東原亜紀、幽霊と対談す。

雪霧

東原亜紀、幽霊と対談す。



 その日も亜紀は、コンビニに寄った。というのも、亜紀は毎晩コンビニに寄り、何かしらのスイーツを買うのが日課だったのであった。コンビニに入ってスイーツコーナーの前に立つ。見ると、新商品と書かれたシールが貼られているシュークリームが置いてある。

 「今日はこれにするか。」

 新商品というのもあって、おいしいかどうかはわからなかったが、何事も挑戦だと、亜紀はそのシュークリームを買った。


 いつもと同じ帰り道。亜紀はこのコンビニから家までの道のりが好きだ。夜この時間だと、人通りが少なく、考え事をするのにちょうどいい。コンビニで買ったスイーツを家で食べるのを楽しみにしながら今日あった出来事や明日のことを考える。そうした密かな楽しみでもあった。

 (シュークリームってなんでシュークリームって言うんだろ。クリームはわかるけど…。確かシューってフランス語でキャベツって意味だったっけか。キャベツクリーム…。んん…、わからん…。)

 などとたわいもないことを考えていると、家に帰り着いた。亜紀はわけあって一人暮らしをしており、家に人はいない。

 ただし、「生きている」人は、だが…。

 「おかえり~」

 ドアを開けて亜紀が玄関に入ると、陽気な声が居間の方から聞こえてきた。

 (今日もいるのか。)

 「ただいま。」

 居間には、先ほどの声の主である二人。見た目は若いが、その態度から中年ほどの歳を思わせる女が笑顔で亜紀を出迎えた。

 「今日もコンビニ行ってきたの~?私が来た時くらい家にいなさいよぉ~。」

 酔っぱらったアラフォーのような絡み方に、亜紀は内心ため息をつく。だがこの女シラフなのである。なぜそう言えるのかと言うと…。

 「そんな無茶言うな…。あんたら幽霊がいつ来るかなんて待ってたら俺は家から出られなくなる…。」

 なぜそう言えるかと言うとそれは、この女が幽霊だからという事実に他ならなかった。幽霊は酔わない。なぜか?酒が飲めないからだ。物理的に。

 そう、亜紀には幽霊が見える。どうして見えるのか原理はわからないが、過去にある事件に巻き込まれ、生死の境をさまよったことにより、幽霊を見ることができるという能力を得ていた。というか得てしまった。

 「まあ、それもそうね。私もあなたが帰ってくるまでの間を楽しみに待つ時間が好きだからいいんだけど…。今日は沙羅とは仲良くできた?」

 沙羅と言うのはこの幽霊の娘で、亜紀のクラスメイトだった。亜紀は以前この幽霊に頼まれ、沙羅との仲介の手助けをしたのだった。そしてその時の沙羅とのやり取りのなかで、亜紀は沙羅に恋をしてしまっていたのだった。そしてそれをこの幽霊は知っている。

 「まあ、話したは話したよ。周りの目もあったから挨拶程度だったけど…。」

 亜紀には、幽霊が見える能力のせいで友達がいない。周りが気味悪がるのだ。そのせいで沙羅と会話するのも遠慮してしまう。

 「なんでよ、あの子はあなたが私たちを見えるのを知ってて、それをどうこう思っては無いでしょ?母親の私が許してるんだからもっとがんばりなさいよ。」

 「無茶言うな…。」

 亜紀はこうして定期的に現状報告をさせられては、理不尽に責められるのであった。

 「で?今日は何を買ってきたの?」

 話が急に変わって一瞬戸惑ったが、どうやら亜紀が今日なんのスイーツを買ってきたのかを聞いたようだった。

 「シュークリームだ。いつもは選ばないんだが、新商品って書かれてたから挑戦しようと思って買ってみた。」

 「シュークリーム!私大好物なのよぉ~!」

 さっきまでの理不尽おばさんが、またハイテンションおばさんに戻った。

 「あんたは変わらないな。もう成仏して向こう側とこちら側を行き来できるようになっても。」

 普通幽霊は、成仏したら向こう側に行ったきり帰ってこないことが多いのだが、この幽霊は違った。

 「私が成仏できるようにしてくれたのは感謝してるわ。でも、やっぱり私はこっち側も好きだし、あなたのことも気に入ったしね。」

 どうやら気に入っていてくれたらしい。亜紀からすれば軽いいじめのような理不尽さだったが。

 「まあ、この家は一人じゃ広いしな。来てくれる分には俺も嬉しいよ。」

 亜紀は素直にそう言った。一人暮らしが寂しいのも事実だ。

 「嬉しいこと言ってくれるじゃない~。じゃあ、一人でシュークリーム食べるってのも寂しいでしょう?半分食べてあげるわ。」

 「いやなんでだよ!」

 亜紀は急な展開にツッコミを入れた。

 「いいじゃないの…。死んでから一回も食べてないのよ…?あなたの体を借りれば味覚だけは味わえるじゃない?お願い!」

 確かに乗り移れば、味覚は感じることができる。普通幽霊に乗り移られるというのは身体面と精神面的に危険なのだが。亜紀は経験があるため、平気なのであった。

 「まったく…、わかったよ…。」

 亜紀は少し幽霊に同情してしまい、承諾した。

 「ありがとう!感謝するわ!じゃあ、体を借りるわね!」

 さっそく自分の体に入ってこようとする幽霊に亜紀は釘をさした。

 「言っとくけど半分だけだからな!半分!だからな!」

 それが最後まで言えたか否かはわからなかったが、体に幽霊が入りきったらしく、亜紀は意識を失った。

 

 そして数十分後、意識が戻った亜紀はテーブルの上の惨状を見て叫んだ。

 「半分っていったじゃねーかぁー!!!!」

 そこには空になったシュークリームの袋が置いてあった。幽霊はあちら側の世界に帰ったらしい。

 (新商品…。)

 結局亜紀は新商品の味を知らぬままに終わってしまった。どうやら明日の夜のコンビニで買うスイーツも同じになりそうだ。

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東原亜紀、幽霊と対談す。 雪霧 @yukikiri3880

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