので、判決を受け入れざるを得ない仕組みになっている。だったら、裸で衣服を身に着けていないといいのか。イヤ、生皮を剥ぎ取られるので余計、痛い思いをするだけなのだ。

善人なら金銀七宝の橋。軽い罪人は山水瀬、重い罪人は強深瀬を渡る。これは流れが急で、上流から岩が落ちてきたり川底には大蛇が徘徊して食われたりとロクなめに会わない。


話を戻して名札偽造の罪の件。冗談の通じる相手ではなさそうなので・・ウソと言われればウソ・・冗談通じてヨー。

地獄観光ツアーどころではなく、地獄の住人にならされるのは間違いない・・と思われた。その前に舌を抜かれるのか・・。あのカチャカチャで・・。と思うと、この世の末だと慨嘆したくなる。まさに、この世の末なのだ。


閻魔大王。裁きを下す?舌を抜く?アワアワアッアァ・・

恐怖におののいていると、意外な行動に出た。


閻魔の着ぐるみを脱いで、お地蔵様が現れたのだ。閻魔様も、もとは地蔵様。グッタリした表情でこちらを見ている・・。

「名札だけで・・見抜けぬとは・・。ワシも疲れておるのう・・。」

もともとお前は亡者ではない。だから裁きの対象にはなってないのだ・・と地蔵様は告げた。

「ワシの判断ミスではあるが・・小野篁以来、久しぶりに、こうやって現世の人間と会う事になった。少し話していかんか・・。」


お地蔵様のグチを聞かされるハメになった。ま、しかし舌を抜かれるのではないので、こちらも真摯に、お話を聞いてあげる事にした。

閻魔大王、いや、お地蔵様のユウツ・・。


先ずは亡者の行き道となる、六道の説明から・・。

地獄道、餓鬼道、畜生道。ここまでが三途の三悪道。加えて修羅、人間、天の道があると言う。

人間道では寿命は二百五十年から千年。

天の道では少なくとも九百万年。天界にもいろいろランクがあって、一つランクアップするだけで寿命は四倍になる。

「わかるかね。」

人類生誕からすると、天界に住む人は増えるばかりで減るのは少ないのだ。皆が極楽・極楽・・・と満ち足りた生活をさせる為には、膨大な管理コストがかかるし、快適な生活環境を支える人員が必要なのだ。

おまけに再審制度がある。一周忌から三十三回忌になるまで再審によって地獄から餓鬼道へ、人間道から天の道へ・・。本人が、それぞれの道で精進すればランクアップ。子孫が功徳を積み先祖のランクアップを望めば、さらに上に行ける仕組みなのだ。(そうか、だから法事があるのか。功徳を積めば、ご先祖様のお役に立てるのだ。行いを正すことのない生活や、法事をおろそかにしたり省略するのは、もってのほかであるのだ。)そうだと、再審制度で天界に移る人も増えるに決まっている。


天界ばかりではない。地獄に暮らす亡者も増える一方。阿鼻地獄、無間地獄と呼ばれる極悪人に対する罰がある。・・これは死んでも生き返らせて、永久に地獄の責め苦を味あわせる究極の罰なのだが・・無間地獄の亡者は減る事はないのだ。

最大の問題は人口の増加。平安時代に約五百万人だった日本の人口は、戦国で一千五百万、江戸で三千万、今は一億を超えている。

これらは全て亡者となり、六道のいずれかに住む事になるのだ。これから戦後ベビーブームに生まれた者達がやって来る。対策をせねば冥界はパンクするのは必定・・。

しかも罪状の証拠となる、鏡に映る内容が複雑になっておる。

整形したり、化粧で顔を変えたり・・。車や電車、飛行機で移動するなど・・。パソコンやスマホを使った犯罪では、下調べがタイヘン。目がショボついて・・・今回、お前と小野篁を間違う事にもつながるのじゃ・・。


「わかるよネ。」

わかります。極楽、地獄。それぞれの世界はスタッフ不足に。

天界に住む人にボランティアを呼びかけるが、鬼になって地獄に落ちた人を責め苦しようという輩は居ない。わざわざ既得権の、満ち足りた生活を放棄してスタッフになろうとは思わない道理だ。

「でも良い事もありはしませんか?」

亡者は六文銭を携えて来るのでしょう。チリも積もれば山となる・・じゃあ御座いませんか?

