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 私は彼のつける香水のトップノートを知らない。彼の香り、それだけは強烈に覚えている。ひたすらに甘く、清潔なあの香り。

 ホワイトムスクに似ているので、芳香剤を嗅ぐときにいつも彼の香りを思い出す。ああ、でもなんとなく物足りないなあと、商品を棚に戻すのだけれど。

 真っ白いワイシャツは、いつもシワひとつなかった。それなのにいつ見てもネクタイは曲がっていて可笑しかったのを覚えている。シャツをアイロン掛けするのは得意なんだろう。

 シワのないシャツに、指先で触れるのが好きだった。汚れひとつない白に、触れて影ができる。薄いシャツ越しに、その先に肌があることを知っている。見かけより高い体温で、私はこの度息をついたのだ。

 きっとあなたは知らない。私がうっとりと恍惚に浸っていたことを。

 顎の下から喉仏の間。剃り残されたひげが、ちょっと愛おしい。こんなこと、誰にも言えない。教えてあげない。私だけの秘密だから。

 あなたがつける香水のトップノートを、私は知らない。でもあなたの香りになった香水の香りは、今でも覚えている。

 ひたすらに甘く、清潔なあの香り。私を魅力した、あなたの記憶。

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