異世界から魔術師(但しコミュ力に難あり)が転生した結果

初柴シュリ

プロローグ 黒崎君の高校生活




「それじゃ男子委員長は藤原啓太ふじわらけいた君、女子委員長は仲田美奈なかたみなさんに決定ね。後の役職は委員長達が舵取って決める事」


「うげっ、まさかお前ら推薦しやがったな!? この裏切り者共が!」


「諦めろよケータ。ここは民主主義の国だからな」



若い男女達の爆笑がクラス中に響く。このムードメーカー兼トップカーストの男子の発言によりクラスが賑わうという光景は、ここ大泉だいせん高校二年三組においてそう珍しい物ではなかった。


男子であろうと女子であろうと、俗に言う『リア充』の『トップカースト』の発言というのは多大な影響力がある。ネタが面白ければ地味なグループ含めて全員が笑い、ネタが面白くなければ白けたという事実がまた笑いに昇華される。


それは恐らく彼等に付き従うグループのメンバーが行うフォローであり、見方によっては人数によって周りの空気を同調させている、とも取れるだろう。つまりトップカーストとはある種多数決により支えられる物であり、究極的に言えば民主主義が潜在化した物とも考えられるだろう。


とはいえ、そういった『場の空気』を読むことが出来ない者にとってはそれを知ることが出来ないというのも事実。ケータ、と呼ばれた少年を中心としたこの雰囲気に馴染めない者は、大人しく教室の隅で膝を突きながら手元のスマートフォンを眺める事しか出来ないのである。



「……」



その代表格……と言って良いのかは分からないが、そういった人物はこのクラスにも一人いる。名前は黒崎一也。


ボッチだけど隠れイケメン……などということは無く、長く伸びた前髪を上げれば現れるのは極一般的な日本人の顔だった。


低い鼻に凹凸の少ない顔面と実に平均的な相貌であり、強いて彼のアイデンティティを挙げるとすれば、父親と母親から別々に遺伝した一重と二重の入り混じった眼くらいであろうか。アイデンティティというよりは、最早コンプレックスの領域に片足を踏み込んでいる。


名前はそこそこ格好いい方ではあるが、残念ながらそれに容姿が追い付いていない。正真正銘の『名前負け』である。


では容姿に特徴が無いならば一芸はどうか、と来るだろうが残念ながらこちらも一切の特徴は無い。


小学校の頃には少年野球、中学ではテニスと様々なスポーツに手は出しては来たものの、何れも大した結果を残さずに終わっている。因みに前者は親の意向、後者は中学特有の強制的な部活動である。


野球に関しては前述の空気の読めなさが災いし結果四年目で退部。テニスはまだマシだと言えたが、それも所詮は『マシ』というレベルでしか無かった。


ではアウトドア系がダメならインドア系でどうか。残念ながらこちらも、彼が手を出した限りでは実を結ぶことは無かった。


音楽系はまず音楽の時間に譜面を読めなかった時点で挫折。文学系も中二病を発症した時期に取り組んだことはあったが、ネットに上げたところボロクソに叩かれて挫折。あちこちに手は出してみたものの、結局どれも大成はしなかった。


若い内に判断するのは早すぎると思うなかれ、所詮目に付く物に飛びつき流行に乗ろうとする彼のせせこましい努力の結果でもあるのだ。

そもそもの行動原理は『語れるような深い友人が欲しい』という何とも物寂しい理由なのだから、それが上手く行かなかった故にその趣味を止めるなというのは少々酷であろう。



「んーと、次は図書委員か。誰か立候補はいるか?」



 一也がスマホでアプリゲームをしている最中も、会議は粛々と――粛々と言うにはいささか賑やかすぎるかもしれないが――進行していく。勿論陰日向の住人たる彼は、最後の最後まで手を上げない……そう考える者も多いだろう。だが、その考えは少々甘いと言わざるを得ない。


 スッと伸ばされる少年の右腕。それを見た啓太はいかにも困ったように頭をボリボリと掻いた。



「うーん参った。候補者が三人もいるのか」



 そう、ここで彼は躊躇なく挙手していく。


 確かに目立たないという一点のみで考えるならば、最後まで手を上げないというのは有用な戦略である。ただし、それは短期的に見た場合だ。

 そもそもこういったクジ引きは結局生徒全員の参加が義務付けられている。つまり遅かれ早かれ、一也は最終的に名指しされどこかの委員会に所属させられることになる。ならば仕事の少ない、出来るだけ楽な委員会に属することが最善の手となる。前年度の経験から、図書委員は大した仕事もなく楽だと判明している。


だが、彼にとって予想外だったのは彼の他にも立候補者が居た事だ。楽な委員会が良いと考えるのは、当然の事ながら彼以外にも存在する。そして、候補者が複数いる場合どうなるかと言うと。



