#191:お見合い

 難民の対応に追われている間にも夏のお祭りが開かれた。たとえ準備万端とは言い難くとも、誰も私の都合を待ってくれやしないのだ。これは自分で背負い込んだ案件だから文句は言えないけれど、あそこで受け入れなかったらイメージダウン待ったなしだろう。


 助けを求めて遠路はるばるやってきた難民を追い払ったら、周囲は『可哀想』だの『金持ちなら助けてやれ』という勝手な印象で物事を語り出し、ヱビス商会の売り上げは地に落ちる。これはスチュワートも懸念していたことなので、来られた時点で詰んだも同然だったと思う。


 それに、今回からは王都でもお祭りに参加するのだ。大金を支払ってまで営業所を作ったのだから、あちらでも宣伝しないともったいないでしょう。まだ従業員が不足しているし、それを求めるためでもあるよ。


 商品の受付業務以外にも、既に展開している店舗や今後出店するところ、もしかしたら取り込んだお店などの管理もあるので、あまり就きたがる人はいないのよね。連絡係だけならまだしも、系列店で揉め事が起これば仲裁も必須となる。こんな仕事だから人気がないみたい。


 ちなみに、お母さんに任せている支店はあくまで個人参加していただけだ。新商品はないし、無駄に宣伝してキャパシティを超えたら悪評に繋がりかねないだろう。何よりも、お母さんはご近所さんとうまくやっていけたらいいとかで、あまり乗り気ではなかったしね。




 そうして夏のお祭りは過ぎ去り、宣伝効果で大量に舞い込む仕事をこなしている間もピザのお店では営業妨害が続いている。その状況はさらに悪化しており、運搬中のパンやお野菜など、必要不可欠な食材が強奪されるのだ。


 材料がなければ商品が作れない。作れなければお店が潰れてしまう。潰れてしまえば私の夢は遠のくだろう。そうはさせないためにも今は小分けで仕入れるように警戒し、そのルートも毎回変更しているにもかかわらず、営業妨害は止まる気配がない。

 その一方で、銀行は無事だった。買収したパン屋さんにも被害はない。なぜかピンポイントでマンマ・ピッツァだけを狙ってきているから腹が立つ。


「ミランダ、ちょっと工房に連絡……スチュワート? さっきの手紙がどうかしたんですか?」

「お嬢様、王都から至急の知らせが届きました」

「えぇ~……なんか聞きたくないんですけど」

「いえ、朗報に御座います。ご安心下さい」


 真面目な顔ながらも目尻をやや下げたスチュワートに渡された手紙を読んでみたら、銀行の強面用心棒なエドガー組が営業妨害の輩をとっ捕まえてくれたようだ。

 それを知った私はすぐさま王都へ飛び、マンマ・ピッツァの裏手に駆けつけると、下手人は同業者――王都内で飲食店を営むおっさん達だそうでビックリしたよ。


 過激な妨害をしていた割りには既に観念したようで、ふてくされながらも縄で縛られている。そんな彼らに今までの所業を問うてみれば、売り上げが低下したことが原因なのだとか。急に出てきたくせに賑わっているマンマ・ピッツァが悪い――とかいう理屈で事に及んだらしい。


 それは確かにあるかもしれないけれど、これが商売なのだから受け入れるしかないのにね。うちが売れているのは商品が優れているからで、それを作る料理人や客対応する給仕係、経理担当が考えた仕入れ先も大事だし、私だって少なからずがんばったのだ。他店の邪魔をする暇があるのなら、自分のお店を見直せばいいのに。


 そんなことを考えている間にも、強面お兄さん達が下手人のおっさん達を問い詰めている。

私からもいくつか質問していると、ハッキリした返事があったりなかったりして不安定であり、恨みがましい視線は一向にやめてくれない。


 まだ何か言いたそうな口ぶりではあったけれど、どうせ出てくるのは小娘と見下した暴言だ。クレーマーにありがちなアレでしょう。そんなものを聞いても何の益にもならないし、問答を待ってくれていた兵士に引き渡した。

 しかし、翌日も営業妨害は止まらない。手口が少し変化した程度で溜息も出なかった。




 そんな頭の痛い悩みの最中に別件が舞い込んだ。またあの自称後援貴族からの呼び出し状が届いたのだ。しかも、今回はお見合い話ときたもんだ。勝手に私のお婿を決めないでほしい。とびきりの美男子を揃えているから楽しみにしていろ――とかどうでもいいよ。


 王都の営業所を経由してケルシーの町に転送された招待状を持ち帰り、自宅の部屋まで戻る気力がなくて途中のリビングにあるソファで項垂れていると、美人姉妹がお茶と濡れタオルを持ってきてくれた。


