マンザイ

シロヒダ・ケイ

第1話

マンザイ

作   シロヒダ・ケイ

             またの名を ケチョン・イマイチ 

     

 「シロヒダでーす。」

 「ケチョンでーす。」

 

「最近、警官の不祥事(ふしょうじ)が相次いでいますなあ。」

「そうですねぇ。現職警官が万引きだのチカンだのと・・。ありますねえ。」

「ケシカランですよ。公僕(こうぼく)たるもの、一般市民を守るのがシゴト。犯罪犯すのは何たるチーア・・。とカンツォーネが出そうです。」

「いやぁ、古い。筆者の年齢がバレるでしょ。何たるチーアは取り消した方が・・。」 

「ケシカランは取り消しませんよ。」

「ケシカランですか?・・そうでもないですよ。仕事熱心なんでしょ。」

「エッ。仕事熱心?万引きにですか?」

「いや。警官の仕事に・・。」

「違うでしょ。」

「警官は犯罪者を追っていくうちに、何でこんな事をするのだろう?と犯罪に興味・関心を抱くんです。犯罪学の学者になるんですなあ。」

「そりゃ、そういう事もあるでしょうね。」

「熱心過ぎる警官は工夫を始めますね。どうして捕まる奴はアホなんだ。自分だったら上手くやれるのに・・と。」

「それでホントにやってしまうと言うのですか?」

「犯罪が伝染するんです。ミイラ取りがミイラに。一種の職業病ですな。」

「でも、うまくいかずにバレる・・。」

「学者ですからね。プロじゃない。あーいう事はプロに任せないと・・素人(しろうと)は理論的に正しくても実際上ではヘタ打ちます・・。」

「ですよね。学者だから・・病気だから・・。仕方ない・・て、ならないでしょ。ダメですよ。」

「ええ、ダメです。それが言いたかった。仕事は熱心にやっちゃ・・。テキトーにやらないと・・。」

「それもダメでしょ。」

「難しいですなあ。」

「難しいです。」


「ところで今日のオハナシは?」

「ホントにあった出来事です。昔に・・。」

「ムカシ?」

「昭和七年頃から福岡で起こった実話です。」

「エラク古いですねえ。何たるチーアより古い・・。」

「貧しい父と娘がいまして・・。仕事が無いから、近隣の農家の草取りをしていた・・。」

「ほお。草取りのアルバイトですか。」

「イヤ。草を採って食べる生活だったんです。」

「そりゃ。さすがに昭和初期のご時世(じせい)とはいえタイヘンな・・。」

「それが、アッと言う間に、庶民の建てる家の十倍するような豪邸で暮らす生活になった・・。」

「エーッ。可哀そうと思って損しましたね。急に羨(うらや)ましくなりました。あやかりたい・・。」

「じゃあ。話を聞いて・・お金持ちになりますか?」

「ええ、是非。どうすればなれるのか教えて下さい・・。」


ではゴニョゴニョ・・。

「あなたが娘役。カワイクないですけど。観客の皆さん。ホントは可愛い9才の少女と思って下さい・・。」

観客に向かい喋る。

「ハイ。ご近所サン。うちの娘は天才なんですよ。あなたが選ぶ数字をピタリ言い当てます。この数字を書いたカードから好きなのを選んで下さい。あー、これですね。」と、観客の一人に選ばせた5のカードを見せた。

「では、うちの天才チャン。ご近所さんが選んだのは、エート何の数字かな?」少女は、先程から後ろ向きに座って、地面にクギを刺し、何やら絵を書いている。

書いた丸い円の中に5と記入した。

「オッ!おどろき・もものき・さんしょのき。お父さん。コリャ、天才というより超能力ではないですか!」当たった、当たった、ビックリだ。と評判になる・・。

どんな数字もバッチリ当てて、占いも出来るというので客が押し寄せる事態に・・。


まずは玄関で父親が受け付ける。

「これはマダム。何のご相談で?」

あんた、マダムの役ですよ。あい方に早よせいとせっつく。

「いろんな役させられてかんわんな・・。」ドタバタ、ドタバタ。

「ヤッパ。あんたは要らんわ。楽屋に引っ込んで・・。」

あい方がブツブツ言いながら演壇の奥に


自らマダム役と父役を繰り返します。

「うちの娘に縁談が複数、来てまして・・。なんせ小野小町の再来といわれる美人なものですから。私に似て・・オッホッホ。」

「あなたに似たら鬼の小町、口裂けババアになるんじゃありませんか。こりゃ失礼。」

「占って貰ったらタンマリ謝礼を差し上げようと参りましたのに・・。帰ろうかしら・・。」

「よく見ると中々のベッピン様じゃありませんか。こりゃ、引く手あまたもわかります・・。」急に揉み手になった。事実、母の陰でうつむき加減だったので判らなかったが、顔をあげると母とは大違いの美人である。

