運命経由、ソッチ行き。
虫まめ
第1話
三号車、四番ドア、前から二番目。くたびれたスーツに身を包むサラリーマン達に挟まれながら、真守は新宿行きの電車を待っていた。
真守は、いつもこのドアの前に並んでいた。特に理由があった訳でもないし、ただ何となくだったが、大学へ進学してからずっと、電車に乗るときは決まって三号車、四番ドアだった。
電車到着まであと少し。イヤホンの音量をあげる。耳元に響くメロディーが、雑踏音をはねのけて気持ち爽やかにする。季節はもう夏だった。
「まもなく、二番線に電車が到着します――――――」
ホームに響くアナウンス。ホームに向かって急減速してくる電車を見る。
流石に何か月も連続で目にすると慣れてしまったが、満員電車はやはり気が滅入った。「よし。」、内心軽く気合を入れて、開くドアの中へと足を踏み入れた。
じりじりと暑い外と比べて、暑さこそ幾分和らいだが、人の熱気によって車内は思わずむせてしまうほど蒸されていた。
真守は身長が低かった。特別低いという訳では無かったが、つり革をずっと持ち続けるのは疲れるし、面倒くさいなぁ位には思っていた。
だから真守は、いつもポールを握っていた。ドアが開くと、真っ先に車両の座席の端にあるポールに、そこそこに小さな体を人の間に滑り込ませ、半ばしがみつくようにポールを掴む、のが常であった。
そして、定位置についたらポケットの中のmp3の音量を2つあげる、のももはや習慣化していた。
そこからは、目的地に着くまで、前でゆったりとくつろぎながら化粧に励む女の人が次の駅で降りてくれるのではないか、そしたら僕が座れる!、!という淡い期待を、半目開きに立ち寝しつつ、待ち続けるだけだった。
要するに、今日も何らいつもと変わらぬ日常だった。余りにも平凡すぎる登校だった。
しかし、そんな日々に陰りが訪れるのも時間の問題だった。
☆☆☆☆☆
始めは、自意識過剰なのでは無いかと思った。まさか、自分がされる訳がない。そもそも理由が自分ではさっぱり分からなかった。真守はどこにでもいる大学生だ、ましてや男だ。目の前で起きている現実は、本来自分とは無関係のはずのものだ、そうに違いないのだ。とにかく気持ちが悪かった。
つまり、真守は痴漢に遭っていた。
真守は、ひたすらに混乱していた。ありえないありえないありえない、夢だ覚めろ夢だ覚めろ夢だ覚めろ。
車内は、駅へ停まるごとに増える利用者によって、もみくちゃだった。人と人が押し、ひしめき合い、首も動かすことすらできない状態だった。
真守は必死に抵抗をしようと、できる範囲で体を動かす。しかし、真守の下半身に伸びてくる手は、一向に反省する様子は無かった。
その手は真守の尻を、揉みしだく。気味の悪い優しさと、不気味なほど繊細な手つきで触ってくる。
やがて、その手は真守の尻に満足したのか、今度は真守の前部分に手を伸ばしてきた。
真守の精神はもはや錯乱していた。頭の中は真っ白で、抵抗できなかった。真守はおもちゃのようだった。
とにかく。何かしら、言葉を。何か。声。声を。出せない。出せ。何。やってんだ。早く。早。く。誰か。誰か。助けて――――。
いよいよ、その手は『真守』を握ろうとしてきた。興奮しているのか、その手の主の荒い鼻息が耳にかかってくる。
臭い。いやだ。気持ち悪い。もう、こんなの、うんざりだ。
真守の頬を、涙がつと伝った。
もう、諦めよう。満足すればやめるだろう。待つしかないのだ、待つしか――――。
「おい!!!、何してんだよ!!!」
突然、車内に低音の怒号が響き渡る。
一同は一様にざわつき始めた。
「痴漢だ!!、こいつが今痴漢してた!!!」声を張り上げ、そう言い、車内を沈黙させる。男は加害者の腕をがっしりとつかんでいた。
ようやく状況を把握した男性利用者は、その男に加担する様に、矢継ぎ早に加害者の身体を拘束した。他の利用者も、なるべく加害者から距離を取るようにスペースを空けた。
「離せ、お、俺は何もしてねーよ!!」
「そうか、そうか。じゃあ、被害者に聞いてみるか。なー、お前今痴漢されてたよな?」
男はまっすぐに真守を見つめ、尋ねてきた。
「、、、はい。」そう小さく答えるのが精一杯だった。なんせまだ動揺していたのだ。
加害者は急に暴れまわり出した。加担している男たちが、口々に怒鳴りつける。
加害者は笑い始めた、その笑い声は次第に大きくなる。
「ふふ、あはははは!!!、俺は悪くねー、こいつがわりーんだよ!!こんな尻しといてよー、触れって言ってるようなもんだろー??っはは、いやぁ、すっげー柔らけーんだもん、んまぁ、できれば前も頂きたかったけどな~!!!」
――――――――ボスッ。
加害者は、ぶん殴られて気絶した。男がぶん殴ったのだった。
「、、、死ね。」
男は吐き捨てるようにそう言った。
「まもなく――――へ到着いたします。」次の駅への到着のアナウンスが、三号車に鳴り響いた。
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