ウーレンへ
リナは単純な女だ。
散々、セルディのエーデム敗走を笑い飛ばしたあげく、エーデムを攻めると言い出した。
彼女は、贅沢が好き。
そのためには、リューマよりもエーデムのほうが美味しいと教えてあげた。
エーデムを守るエーデムリングの力など、存在しないことも証明してあげた。
リューマでさえも落とせそうだったのだから、最強のウーレン軍に落とせないはずはないと、回りではやし立ててあげた。
そして、リナはその通りに動いてくれた。
ウーレンの大軍をエーデムに送りだし、リナはジェスカヤでお茶を飲みながら、吉報を待っていた。
「リナ様!」
ほら、もう来た。でも、いくらなんでも早すぎませんこと?
リナは笑っていた。しかし、次の言葉で、手からカップを落としていた。
「リューマ軍が、ジェスカヤを包囲しています!」
トビもパルマも、セルディの命令に驚いていた。
せっかくウーレンの目先を変えることができたというのに、いきなりウーレンに侵攻すると言い出したのだ。
「ウーレンは! ウーレンは軍事大国だぞ! 俺たちのこんな小さな力で……。敵うわけないじゃないか!」
トビが叫んだ。
「君は、同じようなことを、エーデム侵攻の時も言った。あの時以上に、僕はウーレンを落とす自信があるよ」
セルディの微笑みは、本当に人をとろかすのだ。ある意味、悪魔の微笑みだった。
軍事大国と恐れられているウーレンゆえに、ウーレンは過去にジェスカヤを攻められたことはない。
セルディの脳裏に、乾燥した赤い砂埃舞うジェスカヤの街が浮かぶ。
あの街は、攻められないことを前提に造られている。
城壁もなければ、入り組んでもいない。騎馬を進軍させるための大きな通りが、真直ぐ王宮へと続いている。
さらに、リナは恐るべき軍師たちの首をどんどん刎ねていった。
リューマに来て以来、セルディはあらゆる手を使い、リナを疑心暗鬼に陥れ、ウーレンの力を殺いできたのである。
軍師・モアラをはじめ、多くの貴族たちが没落し、ウーレンは弱小化している。リナはそのことに気がつかない。それを忠告する忠臣もいない。
下準備は完璧だ。
残された大軍はエーデムに出兵し、今ごろ結界の前にあえいでいることだろう。
時は熟した。
レグラス……。
あなたの仇をとるよ。
「ウーレンへ!」
セルディは、リューマの大軍の先頭に立って、馬を進めた。
セルディの采配は見事過ぎた。
彼は、みかけこそエーデムだが、戦い方も戦闘能力も采配ぶりも、ウーレンそのものだった。
ウーレン軍の最大の特徴は、騎馬による機動力だった。それを活かせない保守戦は、苦手だったのだ。
誰もが信じられないほどあっという間に、ウーレン軍は総崩れとなった。
剣の力を持って魔の島を制圧してきたウーレンの無力化。
それは、単なる魔の力が弱まっただけではなく、魔族そのものが弱小な存在であることを、はっきりと見せつけた。
この世界を支配していくのは、魔力などではない。
か弱き者・力なき者よと、虐げられてきた者たちの、生きようとする想いなのだ。
父が越えた凱旋門の下、セルディは馬を走らせ、真直ぐに王宮に向かった。
ジェスカヤの中央路は広く、遮るものは何もない。リューマの騎馬軍は、一気に走りぬける。
気丈にも戦おうとして飛び出す市民たちは、あっという間に蹴散らされ、累々たる死体の山を築いていった。
かつて、ウーレンの民の大歓声が、父をたたえていた。
今、その歓声を悲鳴に変えて、ウーレン第一皇子の帰還はなった。
王宮の一番いい一室で、慌てて槍を探すリナの前に、セルディは立っていた。
「本当に嫌な子だわ! あんたなんて大嫌い!」
「好かれたくはない」
セルディは冷たく言い放つと、槍をリナ姫の前に投げ出した。
「せめて、最期はウーレン王族らしく、戦いで死なせてあげるよ」
ウーレン皇女の秘蔵っ子だったリナは、槍を取るとにっこりと笑った。
恰好ばかりをつけて……。
この時間が、リナにチャンスを与えた。
二人の暗殺者が、セルディの後ろから迫っていた。
しかし、セルディはリナに向かって突進していった。まるで背後に気がつかないようだった。
バカな第一皇子。さようなら!
リナはそう思った。
リナの槍は、セルディを突くだろう。
逃げられたとしても、動きを止めた瞬間に、暗殺者たちが皇子の息の根を止めるのだ。
リナは、みかけに囚われていたのだ。
セルディが、ウーレンであることを忘れていた。
セルディはいきなり飛び上がって、リナの槍の上に乗り、反動でさらに飛び上がり背後に着地した。
その勢いでバランスを崩したリナを、セルディは背中から支えた。それは、ちっとも優しい行為などではなかった。
リナは、セルディの盾として使われた。
暗殺者の剣が、勢い余ってリナを刺していた。
セルディはリナに留めをささなかった。
苦しんで死ぬのが似つかわしい女だ。リナは目の前で、暗殺者を切り捨てるセルディを見ていた。眼球に 血が入ったせいだろうか? セルディの姿は、赤く見えた。
まるでウーレン族の姿だった。
リナは血を吐いた。
暗殺者二人は、レグラスの仇だったのだ。
一人は、リューでセルディと目が合った男である。手引きと逃亡にあたっていたため、セルディの剣を逃れた二人だが、今日は見事に餌食になった。
すべてを片付けて、セルディがリナの前に戻ってきた。
目の前に、ちょこんと座りこんだ……エーデムの若者だった。
柔らかな、極上の微笑み。このような状況でなければ、天使のごときといえるだろう。
もちろん、リナはこの笑顔が大嫌いだったのだが。
「さようなら……リナ様」
リナは、最期の瞬間までセルディの微笑みに見送られて、苦しみもがいて息絶えた。
ジェスカヤ陥落はわずか数時間の出来事だった。
情報は、オアシスで結ばれたウーレンの地方都市よりも早く、ムンクによってエーデムにもたらされた。
ガラル以西・中央部と呼ばれる地域に、英雄・リューマが侵攻して以来の危機が訪れていた。
体勢が整い次第、リューマがエーデムに再び押し寄せるのは時間の問題だった。
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