「あれは渡し賃。我等の懐に入るものではない。」悲しい顔で質問に答えた。大変、失礼をば・・致しました・・。

だがこのままでは立ち行かなくなるのも明白な事実。

極楽福祉制度も改革を迫られている。地獄の管理体制、スタッフの処遇改善も待ったナシの課題なのだ。


「何か妙案はないのですか?」

「ない事も無い・・。」お地蔵様は未来を向くように少し明るい顔になった。

破綻を回避するため、スタッフを志願した者には格上げの利益誘導もやむなし・・との意見も出ておるらしいのだ。先日、地獄から這い上がった者をスタッフにするとの決議案が可決されたのが「一縷の希望」。


「最近、良いニュースが流れておるのじゃ・・。」


お地蔵様は、閻魔になって、ある科学者を裁いた事案を話始めた。

その科学者。自称、万能の天才科学者と豪語する男。

ノーベル賞受賞者の功績も、実は自分が考えだした事で、賞金の半分を自分に渡す条件で各国の博士達に情報を流したのだ・・とうそぶく。

「なら、自身で論文を書けば良いではないか。」

「それでは、受賞でき、賞金を貰えるのは一つ。半分にして十も二十も貰った方かトクに決まってます・・。」と口がウマイ。

「しかし、お前は核兵器や、ガスなど生化学兵器を作り、人類滅亡の危機を作り出したではないか。」

「それは間違いありません。」鏡を持ち出すまでも無く、事実を認めた。そこは潔よかった。「しかし・・。」とコトバを続ける。

「しかしですぞ。閻魔様は引き算が出来ておりません。」

ムッとなる閻魔に向かって抗弁する。

「その事をマイナスとしましょう。しかし、一方、私はガン撲滅の為、様々な抗ガン薬を開発しました。その他、人類に有用な新技術にも携わっております。差し引けば貢献度はプラス。どうして地獄に落ちねばならぬのでしょうか?」

「では、そなた。十人を救えば十人を殺しても罪にはならぬと申すか。」

犯罪は犯罪。功績は功績。犯罪は消えないのだ・・との理屈で地獄に落としたのだった。


だが、その事案と「良いニュース」が結びつかない。


「そなた。芥川龍之介の蜘蛛の糸を存じておるか?」

「そりゃあ。教科書にも載っている名作ですから・・。」

今から行こう。


その場所は、お釈迦様がおわす天界の最上層だった。それは・それは美しい風景。この世のものと思えぬ・・もともと、この世ではなかった。ハスの花が咲き乱れる天上界・・。

お釈迦様は天才科学者「ドクター・カンダタ」を救おうとなさっておられた。

ヒスイのような色をしたハスの葉に極楽のクモが銀色の糸を垂れている。

そのクモの糸を手にとられ、玉のような白蓮の間から、はるか下の地獄の底へ、真っ直ぐに降ろしなさいました・・。

血の池で、浮いたり沈んだりしていたカンダタ。針の山の針が光るくらいで暗い空間・・。責め苦に疲れ果て、泣き声さえでない地獄に居た。

そこに垂れてきた一筋の糸。クモの糸だった。しばしカンダタは考えていた。どれほどの時間が過ぎたであろうか・・。

クモの糸に掴まり上を目指すカンダタ。

随分と上に登ってきたもんだ・・。

フッと下を見ると、亡者達がゾロゾロ・・ゾロゾロ

「うわっ。」

が・・しかし・・

カンダタは糸を切る事もなく、更に上を目指して登りゆく。ゾロゾロと亡者の群れが続く・・。

カンダタの目には自信が満ち溢れていた。


クモの糸。・・それは驚異の素材。加工の仕方により、鉄の何倍も強靭である事が知られている。天才科学者は、それを実用化したのだ・・。


閻魔大王、いや、お地蔵様はニンマリした。

彼等は無事に地獄から抜け出せるだろう。・・そして我等の仕事を支えるスタッフになってくれるだろう。


三途の川のほとりに戻った我々は別れの挨拶をした。

お地蔵様の顔に生気が戻り、頬に紅がさしている。


「良かったですね。」

「ウム。ウム。」

最後。お地蔵様が口を開いた・・。

「功徳を積みなされ。お前には極悪ではないにしろ、罪の埃が・・ソコソコ・・付着しておるからのう・・。」

「わかっております。システムが判りましたから・・。自分の為、先祖の為、善行を行なうよう心がけます・・。」

「あと、亡者になった時には、スタッフに志願を頼むよ・・。」

エッ。

でも、ヤッパ、スタッフになるのはイヤだなぁ。楽したい・・。

                           完












  




現代地獄事情

作  シロヒダ・ケイ


 皆さん。極楽と地獄のどちらを見てみたいですか?

