歌子と由子と美香

猫猫仔猫

第1話 歌子

 私は生まれた望まれて。

 母は安産、笑顔浮かべて。

 父は一息、姓名判断。

 祖母は健在、私に歓喜。

 祖父は安心、世に悔いなし。

 裕福な家庭に不自由なしで、 

 人付き合いも問題なくて。

 人脈だって広くて深くて。

 慕い慕われ、恨みもなくて。

 

 私が泣けば皆あやし、

 私が笑えば皆笑う。 

 私が寝れば皆見つめ。

 私が起きれば皆笑う。

 私が這えば皆手を叩き、

 私が立てば皆笑う。

 私の玩具は様々で。

 私の食事は美味しくて。

 私の衣服は可愛くて。

 私のベッドは眺めが良くて、

 私の環境最高で。

 私の瞳は澄んでるの。

 私の肌は滑らかよ。

 私の唇薄ピンク。

 私の手の平小さいの。

 私の頬は淡い赤。

 私の声は小鳥なの

 

 日を増すごとに愛おしく。

 月を重ねて美しく。

 年を追うごと輝く蕾。

 花が開くの待ち通し。

 笑顔が可愛い照れ屋の歌子。

 繋ぐ手好きな甘える歌子。

 おんぶではしゃいでお疲れ歌子。

 抱っこが安心お休み歌子。

 優しく頬ずり愛々歌子。

 

 近所で評判可愛い子。

 日に日に溜まる写真の量。

 七五三での写した写真、

 写真屋入り口飾られる。

 いつしか街の評判に。

 手の掛からない女の子。

 反抗しない女の子。

 覚えの早い女の子。

 少し大人の女の子。

 

 お外でお遊び日が暮れて。

 川でお遊び日が暮れて。

 海でお遊び日が暮れて。

 おうちで遊んで日が暮れて。

 夢でもお遊び日が明けて。

 父のピアノに興味を持って。

 母のチュチュにも興味を持って。

 祖父の書籍に興味を持って。

 祖母と一緒にお庭の手入れ。

 猫のチーちゃん追っかけて。

 今日も二人でかくれんぼ。


 赤い鞄は私の背中。

 赤いお靴は私のお足。

 結った御髪は私の頭。

 ピンクのリボンは私のお気に。

 私の毎日いっつも楽しい。

 友達大好き。

 勉強大好き。

 学校大好き。

 おままごと大好き。

 みんな大好き。

 私の毎日いっつも楽しい。

 私のあだ名はうっちゃんだって。

 私の仲良しあみちゃん、ゆみちゃん。

 私の隣のゆうくんは、

 私の髪の毛、引っ張るの。

 私の周りはいっつもいっぱい。

 私の毎日いっつも楽しい。

 

 今日は遠足楽しいな。

 運動会も待ち遠しい。

 学芸会はお姫様。

 キャンプは初めて今からわくわく。

 スキー、スケート、雪合戦。

 かまくら、犬ぞり、雪だるま。 

 私の毎日いっつも楽しい。

 小学校の六年間。

 私の大事な六年間。

 友達いっぱい六年間。

 思い出いっぱい六年間。

 忘れられない六年間。 

 

 少女の右手が歌子を掴み。

 少女の三つ編み心を括り。

 少女は歌子におんぶする。

 女性は左手歌子を寄せて。

 女性は三つ編み解く指。

 女性は歌子を抱っこする。

 少女が過ぎ去る淡い時期。

 女性に変わる淡い時期。

 滴の透度、肌の色。

 滴の水風、肌の香。

 滴の遅落、肌の風。

 滴の甘味、肌の柔艶。


 美を追う事一切なくて。

 欲を追う事一切なくて。

 金を追う事一切なくて。

 学を追う事一切なくて。

 技を追う事一切なくて。

 善を追う事一切なくて。

 それらが歌子を追っていた。

 父の愛で智を知った。

 父の愛で義を知った。

 父の愛で外を知った。

 母の愛で華を知った。

 母の愛で凛を知った。

 母の愛で内を知った。


 まだ初、歌子、春の雲。

 まだ初、歌子、春の風。

 まだ初、歌子、春の陽。

 まだ初、歌子、春の谷。

 まだ初、歌子、春の山。

 まだ初、歌子、春の草。

 まだ初、歌子、春の朱息。


 歌子が歩けば皆止まる。

 歌子が歩けば皆振り帰る。

 宛然の言葉は歌子の為に。

 閑雅の言葉は歌子の為に。

 至純の言葉は歌子の為に。

 秀麗の言葉は歌子の為に。

 美麗の言葉は歌子の為に。

 端麗の言葉は歌子の為に。

 

 美は得。

 常識的に得。

 意識的に得。

 普遍的に得。

 親切にされる事は日常。

 美に振る舞う事は日常。

 奢られる事は日常。

 視線は日常。

 笑顔も日常。

 四季の衣を纏い、

 四季の心を携え、

 四季の周を漂い、

 四季の香を吹き、

 四季の厳を秘め、

 四季の柔を舞い、

 四季の優を担い、

 四季の哀を噛み、

 四季の義を守り、

 四季の美を継ぎ、

 四季の声を奏で、

 四季の流を戦ぐ。

 四季が歌子を追っていた。


 桐壺の高貴。

 藤壺の永遠。

 夕顔の儚。

 空蝉の堅気。

 葵上の厳然。

 紫の絶対美。

 花散の慈母。

 六条の気丈。

 明石の才賢。

 末摘の一途。

 朧月の愛嬌。

 玉鬘の華美。

 秋好の風韻。

 三宮の白痴美。

 朝顔の理性。

 高子の至愛。

 伊勢の皇后。

 歌子は。

 それら全てを兼ね備えた。


 光がいれば。

 業平いれば。

 他の女性には眼もくれず。

 他の貴女など手を出さず。

 歌子一人をを奪い合う。

 そう。 

 歌子は全て。

 

 現代も同様。

 歌子の美貌は時代を跨ぐ。

 全ての男を虜にさせる。

 もし。

 歌子に美を感じないとするならば。

 その男は男ではない。

 歌子に嫉妬を感じる女性がいたのなら。

 その女性は女性である。

 歌子を慕う者がいれば。

 その者は真に人間である。

 真なる絶対を見つけた幸せ者である。


 純愛。

 結婚。

 地位職の息子。

  

 幸福。

 将来の約束。


 生活。

 絢爛の自由。


 子供。

 娘二人、息子一人。


 慈母。

 無名での寄付。


 天寿。

 九五才。

 

 惜しむ声。

 嘆く声。

 嗚咽。

 泣。

 

 後悔。

 これ以上の人生はない。

 

 後悔の無い人生は無意味と誰かが言った。

 歌子に後悔はない。

 無意味と罵られても、

 歌子の人生は、

 意味があった。

 

 一生の幸福が授けられ、

 更に後悔があると言うのなら、

 歌子は哀しい人生だ。


 歌子は哀しくない。


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