「最初はグー、ジャンケンポン!」


「お、一発で井口に決定か。そんじゃ次は女子の方をーー」



当然、じゃんけんである。


呆気なく勝負に敗北した一也はトボトボと自身の席へと戻る。若干煤けた背中には年に見合わない哀愁すら漂うが、生憎とその姿を注視する者はゼロだ。


着席した一也は再びスマホをいじる気にもなれず、何となく遣る瀬無い気分に襲われる。とりあえず手持ち無沙汰になった手を窓ガラスのクレセント錠へと伸ばし、横の窓を開ける。


フワリ、と春独特の柔らかい風が通り抜け、少年の髪を揺らす。何処からともなく吹く風に気付いたのか、一也の隣の席に座っていた女子が振り向くが、すぐさま興味を失ったように後ろの女子との談笑に戻った。


これが、一也の教室における立ち位置。そこに居ようが文句は言われないし、そこに居まいと話題にも上がらない。孤立無援、孤高、孤独……あるいはぼっち。それが彼の日常だ。


だが、一也はそんな目線を気に留めることもなく、一人思考に耽る。



「(……せっかく目立つ場所に出たんだから、あそこでボケの一つでもかました方が良かったかなぁ……グーチョキパー全部合わせた奴で『俺の勝ちー!』とか)」



……そして非常に涙ぐましいことに、彼自身はぼっちから脱却しようと頑張っているのである。


よく見れば分かることだが彼の髪の毛は若干固まっており、さらによく見れば分かることだが髪色も薄らと茶色に染まっている。いずれも整髪・染髪と、彼が勇気を出して少しでも格好良くなろうと努力をした跡である。


とはいえ、彼の思考からも分かることだが、どうにも彼の努力は方向性が間違っている。ぼっちが無理にボケようとしたところでクラスは静まり返るだけであり、外見を変えた程度で一気に人気者になれる訳ではない。勿論外見が全く関係しないとまでは言わないが、少し良くなった程度でどうこうなる問題でも無かろう。


因みに、先の思考は生真面目な彼が考え付いた精一杯のギャグである。流行りのお笑い芸人も知らず、笑いのセンスがあるわけでも無い彼には、あれが考える限りのネタであった。

そのネタを披露すべきであったかどうかは……御察しの通りである。



「あ……」



と、彼がそんなことを考えていると隣の席の女子が小さく声を上げる。一也が振り向くと、彼と女子との間には散乱した筆記用具が。

恐らく肘で筆箱を落としてしまったのだろう、と当たりを付けながら、彼は筆記用具を回収する。



「ん」


「あ、ありがとー」



ごく当たり前に交わされる、教室の風景としては実に一般的な光景。普通ならこのまま何事も無く、お互いの席に戻る……筈だった。


ぐるり、と一也が唐突に背後へ振り向くと、何かを左手で掴むような動作。目の前で起こった謎の行動に、筆箱を拾ってもらった女生徒は固まる事しか出来ない。


もちろん彼女だけでは無く、彼の行動を目撃していた他の生徒もだ。黒板の前に立っていた啓太や、その隣にいる美奈は司会として場を進める事も忘れ彼を凝視。一也よりも後ろに座っていた生徒は勿論、それを不審に思った前の生徒達も皆一様に一也の事を見る。



「えっと……く、黒崎くん?」


「……すまない、虫がいた」



衆目の中心に晒されていた彼は、低い声で言葉少なにそう呟くと、自らの席へと座り窓を閉める。


 流石に羽音もしなかった虫をそこにいたと言い張るには無理があるが、それを追及出来るほど一也と女生徒は親しい仲では無く、何より詳しく聞きたい程興味のある話題でもない。彼女は曖昧な苦笑いを浮かべて、その場を濁す。


 一瞬だけ教室が『何だアイツは』という妙な空気に包まれるが、直ぐ様いつもの喧騒を取り戻す。自身から注意が逸れたことを確認すると、一也は静かに溜め息をついた。



「(……流石にこれ言う訳にもいかないしなぁ)」



握りしめた拳をゆっくりと開くと、彼の手の上にあったのは、先の丸くなった鉄製の円錐……いや、言葉を濁さずに言うと『銃弾』が鎮座していた。


赤熱した弾丸は未だ熱を含んでおり、触れるだけで火傷しそうなほど熱い。そして微かに香るのは硝煙の焦げ臭い匂い。


ここまで状況が揃っていればもう分かるだろう。彼が飛来する銃弾を掴み取ったのだと。



「(あっつ! やべ、 触ったところ水膨れになるかなぁ……)」


「……君、黒崎君!」


「え、あ、はい」



自らを呼ぶ声に、手元の銃弾から意識を戻す。気が付くと、目の前には彼のクラスの担任が立っており、呆れた目で一也の事を睥睨していた。



「全く……そんなおもちゃにかまけてる暇があるなら、もっとクラスに貢献しようと考える気持ちは無いの? 折角のホームルーム何だから、もっと友達と関わりなさい」


「え、はあ」



別におもちゃでは無いのだが、という言葉は飲み込まれた。教室に銃弾が撃ち込まれると言う事実は混乱を招く上、そもそも言ったところで誰も信じることは無いだろう。精々が遅過ぎる中二病を白眼視する位である。