「サラさんほどの美人なら、いつかは来ると思っておりましたが……」

「何言ってるんですか。グレイスさんのほうが圧倒的に上ですよ?」

「お姉さまも綺麗だけど、サラちゃんもすごいよ!」

「別の方向でって意味だよね。クロエちゃんみたいな愛らしさもないし」


 この二人に教わって施しているお化粧が落ちることも気にせず、濡れたタオルを顔にへばりつけていたら、今度は足音からしてスチュワートがやってきた。……黙って仕事を抜け出したものだから連れ戻しにきたのかもしれない。


「お嬢様、こちらにおられましたか。お食事会についてですが――」

「めんどくさい。行きたくない。隕石でも降ってきてあいつらだけに直撃しないかな」

「星屑に当たるよりも、ドラゴンの尾を踏むほうが起こりうる悲劇かと」

「確率とかどうでもいいですよ。そもそも、私は結婚するつもりがないんです」


 平民とは比べものにならないガチガチの男尊女卑が蔓延っている貴族社会に入ろうものなら、私の夢を叶えるどころか、豪遊する暇すらなくただひたすら子供を産まされるだけになる。

 これは予想でもなんでもなく、楽団にいた本物の貴族令嬢から聞かされた実話だ。彼女たちは贅沢ができる代わりに主となった人のアクセサリーと化してしまう。それが幸せかどうかはその人次第だけれど、私にとっては最悪の事態すら霞むくらいに下回る惨劇でしかない。


 どこかに抜け道はないものかと、記憶保護だけでなく魔力支配までも使って探していたら、スチュワートから耳を疑うような言葉が出る。


「そこまで悲観なさらずとも、強気に出られても問題は御座いません」

「……え?」

「もちろん、他の誰かでは処刑されるでしょうな。しかし、お嬢様であれば状況は変わります」

「あぁ、血筋とかそういう……。アレもたまには役に立つね。いや、原因はアレなんだけど」


 こんな有様になっているのは、私が一応は姫になれなくはない資格を持っているからだろう。それこそが足枷なのだけれど、アレとの繋がりがある限りは無礼な振る舞いも許容されるのか。

 初めて招かれた時に約束されたはずの事業協力も、結局はチョコレートのダグラス男爵のみだった。それすらも強引なやり口だったと思うし、もう関係が切れても構わないよね。




 食事会と称したお見合い当日は先方から断られるような恰好で臨みたかったけれど、ヱビス商会にまで累が及んでは困ってしまう。そこで、世間の流行を取り入れつつも、わざと魅力を外す程度に抑えておいたよ。

 そんな姿で待っていると、王都営業所まであちらの執事や従者がやってきて、そのまま馬車に乗せられて豪奢な邸宅まで案内され、貴族たちが寛ぐ広間に通された。


「本日はお招きに与り、ありがとう存じます」

「急な呼び立てで申し訳ない。元気にしておったか?」

「ええ、おかげさまで。今日はとても重要なお話があると聞いて参りましたけれど……」

「そうだな、早速本題に移ろう。もう成人から随分と経つが、もしや相手がおらぬのか?」


 この世界では一八歳にもなれば子供の一人や二人は産んでいるものだけれど、一九歳で何もなしとかほっといてほしい。そんな暇はないし、そもそも興味が湧かないよ。

 その後は執事の言葉を思い出し、もう嫌われてもいいから強気で拒否したら、あちらも強くは出てこない様子。以後、イケメンのグループを連れてこられてもすべて突っぱねていると、またもや急な来客で別室に移された。


 しかも、急ぎだったせいか隣の部屋だよ。イケメングループの控え室しか空いていなかったらしく、先ほどまで私がいた隣室の話し声が微かに聞こえてくる。

 その内容からして、お客さんはサラスヴァティー・フィルハーモニー管弦楽団の構成員――楽団員の家が遣いに出した人物のようだった。今まであまり中央と関わらなかった交易都市のエリオット家や、こちらも結び付きの薄いゲインズ家から使者がやってきたようだ。


 さらに、以前のニコラス何某もそこに参戦したことで、ありがたくも私は裏口から追い払われたよ。ただ、ニコラス何某に向けられたと思しき言葉が耳にこびり付いて離れない。『サラ嬢に渡るはずだった金銭を閣下が使い込まれたことを明るみに出しても?』と、ベルギル伯爵が言っていたのだ。


 そもそも、お金を貰えたなんて話を知らない。私がお金の話を聞き逃すわけがないでしょう。これはまだ関係を切らずに詳しく聞かないといけないね。助けてもらっておいてなんだけれど、ニコラス何某とやらもかなり臭い人物に思えてきた。

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