私は地獄を選びます。

住みたいのは極楽ですが・・そりゃそうでしょ。金銀珠玉がちりばめられ、衣食住は思うがまま。苦は無く、ただ楽のみの生活。住人達は皆、満ち足りた穏やかな顔をしている・・。

しかし、見たいのは地獄でしょ。どんな世界か興味津々。

漠然と・・恐怖と苦痛に満ちた世界であるのは判りますが、実際にこの目で見たいと・・そりゃあ、思いますよ。

例えは悪いですけど・・。

満ち足りたセレブの世界に、あなたが放り込まれたとしましょう。異邦人になりますねぇ。疎外感・・。居心地の悪さは容易に想像できます。ひと目見れば用は有りません。一刻も早く、その豪華な世界から離れたいとは思いませんか?

ところが、セレブの裏側。ドロドロした世界は、面白そうで見飽きる事はなさそうに思われます。推理小説の面白さは、多くの場合、事件の主役・・すなわちセレブ達の裏側に、地獄の臭いを感じるからなのです。


と言う事で、一計を案じました。


名札を作りまして「小野篁(おののたかむら)」と記入しました。ネック・ストラップでブラ下げて・・いざ行かん・・六道珍皇寺へ・・。

ここで閻魔大王と出会い、冥界への入口とされる井戸に立てば、地獄を見られるかもしれません。

平安時代の公卿・小野篁だけが、現世と冥界を行き来出来ていたのですから・・。そのマネをしてみるのです。ナーンって、ハハハ。軽いジョークですよ。

衣冠をととのえた貴族の恰好までは致しません。普通の背広ですよ。京都出張のついでにホテルを予約、観光するだけです。ハハハ。


お寺に着いて、まず、小野篁の木像に挨拶。悪乗りの冗談の件を、スンマッセンと早めに謝るべきでしょう。

見上げると、百八十センチの長身。肥満でもない。顔も自分とは全く違うツクリで・・これなら閻魔様が気付かないなんて事、有りません・・。

お次は・・本命・閻魔大王像へ。

偉そう、強そう、恐そうの三拍子で鎮座されている・・。まんまるマナコがこちらを睨んでいる。名札を手に取りマナコに見せた。シナリオ通りに・・。


「久しぶりじゃのう。井戸に廻るが良い・・。」と声を掛けられるハズはない・・。ところが、なんとなく・・声がした気がする・・。

声を掛けられようが、掛けられないにせよ・・井戸は観光的にはずせない。人に、六道珍皇寺に行って来たとイエマセン・・。

井戸は危ないので事故防止の為、フタがしてある。これなら井戸から冥界には行けるハズがないな・・。


その時、自分に異変が起きた。

ゲゲゲ・・。ゲゲゲの鬼太郎。イッタンモメンのように細長い帯状の織物となって・・

井戸のフタの隙間に吸い込まれてしまった。ゲゲゲ・・。


それは、それはコワーイ所だった。


「ダマしたな・・ウソをついたな・・。」

閻魔大王は怒りに震えているようだった。手にはクギヌキ。大工道具でも「エンマ」と呼ばれるヤットコ状の釘抜きをカチャカチャさせていた。

大王の横に奪(だつ)衣(い)婆(ばば)という婆様。亡者の衣服を剥ぎ取って木に掛ける。その木の枝のしなり具合で罪の軽重を量り、三途の川の行先が判定されるのだ。判定に異議をとなえても、浄玻璃(じょうはり)鏡(きょう)という閻魔の横に置かれている鏡に、生前の罪状がビジュアルに映されるので、判決を受け入れざるを得ない仕組みになっている。だったら、裸で衣服を身に着けていないといいのか。イヤ、生皮を剥ぎ取られるので余計、痛い思いをするだけなのだ。

