吾輩はコソ泥である

シロヒダ・ケイ

第1話

吾輩はコソ泥である

作  シロヒダ・ケイ

            またの名を ケチョン・イマイチ

 

或る日の冬目石漱。

悩める文豪は、果たして小説を完成できるのであろうか。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 吾輩はコソ泥である。名前はある。でも言わない。捕まるから・・。

 ウーン。ダメだ。

 智に働けばサギとなり、情に掉させば盗めない。意地を通せば失敗する。とかく、コソ泥稼業は難しい・・。

 ウーン。これもダメだ。

 コソ泥を主人公に小説を書こうとするも、書き出しで行き詰る。


 構想を考えあぐねていると子供時代にタイムスリップ。


 あの頃。腹をすかせていた。

「何かない?」母ちゃんに訊ねても、夕飯まで待ちなさいとアッサリ却下された。 

母ちゃんが洗濯物を取り入れる為に外に出た。

何かないか・・を物入れの扉を開けて探し始めた。麩の大きな袋が未開封で、あるくらい・・。

「なんだ、麩か。」甘くも無い、味噌汁に入れる具材でしかない。子供にとって決して美味しいと思えるものではない。


アクマの誘い。「何も無いなら、これでも食えばいいいんじゃないか。」

チョットだけ、食べて元の場所に戻して置けばバレないのさ・・。先程の「夕飯まで待て」のコトバと、葛藤することしばし・・。

ついに麩の袋に手が伸びる。

まさにその時、母戻る。

なにくわぬ顔を装って、すれ違い。自分の部屋にこもって、袋が音をたてないように慎重に破った。

口の中に放り込む。美味くは無いが、食えないものでもない。フワフワ・サクサクの、しかし味の薄い、一口サイズのパンなのだ。

袋の容量の五分の一ほど食べただろうか。機会をうかがって、コッソリ、元の物入れの場所に戻せば良い・・

その浅はかな考えに致命的欠陥があるのに気が付く。これは、未開封だったのだ。バレるに違いない。ここは、素直に自首するべきだろう・・。

「そもそも麩が、なかった事にしたら・・」とアクマの囁き再び・・。

全部食べて、袋を始末すればいいだけの事だ。証拠隠滅?


美味しくも無いのに完食するのはキツイ。袋のモノが少なくなるに反比例してモソモソ感が増えていく。「ボクは何をやっているのだろう。」後悔の念とともに袋の始末を終えた・・。夕飯もそんなに食べたくないのだが、いつもの量は食べないと怪しまれよう。

それから十日ばかりはバレるのでは・・と内心ビクビクの生活だったが、幸い母親の自分に対する接し方はいつも通り。あれは完全犯罪だったのだ。


それから五十年以上の歳月が流れ、父が亡くなり母は一人暮らし。週一で、実家を訪問して母を見守る事にした。

「あんたが来るころと思ってね。買い込んでいたよ。」

帰りしな、土産に渡された大きな紙バッグの中には大量の麩の袋が詰め込まれていた。

「子供の頃から好きだったからね。」


ガチャリ。

頭の中で手錠の音がした。


何の事はない。ノンフィクションのしょうもない私小説になってしまった。

                         完





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩はコソ泥である シロヒダ・ケイ @shirohidakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る