「その通―り。なんですの。」機嫌を直す母。

数ある縁談の中から3人に絞ったという。

一人は大金持ちで性格は悪そうな方。

一人は中金持ちで性格普通。

一人は小金持ち性格は最高に良い方。それで迷っていますの・・。


観客の一人に三枚のカードを見せ「中金持」カードを選ばせた。


「はあ。いずれにしても金持ちは金持ちでよろしいですなあ。ところでお嬢様は誰が良いと思っていらっしゃるのですか?耳元で、こっそり教えて下さい。」

「娘は中金持ちの本田様が美男子で好みだと申しております・・ハイ。」小声でこたえる。

「ホンダ様ですか・・。」こちらも小声で繰り返す。楽屋に引っ込んだあいかたには聞こえるハズもない・・。

「でも大のほうの田中さんは財産が魅力。小の井上さんも捨てがたい。どなたに嫁げば幸せになるのか・・と思いあぐねて相談に参りましたの。」

「ではうちの超能力娘に聞いてみましょう。どうぞ奥へ・・。」


あい方を楽屋裏から呼び出して座らせた。

「今日のお客様のご相談。何の件で来られたかわかりますか?ソレデハお答え下さい。」

「エンダン。」

当たった。相談に来た母娘の目がキラリと光る。


今なら父親がマイクを忍ばせて少女に情報を秘かに聞かせるのは出来ようが当時は昭和初期。そんな便利なものはない。判るワケないのに当たったのだ。

お相手の候補者は何人との問いにも「3人」とカンタンに当ててしまった。

「ではエート。ゴホン。どなたと結婚するのが幸せになるか占って下さい。」

「頭にホのつく人と結婚しなさい・・。」

「あら、本田様のこと・・。」とお嬢様が、顔を赤らめた。意中のヒトを薦(すす)められて大喜び、顔が輝いている。

マダムも超能力少女が、知らないハズの事柄を次から次に当てていくので満足そう・・に頷(うなず)いて・・はずんだ謝礼を置いていった。


ここでタネ明かし。


ソレデハは相談内容の事では縁談を指す合言葉。エートは数字で5の符牒。字ではホもしくはムを表す。ゴホンがつけばホの方になる。その他、ハヤクとかコレハといった会話の中で怪しまれない単語を合言葉に数字や相談内容を言い当てさせていたのだ。

百発百中の正答率のウワサで、人脈も広がり、謝礼のお金がドンドンと・・。御殿が建ったと云う訳だ。


「悪乗りはダメですな。調子に乗り過ぎた。」

クスリ屋の老齢の社長サンが、店じまいして、その製造特許を売りたいと相談してくると・・儲かる商売はないかと占いを依頼する実業家に「クスリが儲かる。」とご宣託。

実業家から多額の特許料をふんだくり、クスリ屋にはその半分しか渡さずに大儲け。今でいうМ&Aの仲介手数料なんですが、率が異常でやり口が詐欺なのだった。

キャプテンキッドの財宝(今の価値で兆を超える額)が日本近海に隠されているとニュースが流れると「では、娘が探してしんぜよう。」と大ミエをきって脚光を浴びた。

目立ちすぎるとロクな事にならないのは何時の世も変わらない。とかくのウワサが流れて刑事からマークされる事に・・。

娘も、最初は皆からホメられ、それが嬉しくて一所懸命演じていたが。中学生になった頃には人をダマすのが、すっかりイヤになっていた。

というわけで、警察は詐欺の証拠探しを本格化、ついに逮捕状が出た。

それを察知した父親。スタコラサッサと逃げ出し、ひなびて目立たぬ温泉宿に身を隠す。しかし、警察の捜査力が勝(か)って遂に御用とタイホされた。


その時のお父さんのコトバ。

「私も昔は、そうやって、よく犯人を捕まえたものですよ。アッハッハ。」


元は警視庁の巡査だったのだ。病気で故郷の福岡に戻ったが、仕事無く、草を食む貧しい暮らしになっていたのだった。

                        完 

出典「福岡犯罪五十年史・戦前編」       昭和五十年刊行。夕刊フクニチ新聞社編集




 

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