第11話 容赦の無い彼女

「全く……。昼間に話をしてから、父さんと母さんだけじゃなくてミミとハナまで俺に纏わりついて、ゆっくり電話もかけられない」

 日中は何とか追及をやり過ごし、俺は風呂場にスマホを持ち込んで電話をかけ始めた。ぐったりとして、半分だけ開けた風呂の蓋に肘をつきながら応答を待ち、電話に出たのを確認して声をかける。


「はい」

「あ、佳代? 俺だけど」

「どうかしたの?」

「どうかしたのって……。今、俺が実家に帰ってるのを知ってるだろ?」

「あ、忘れてた」

「あのな……」

 あっさりと切り返されて、俺の疲労感は倍増した。

 今度実家に行く時に、佳代の事を話してくると言っておいたのにこの仕打ち……。ちょっと酷くないか? 少しは反応を気にするとか。


「うにゃあ~ん!」

「なぁ~、にゃあぁ~!」

 そこでいつの間にか脱衣所に入り込んだらしいミミとハナが、風呂場との仕切りである半透明のガラス戸の前で、揃って鳴き声を上げ始めた。

 絶対、両親が入れやがったな。後で文句を言ってやる。

 そう思いながらも、俺は佳代との会話の方に意識を向けた。


「それでだな。一応、佳代の事を両親に話したら、いつでも俺達の都合が良い日に来てくれとさ」

「それは助かるわ。夏休みを使わなくても、普通の休日で大丈夫そうね」

「平然としているな」

「緊張するのは、直に顔を合わせる三十秒前からで良いでしょう?」

「お前の、その豪胆さ……。何か、母さんと通じるものがありそうな気がする」

「そう?」

「にゃうっ!」

「みゃあ~ん!」

 まあ、物事に動じないのは、良い事だと重いんだけどな。

 しかしそんな佳代でも、電話越しに聞こえる音に違和感を感じたらしい。


「……何か変な音が聞こえない? それになんか、聞こえ方がいつもと違う感じがするし。どこで電話をしてるの?」

「風呂場」

「え? まさかお風呂に入りながら、電話してるの?」

「色々あって、落ち着かなくてな。俺の部屋に鍵が無いんだよ」

「にゃにゃあ~ん!」

「なぁ~っ!」

 そこで相手にして貰えないミミ達が焦れたのか、戸を軽く引っ掻きながら声高に叫んできたが、無視だ、無視! こっちは風呂の真っ最中なんだぞ! 遊んでいられるか!

 こちらのそんな状況など全く分からない佳代が、冷静に指摘してくる。 


「わざわざお風呂で電話しなくても、トイレなら鍵がかかるわよね?」

「狭い所に籠もって、こそこそ電話をするのは嫌だ」

「……相変わらず、面倒くさいわね」

「悪かったな。それでだな」

「にぎゃーっ!」

「きしゃーっ!」

 溜め息を吐かれてちょっと苛ついたが、ここでミミ達が暴挙に出た。この間俺に丸無視されたのが気に入らなかったのか、怒りの声を上げながらガラス戸に向かって体当たりを始めたのだ。


「おっ、おい、お前ら! 何やってるんだよ!? 体当たりなんかしたら、幾ら強化ガラスでも割れ、うおあぁあっ! 俺のスマホがぁぁ――っ!!」

「みゃっ?」

「うにゃ?」

「うっ、うあぁぁっ! 傷は浅いぞ、しっかりしろ! 気を確かに持て!!」

 かなりの勢いと振動を察知した俺は、慌てて出入り口に視線を向けながら立ち上がったが、その時に手を滑らせ、湯の中にスマホを落としてしまった。

 当然、悲鳴を上げる俺。俺の剣幕に、ガラス戸の向こうで動きを止めるミミとハナ。

 そして俺が必死の形相で浴槽の底に沈んだスマホを拾い上げている間に、父さんと母さんが血相を変えて脱衣所に駆け込んで来た。


「どうした、太郎!」

「ミミとハナが怪我でも……、あら、元気ね」

「俺のスマホが水没した!!」

「…………」

 タオルで身体の前を隠しながら、涙目で沈黙したスマホを突き出して見せた俺に、周囲の反応は冷たかった。


「風呂にスマホなんか持ち込むな。自業自得だ」

「大騒ぎする事じゃないでしょう。さあ、ミミ、ハナ。騒いでいないで、そろそろ寝ましょう」

「にゃっ」

「みゃあ~」

「おっ、お前ら……。一体、誰のせいだと……」

 何事も無かったかのように悠然と歩き去る、二人と二匹。

 がっくりと肩を落としながら、一応タオルで水分をふき取ってみたものの、生活防水処理はしてあるスマホでもさすがに完全水没は機能的にきつかったらしく、永遠に沈黙した。


「……それで? 昨日、いきなり通話が途切れた事情は分かったけど、それ以降、二十時間以上全く音沙汰無しだったのは、どういう事情なのかしら? 実家には固定電話やPCはあるのよね?」

 一泊二日の予定通り、実家から自分のマンションに戻った俺は、まず真っ先に佳代に電話をかけた。そして昨夜からの事情説明をすると、冷静な声で問い返される。


「いや、その……。いつも短縮でかけているから、電話番号を正確に暗記していなくてだな……。アドレスも……」

「はぁ? どこかに控えてないわけ?」

「その……、スマホに登録している他に、控えてあるアドレス帳はあるんだが……」

 呆れ声での指摘に恐る恐る言葉を返すと、佳代の平坦な声が返ってくる。


「自分のマンションに置きっぱなしで実家に行ったので、戻るまで私の連絡先が全く分からなかったと。なるほど、そういう事だったのね。音信不通だった理由が、良~っく分かったわ」

「そ、そうか……、それは良かっ」

「婚約者の連絡先位、暗記しておくのは礼儀よね?」

「……はい」

 安堵しかけたのも束の間、強い口調で断言された俺は、何も言い返せずに項垂れた。

 確かに佳代の連絡先を暗記していなかったのは全面的に俺の落ち度だが、スマホがあの世逝きになったのは、半分はミミとハナのせいだぞ!?

 それから暫くの間、俺は佳代と顔を合わせる度、彼女の連絡先に留まらず、職場や実家の連絡先を暗唱させられる羽目になり、数多くの駄目出しを食らう事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る