反逆者/2
校内バディタクティクス準決勝。チームトライデント対チーム
チームトライデントは王城先輩率いる三年で構成されたチーム。
チーム白疾風は三年の陸上部二人とそのクラスメイトで構成されたチームだ。
僕ら五人が地下演習場に到着したときには、既に戦いは始まっていた。
『おーっと! 白疾風唯一の後方支援! フェリミナが捕まったぁぁぁ!』
海藤ではない実況につい耳を掻く。
「すげぇな。試合中は全然わかんないけど、こんなに賑やかなんだな」
知らず独り言が漏れた。試合中は海藤の実況や歓声などは全て届かないのだが、こんなに盛り上がっていたのか。
「とりあえず前に行くぞ」
正詠が僕を引っ張りながら人混みを掻き分けた。そのあとに遥香、平和島、日代が続く。
『フェリミナ、フリードリヒから逃げられるかぁ!?』
中央のホログラムには、フリードリヒとフェリミナが映し出されていた。
「あれが王城先輩の戦い方だ」
フリードリヒは背中に大きな剣を背負っているが、それを抜く仕草は見せない。
『フリードリヒの蹂躙が始まるぞぉ!』
実況の言葉に、会場が一気に盛り上がる。
フリードリヒは音を置き去りに走り出し、一気にフェリミナの距離を詰めた。フェリミナの表情にカメラはアップされる。その表情は紛れもなく恐怖だ。
フリードリヒの拳がフェリミナの腹部にめきりと入った。
『あーっと! クリティカルヒット!』
フェリミナは炎の魔術アビリティでフリードリヒの体全体を焼き、後方へと退いた。
「うわ、すげぇ炎」
「お前のテラスもあれぐらいのがあればいいんだが」
「うるせぇ」
僕の言葉に、正詠は皮肉を返した。
『フェリミナ、アビリティを連発だぁ! ウィッチフレア、ブレスファイア! おぉ、出るか!?』
なんのアビリティが全くわからず、僕だけでなく遥香も平和島も日代も首を傾げる。
「相棒に大会情報をリンクしてもらえ。そしたらアビリティの詳細がわかるから」
視線は真っ直ぐにホログラムに向けたまま、正詠は言った。
「テラス、大会情報をリンクしてくれ」
テラスは頷くと、情報を表示する。現在対戦している人たちの情報と、先程実況
が言っていたアビリティの情報も表示されていた。
「結構ランク高いアビリティだな。準決勝だけある」
そんなことを言ったの日代だ。
「ってかさ、ここまでされたらフリードリヒもやば……」
言いながらテラスから視線をずらすと。
『出たぁぁぁぁぁ! フリードリヒ、渾身の気合だぁぁぁ!』
フリードリヒが片足を大きく踏み込むと、彼を包む炎が消えた。
「何あれ、遥香と同じスキルか?」
「いいや、全く。正真正銘のただの気合だ」
正詠が呆れたように口にすると同時に、フリードリヒはまたフェリミナとの距離を詰め、今度は両手を組んで思い切りフェリミナへと振り下げた。
『ここでフェリミナたまらずダウン!』
観客席のどこかで短い悲鳴がする。
『あーっとそのまま、フェリミナに馬乗りだ!』
『これは耐えられるか、フェリミナァァァァ! いや耐えてくれぇぇぇ!』
白疾風側の実況者がフェリミナを心配して声をあげる。
二人の実況を聞いていると、ふと海藤の顔が浮かんだ。僕らの実況をしてくれているときのあいつも、こんな風に応援してくれていたのだろうか。
『フリードリヒ、フェリミナを殴る! 殴る! 殴り続けるぅぅぅぅ!』
一発、また一発。フリードリヒはゆっくりと殴り続けた。鈍い音だけが演習場に響き、徐々に歓声は消えていく。
「いつもこうなんだ。途中までは盛り上がるが、フリードリヒが攻撃を始めると少しずつ静かになっていく」
正詠が言って、「けっ、胸糞わりぃな」と日代が悪態をつく。
「何で最初盛り上がるんだよ」
こんな戦いをする王城先輩が人気なのが未だにわからない。
「さぁな。フリードリヒを止めるのを期待しているのかも知れないし、単純にこの光景を見たい奴がいるのかもしれない」
ホログラムにはフェリミナの顔がはっきりと映し出されていた。今気付いたが、女の子だった。
フェリミナは涙を浮かべ、必死にその攻撃を耐えている。
「ひどい……」
平和島が目を逸らした。
「……王城先輩はな、倒すんじゃなく、降参させるんだよ、毎回」
どす。どす。どす。
まるでサンドバッグでも殴るように、フリードリヒは無感情に拳を叩き込む。
『ここでフェリミナ、降参です!』
フェリミナのマスターはフルダイブの機器をすぐに外して、自分の両肩を抱いて震え出した。
わぁ、と再び歓声が沸いた。
「良い意味でも悪い意味でもすげぇな、あの人」
「カリスマだろうな。あの人以外がやると、きっとブーイングの嵐だ」
遥香も平和島も目を逸らしていたが、僕と正詠、日代はじっとホログラムに映るフリードリヒを見ていた。
このフリードリヒと、次は戦わないといけない。
『さぁフリードリヒの次のターゲットは、ブラウン!
そんな実況に、僕はサブホログラムを観た。
たった二人で、残り四人を抑えていたというのか。
「
正詠が二人の説明を始めると、ブラウンという相棒はフリードリヒと一対一で対決を始める。
「いや、それより残りの二人は?」
「……チーム・トライデントは三人で構成されたチームだ」
三人? たった三人でここまで勝ち進んだのか?
