第6話

「え? 何! 宮岡さんってあいつの事好きだったの?!」


「えぇ、何か問題?」


「い、いや…問題って事はないけど……」


 紗弥に尋ねて来た、一人の男子生徒に、紗弥は落ち着いた様子で答える。

 言われた男子生徒は、返答に詰まってしまった。


「なんでこの時期に?! まさか二人とも前から知り合い?」


「昨日まで、ろくに話しもしたこと無かったけど?」


「ほ、本当に宮岡さんの方から告白したの!?」


「えぇ、私から昨日彼に言ったのよ」


 次々と来る質問に、紗弥は淡々と答えて行く。

 教室の他の生徒は、紗弥の話しを聞き、高志と紗弥の話題で持ちきりになった。


「ちょっと! 良いの? そんなあっさりバラして!」


「別に良いじゃない? その方が悪い虫も寄って来ないし」


「相変わらず、紗弥は八重君に夢中なのね……」


 心配そうに言う由美華に、紗弥は何食わぬ顔でそう言い放つ。

 教室の中では、一部の男子生徒が夢も希望も無くしてしまったように、真っ白になり。

 女子は、今まで恋バナの一つも無かった紗弥が彼氏を作った事に、興味津々の様子だった。 そんな中、紗弥はスマホを弄りながら、ホームルームが始まるのを待った。





 教室が軽いお祭り状態になっているころ、高志は優一と共に学校の屋上にやって来ていた。

 屋上のフェンスに背中を預けながら、高志は昨日の出来事を優一に説明していた。


「なるほど……それで、付き合う事になったと……」


「あぁ、俺も昨日は色々ありすぎて……」


「そうか……お前も疲れただろう、今楽にしてやるからな」


「その荒縄はどこから出した?」


 心配そうな表情を浮かべながらも、優一はどこからか取り出した荒縄を高志の足に結び始める。


「大丈夫! この縄頑丈だから!」


「おい、バンジーか、バンジーをやらせようとしているよな?」


 高志は、優一の持っていた荒縄を没収し話しを再開する。


「俺も正直驚いたよ……お前のアイコンの隣にあのマークが出てたの見つけて、すぐさまお前と俺の共通の友人に、一斉にメッセージを送って……その後返信の対応して……」


「やっぱり見てたのか……しかも既に広めてるのかよ」


 どこか遠くを見つめながら、やりきったような感じの表情を見せる優一に高志はため息を吐く。


「嫌な予感はしたけどさ……」


「そうは言っても、お前も迂闊(うかつ)だぞ? あのマークが付くって事は「彼女ができました」って自分から公表するようなものだ。俺が何もしなくても、誰かがしてたと思うぞ?」


「違うんだよ……あれは……」


 高志は、昨日の紗弥との連絡先交換時の一連の出来事を説明する。

 自分が望んだのでは無く、紗弥が望んだ事だと告げると、優一は驚き高志に尋ねる。


「え? あの宮岡が? あの男を全く相手しない宮岡がか?」


「あぁ、半ば無理矢理に……」


「……お前……金銭を要求されてるとかじゃないよな?」


「まぁ……普通はそう考えるよな……あの宮岡だし……」


 宮岡紗弥と言う女子生徒は、この学校では一切男になびかない、クールビューティーな美少女として有名だった。

 そんなイメージしか無い宮岡が、そんな事をするとは、誰も考えられなかった。

 しかし、高志は昨日あれだけの事をされたうえに、今日は手を繋いで登校までしてきた。

 流石にもう夢では無いと気がついていたが、なにか裏があるのでは無いかと、思わずにはいられなかった。


「ま、なんにせよ気をつけろよ、お前はあの宮岡と手を繋いで登校したんだ、どれだけの男子生徒を敵に回したかわかってるのか?」


「まぁ……大体……」


 朝、昇降口から教室に向かうまでで、既に多くの殺気を感じている高志は、自分の身の危険を感じていた。


「かく言う俺も……リア充を憎む男子生徒の一部なので、一発くらい殴りたいと考えている」


「先生! ここに今まさに非行に走ろうとしている生徒がぁぁ!!」


 高志は、友人の迷いの無い目を見て恐怖を覚えて叫ぶ。


「馬鹿野郎! 百発のところをまけにまけて、一発で済ましてやろうってんだ!」


「一発も殴らない方向にはならないのかよ!」


 高志は、拳をワナワナと振るわせて近づいて来る優一から距離を取る。

 優一は拳を握りしめ、ゆっくりゆっくりと高志に近づく。


「お前……あれだけの美人に迫られたうえに……部屋で二人っきりだとぉ……羨ましいんじゃボケェェェェ!!」


「落ち着け馬鹿! それはただの嫉妬だ!」


「やかましい! 紐有りバンジーか、俺の拳百発か……選ばせてやろう」


「だからなんで紐有りなんだよ! しかも結局百発殴るのか!」


「安心しろ、紐の長さは校舎の高さより長い」


「安心出来るか! バンジーになんねーだろ! 即死だ!」


 そんな会話をしながら、高志と優一が屋上で鬼ごっこをしていると、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。

 

「ちっ! 運の良い奴め……」


「それが友人に対して言う台詞か! どっかのラスボスみたいな台詞だったぞ!」


 などと話しをしながらも、高志と優一は教室へと戻って行く。

 




「あの……今なんと?」


「だから、一緒にお昼食べようって」


 時間は過ぎて現在はお昼。高志も昼飯を食べようと優一と学食に向かおうとしていた。

 あの後、授業と授業の間の休み時間の度に、高志はクラスメイトからの質問攻めにあった。 昨日の出来事についてや、どうやって紗弥を落としたかなど、逆に高志が聞きたいような質問ばかりだった。

 そんなこんなで、ようやく昼休みとなり、高志は一刻も早く教室を出て、学食でゆっくり食事をしたかったのだが、その行く手を紗弥が塞ぐ。


「えっと……俺は飯は学食か購買派なんですよ……宮岡みたいに弁当じゃないし、今日は別々でも……」


「そうだと思って、八重の分も作って来たから一緒に食べよ」


「な……」


「「「「なんだってぇぇぇ!!」」」」


 高志が答える前に、教室の男子生徒が声を上げて叫ぶ。

 男子生徒の叫び声に、高志は思わず教室を見渡す。そこには、膝を抱えてうずくまる者や、地面に両手をついて絶望の表情を浮かべる男子生徒の姿があった。


(個性的なクラスだなぁ……)


 咄嗟にそんな事を考えてしまう高志は、このクラスで上手くやっていけるか、心配になってきていた。

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