「とりあえず黒崎君の役職決まったから。明後日の一斉委員会には忘れずに出席するのよ」



担任が指差す先を辿ると、黒板に端正な字で書かれた『保険委員会男子:黒崎 葉山』の文字が。恐らく立候補が無かった役職へ、最後まで選べなかった生徒が自動的に割り振られたのだろう。


担任が教卓へと戻っていく姿を見送り、一也は一つ溜息を吐くと手元の銃弾をポケットへと仕舞い込む。


窓の外を眺める彼の目に映るのは、整然と立ち並んだ住宅の群れ、そしてその奥に一際高く聳え立つ一棟のビル。後はついでに、どこまでも広がるような青い空。何の変哲も無い日常風景を眺めながら、どうしてこうなったのかと一也は一つ溜息をついた。









◆◇◆









LHR(ロングホームルーム)の時間が終わると、後はもう学生の時間だ。部活動へ一目散に駆け出したり、はたまた仲間との交流を深める為に席を移動して駄弁ったりと各々好きな事を始める。


当然ながら一也もその一人で、彼は机の横に提げられた鞄を手に取りながら、この後どうするかについて思案を巡らせていた。

まず第一に、彼の目標とする事は『友達を作る』この一点である。その為、どうにか二年目から入れるような部活動を探すか否か、探さないのだとしたらどうやって友人を作るか、そういった事を真剣に考えているのだ。


勿論、彼は至って大真面目だ。端から見れば奇妙な考えかもしれないが、そもそも一也は望んでぼっちになっている訳では無い。この状況から抜け出そうとするのは至極当然の帰結である。



「(やはり今から入るという点では文化系の部活動に一日の長があるか。運動系も悪くないが、まあマンガでは大抵既にグループが出来ているからな。今からそこに分け入るのは少々難しいだろう)」



……まあ仕入れる知識に若干の偏りがあったとしても、だ。


と、彼が思考に浸っている最中、教室が俄かに騒がしくなる。生徒たちの目線は(一也を除いて)皆一様にドアへと向いていた。



「さ、サリアさん!? どうしてこのクラスに? 確か貴女のクラスは一組だった気がするんだけど」


「歓談中にごめんなさい、実は三組の生徒に少し訪ねたい人がいて……」



平々凡々を体現したかの様な大泉高校だが、あえて一つだけ普通の高校とは異なる点を上げるとしたら彼女の存在である。


サリア・ジェルマーノ。色素が抜けた様な真っ白い肌と、蛍光灯の光を浴びてキラキラと輝く銀色の髪という人間離れした美貌の持ち主であり、それでいて頭脳明晰、スポーツ万能と、正に才色兼備を体現したかの様な紛う事無き才女。


彼女はつい一週間前にイタリアから転入してきたばかりだが、そんなハンデは御構い無しに瞬く間にしてクラスカースト、いや学園カーストのトップに躍り出た。圧倒的な男子受けは勿論、その一切嫌味のないキャラで得難い女子票すらも悠々と獲得。初めは美人と見て眉を顰めていた女生徒も、翌日にはだらしない顔をして彼女の事を迎え入れる様になっていた。


さて、そんな渦中の人物が面識も無いであろう他のクラスに何の用か。彼女は満面の笑みで出迎えた啓太をあっさりと袖にすると、カツカツと堂々たるや態度で三組の中へと進入する。


背後の「フラれたな」という会話や、周囲の喧騒は一顧だにせず、彼女が真っ直ぐに向かう先は。



「こんにちは黒崎君。少し話があるんだけど、お時間良いかしら?」



瞬間、空気が凍った。



「すまん、今日はやらなくてはいけない事があってな。話なら別の機会にして貰いたい」



凍った空気に、ピシリと亀裂が走った。



「……そう、なら仕方ないわね。明日にでもまた伺うわ」



亀裂の走った空気が、ガラガラと音を立てて崩れた。


サリアが去った後の静まり返った教室。そんな最中でも、一也は唯一空気を読まずにガタリと椅子を引いて立ち上がる。


クラス中の視線を浴びながらも、彼はいつもの気怠げな雰囲気を崩さない。何故こうまで注目されているのか、と疑問に思いつつも一也はそれをおくびにも出さず歩き出した。


やがて彼が廊下に出て見えなくなると、クラスでは一斉に喧騒が復活する。やはり自身が居ると盛り上がれないのか、と静かにため息をつきながらも、一也は次の用事へと思考を巡らせていた。



「(何か良い感じの文化部……この間見た緩くキャンプする部活なんかどうだろうか。この学校にあれば良いのだが)」


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