「彼らのチームワークは全てが完璧だ。晴野先輩の相棒が退路や援護の道を止めるスキルを放ち、風音先輩の相棒が相手のステータスを低下させた上で、王城先輩の元に送る」
ブラウンは既に戦意を喪失している。それなのにフリードリヒは先程のようにブラウンを殴り続けた。
「そして一対一に関しては最強とも言える王城先輩の相棒が、一人ずつ潰していくんだ」
『ブラウン! 為す術がないかぁ!? 戦わずして何がバディタクティクスかぁ!』
『さぁ立つんだブラウン! 負けるなぁ!』
トライデント側の実況と白疾風側の実況が同時に響き、頭が痛くなる。
どす。どす。どす。どす。どす。どす。どす。
重い音。辛い音がする。
ブラウンの顔とフリードリヒの顔がアップで映された。
顔に痣を作り涙を流すブラウンに胸が苦しくなった。それだというのに、文字通り機械のようにブラウンを殴り続けるフリードリヒは、あまりにも気色悪い。
ぴこん。
出ましょう。見るに耐えません。
肩に乗っていたテラスは、目を閉じ耳を塞いで体を縮こまらせている。
ぴこん。
聞こえます。泣いています。もう殴らないでくれと。辛いです。早く、ここから出ましょう。
「正詠。反則とかそういうのないのか? これじゃあいくらなんでも……」
「ねぇよ。都合の良いときだけ、こいつらはプログラム扱いだからな」
ブラウンが口を広げ何かを叫んでいるような様子を見せると、フリードリヒは殴るの止め、ブラウンの首を掴み持ち上げた。
「あぁなるほどな。あいつはプライド持ちか。だから降参しねぇんだ」
歯を食い縛りながら日代が口にする。
フリードリヒはブラウンを地面へ叩き付け、足で踏みつけた。
ブラウンは両目を見開き、僅かに体を痙攣させている。
「ごめん、私もう無理。観てらんない。透子、出るよ!」
遥香の言葉に平和島は涙を流しながら頷いた。
「待て」
がっしりと正詠が遥香の腕を掴んだ。
「俺たちは次にこの人たちと戦わないといけないんだ。辛いのもわかる。俺だって嫌だ。でもな、ここでこの人たちの戦いを観なかったら、それこそ次は俺たちがああなるぞ」
「だって……こんなの……!」
「お前たちをこうさせたくないんだ。だから観ろ。自分の仲間はこんな風にさせるものかと、歯を食い縛れ」
「正詠……」
遥香と平和島は互いに身を寄せ合いながらホログラムを再び眺めた。
フリードリヒはブラウンの髪を掴み持ち上げた。そしてブラウンの右腕を掴み握り潰した。
べきりともみしりとも、何とも言えない痛々しい音がする。
ぶらりとブラウンの右腕は垂れ、本来有り得ない向きを向いていた。
『これ……は、いつもはこんなこと、しない、のに?』
『……なん……え?』
トライデント側の実況も白疾風側の実況も、共に戸惑いを隠しきれていない。
ブラウンは泡を吹いている。
「いくらなんでも体力とかそういうのあるだろ!? なんであそこまで戦ってるんだよ!」
正詠は眉間に皺を寄せて唇を噛んだ。
「まだ……ブラウンのマスターが敗けを認めてねぇんだ。だからブラウンだって……必死に耐えてるんだろ」
フリードリヒはもう一本の腕を掴み、同じように握り潰す。
演習場からは悲鳴と何故か歓声があがっている。
「あの野郎……いくらなんでもこんなのってないだろ!」
「敗けを認めればいい。それができねぇんだろ、あいつのマスターは。準決勝だぜ?」
答えたのは日代だ。
「でもよ、こんなになるぐらいなら!」
「信じてるんだよ、仲間を。きっと助けに来てくれるってな」
サブホログラムには踊遊鬼とイリーナを何とか退けようとしている仲間がいた。全員が涙を流していた。
フリードリヒはブラウンを手放し、次は右足を潰した。
「あの野郎……!」
身を乗り出そうとしたところで、正詠が僕の肩を掴んだ。
「馬鹿なことすんな。これは彼らの試合だぞ」
「こんなの観てられっかよ!」
「俺たちが手を出せることはない」
「でも……」
フリードリヒは残った足を踏み潰す。
ブラウンはもうぴくりとも動かない。それだというのに、フリードリヒは執拗にブラウンを殴り続けた。
――やめろぉ!
叫び声が悲鳴と歓声を引き裂いた。それは演習場中央から発せられていた。
その叫び声が合図とでもいうように。
――チーム白疾風。大将のルーベル、
ようやく、勝利のアナウンスが流れた。
『ト、トライデントの勝利で、す』
『……白疾風、よく耐えました。最後まで、よく……耐えました……』
力のない実況に、演習場はざわついていた。
チームトライデントの面々はフルダイブの機器を外した。それにトライデント側の実況が歩み寄る。
『決勝、進出……おめでとうございます。一言、どうぞ』
王城先輩はマイクを受け取ると、僕らをしっかりとその鋭い眼光に捕らえた。
「わざわざ降りてきてやったぞ、
重苦しい言葉がずっしりと僕らに放たれる。
「上等だこの野郎……」
身体の血が沸騰しているのではと思うほどに熱い。
「こんな勝ち方、僕は認めねぇからな!」
マイクを実況に返すと、王城先輩たちは地下演習場から去っていった。
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