善人なら金銀七宝の橋。軽い罪人は山水瀬、重い罪人は強深瀬を渡る。これは流れが急で、上流から岩が落ちてきたり川底には大蛇が徘徊して食われたりとロクなめに会わない。


話を戻して名札偽造の罪の件。冗談の通じる相手ではなさそうなので・・ウソと言われればウソ・・冗談通じてヨー。

地獄観光ツアーどころではなく、地獄の住人にならされるのは間違いない・・と思われた。その前に舌を抜かれるのか・・。あのカチャカチャで・・。と思うと、この世の末だと慨嘆したくなる。まさに、この世の末なのだ。


閻魔大王。裁きを下す?舌を抜く?アワアワアッアァ・・

恐怖におののいていると、意外な行動に出た。


閻魔の着ぐるみを脱いで、お地蔵様が現れたのだ。閻魔様も、もとは地蔵様。グッタリした表情でこちらを見ている・・。

「名札だけで・・見抜けぬとは・・。ワシも疲れておるのう・・。」

もともとお前は亡者ではない。だから裁きの対象にはなってないのだ・・と地蔵様は告げた。

「ワシの判断ミスではあるが・・小野篁以来、久しぶりに、こうやって現世の人間と会う事になった。少し話していかんか・・。」


お地蔵様のグチを聞かされるハメになった。ま、しかし舌を抜かれるのではないので、こちらも真摯に、お話を聞いてあげる事にした。

閻魔大王、いや、お地蔵様のユウツ・・。


先ずは亡者の行き道となる、六道の説明から・・。

地獄道、餓鬼道、畜生道。ここまでが三途の三悪道。加えて修羅、人間、天の道があると言う。

人間道では寿命は二百五十年から千年。

天の道では少なくとも九百万年。天界にもいろいろランクがあって、一つランクアップするだけで寿命は四倍になる。

「わかるかね。」

人類生誕からすると、天界に住む人は増えるばかりで減るのは少ないのだ。皆が極楽・極楽・・・と満ち足りた生活をさせる為には、膨大な管理コストがかかるし、快適な生活環境を支える人員が必要なのだ。

おまけに再審制度がある。一周忌から三十三回忌になるまで再審によって地獄から餓鬼道へ、人間道から天の道へ・・。本人が、それぞれの道で精進すればランクアップ。子孫が功徳を積み先祖のランクアップを望めば、さらに上に行ける仕組みなのだ。(そうか、だから法事があるのか。功徳を積めば、ご先祖様のお役に立てるのだ。行いを正すことのない生活や、法事をおろそかにしたり省略するのは、もってのほかであるのだ。)そうだと、再審制度で天界に移る人も増えるに決まっている。


天界ばかりではない。地獄に暮らす亡者も増える一方。阿鼻地獄、無間地獄と呼ばれる極悪人に対する罰がある。・・これは死んでも生き返らせて、永久に地獄の責め苦を味あわせる究極の罰なのだが・・無間地獄の亡者は減る事はないのだ。

最大の問題は人口の増加。平安時代に約五百万人だった日本の人口は、戦国で一千五百万、江戸で三千万、今は一億を超えている。

これらは全て亡者となり、六道のいずれかに住む事になるのだ。これから戦後ベビーブームに生まれた者達がやって来る。対策をせねば冥界はパンクするのは必定・・。

しかも罪状の証拠となる、鏡に映る内容が複雑になっておる。

整形したり、化粧で顔を変えたり・・。車や電車、飛行機で移動するなど・・。パソコンやスマホを使った犯罪では、下調べがタイヘン。目がショボついて・・・今回、お前と小野篁を間違う事にもつながるのじゃ・・。


「わかるよネ。」

わかります。極楽、地獄。それぞれの世界はスタッフ不足に。

天界に住む人にボランティアを呼びかけるが、鬼になって地獄に落ちた人を責め苦しようという輩は居ない。わざわざ既得権の、満ち足りた生活を放棄してスタッフになろうとは思わない道理だ。

「でも良い事もありはしませんか?」

亡者は六文銭を携えて来るのでしょう。チリも積もれば山となる・・じゃあ御座いませんか?

「あれは渡し賃。我等の懐に入るものではない。」悲しい顔で質問に答えた。大変、失礼をば・・致しました・・。

だがこのままでは立ち行かなくなるのも明白な事実。

極楽福祉制度も改革を迫られている。地獄の管理体制、スタッフの処遇改善も待ったナシの課題なのだ。


「何か妙案はないのですか?」

「ない事も無い・・。」お地蔵様は未来を向くように少し明るい顔になった。

破綻を回避するため、スタッフを志願した者には格上げの利益誘導もやむなし・・との意見も出ておるらしいのだ。先日、地獄から這い上がった者をスタッフにするとの決議案が可決されたのが「一縷の希望」。


「最近、良いニュースが流れておるのじゃ・・。」


お地蔵様は、閻魔になって、ある科学者を裁いた事案を話始めた。

その科学者。自称、万能の天才科学者と豪語する男。

ノーベル賞受賞者の功績も、実は自分が考えだした事で、賞金の半分を自分に渡す条件で各国の博士達に情報を流したのだ・・とうそぶく。

「なら、自身で論文を書けば良いではないか。」

「それでは、受賞でき、賞金を貰えるのは一つ。半分にして十も二十も貰った方かトクに決まってます・・。」と口がウマイ。

「しかし、お前は核兵器や、ガスなど生化学兵器を作り、人類滅亡の危機を作り出したではないか。」

「それは間違いありません。」鏡を持ち出すまでも無く、事実を認めた。そこは潔よかった。「しかし・・。」とコトバを続ける。

「しかしですぞ。閻魔様は引き算が出来ておりません。」

ムッとなる閻魔に向かって抗弁する。

「その事をマイナスとしましょう。しかし、一方、私はガン撲滅の為、様々な抗ガン薬を開発しました。その他、人類に有用な新技術にも携わっております。差し引けば貢献度はプラス。どうして地獄に落ちねばならぬのでしょうか?」

「では、そなた。十人を救えば十人を殺しても罪にはならぬと申すか。」

犯罪は犯罪。功績は功績。犯罪は消えないのだ・・との理屈で地獄に落としたのだった。


だが、その事案と「良いニュース」が結びつかない。


「そなた。芥川龍之介の蜘蛛の糸を存じておるか?」

「そりゃあ。教科書にも載っている名作ですから・・。」

今から行こう。


その場所は、お釈迦様がおわす天界の最上層だった。それは・それは美しい風景。この世のものと思えぬ・・もともと、この世ではなかった。ハスの花が咲き乱れる天上界・・。

お釈迦様は天才科学者「ドクター・カンダタ」を救おうとなさっておられた。

ヒスイのような色をしたハスの葉に極楽のクモが銀色の糸を垂れている。

そのクモの糸を手にとられ、玉のような白蓮の間から、はるか下の地獄の底へ、真っ直ぐに降ろしなさいました・・。

血の池で、浮いたり沈んだりしていたカンダタ。針の山の針が光るくらいで暗い空間・・。責め苦に疲れ果て、泣き声さえでない地獄に居た。

そこに垂れてきた一筋の糸。クモの糸だった。しばしカンダタは考えていた。どれほどの時間が過ぎたであろうか・・。

クモの糸に掴まり上を目指すカンダタ。

随分と上に登ってきたもんだ・・。

フッと下を見ると、亡者達がゾロゾロ・・ゾロゾロ

「うわっ。」

が・・しかし・・

カンダタは糸を切る事もなく、更に上を目指して登りゆく。ゾロゾロと亡者の群れが続く・・。

カンダタの目には自信が満ち溢れていた。


クモの糸。・・それは驚異の素材。加工の仕方により、鉄の何倍も強靭である事が知られている。天才科学者は、それを実用化したのだ・・。


閻魔大王、いや、お地蔵様はニンマリした。

彼等は無事に地獄から抜け出せるだろう。・・そして我等の仕事を支えるスタッフになってくれるだろう。


三途の川のほとりに戻った我々は別れの挨拶をした。

お地蔵様の顔に生気が戻り、頬に紅がさしている。


「良かったですね。」

「ウム。ウム。」

最後。お地蔵様が口を開いた・・。

「功徳を積みなされ。お前には極悪ではないにしろ、罪の埃が・・ソコソコ・・付着しておるからのう・・。」

「わかっております。システムが判りましたから・・。自分の為、先祖の為、善行を行なうよう心がけます・・。」

「あと、亡者になった時には、スタッフに志願を頼むよ・・。」

エッ。

でも、ヤッパ、スタッフになるのはイヤだなぁ。楽したい・・。

                           完












  














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