初戦/3

 そして週末金曜日。教室は落ち着きが見られなかった。


――今日だよな、太陽のバディタクティクス初戦。

――めっちゃ応援してやろうぜ!

――負けたら慰めてやらないとな。

――高遠くんも出るし応援しないと!

――遥香も出るんでしょ? あの三人ホント仲良いよねー。

――うわ、日代や平和島さんも出るんだ。意外ー。


 注目されるのは嫌いじゃないけど、何かこういうのは恥ずかしい。


「……仕方ない」


 急に六現目の英語の先生が教科書を閉じた。


「五分前だが、授業はここまで。それと、この後のバディタクティクスには遅れるなよ、天広、高遠、那須、平和島、日代」


 呆れているように言っているようだが、先生の顔には笑みが浮かんでいる。

 先生が教室から出ていくと、一気に僕らの周りには人が集まった。


「なぁ太陽! 俺お前が勝つことに賭けてるんだよ!」


 高校生がギャンブルに手を染めるのはいけないと思うよ。


「負けたら慰めてやるからよ!」


 負ける気があるわけじゃあないんだけど、まぁありがとうございます。


「平和島嬢に手を出すなよ、太陽」


 平和島は〝嬢〟を付けられる程の人気があるのか、知らなかった。確かに、その……おっぱいと女の子らしい性格から人気が出るのも理解できますが。


「応援してるからな、ナマコの太陽!」


 海藤はにかっと笑って教室から出ていった。

 まだチャイムが鳴っていないのだが……と思った途端にチャイムは鳴った。冷静を装ってスクールバッグに教科書などを詰めていくが、周りのせいでどうしても手が震えてしまう。


「お前なぁ……緊張するにしても限度があるだろう」


 正詠が呆れたように言って、遥香はその後ろでいたずらっぽく笑った。


「入学してからずっと思ってるんだがよ、どんだけこの学校の奴らはお祭り好きなんだよ」

「そう言えばそうだよね……一年生のときから、この学校はイベントを派手にやってるというか」


 宙を見て平和島が言うと、セレナが現れて学校のイベント写真を表示させた。


「お、去年の分もあるじゃん。ネットってやっぱ情報回るの早いなぁ」


 写真を見て、僕はようやっと鞄に教科書を詰め終わって立ち上がった。


「校長が祭り好きなんだよ。なんだっけな……〝学生は楽しむのも仕事〟だったかな」


 正詠が僕らの前を歩き始めた。


「あの校長ねぇ……」


 事なかれ主義っぽく見せてるけど、何ていうのかな……争い事が好きというか、競争事が好きというか。抽選のときもそうだったけど、人を煽るのが上手いんだよなぁ。


「それよりもここまで騒がれてさくっと負けたら恥もいいところだ」


 大きくため息をついた日代は頭を振った。


「何だ素行不良。最初から負ける気でいたら勝てるものも勝てなくなるぞ」

「うるせー優等生。俺はお前らと違って〝恥〟って言葉が辞書に載ってるんだよ」

「なんだ、〝恥〟なんて難しい言葉載ってる立派な辞書を持っていたのか。俺はすっかり辞書すら持っていないと思ったぞ」

「けっ」


 すっかり見慣れてしまった正詠と日代のやり取りが繰り広げられる中、僕らは遂に地下演習場へと着いた。

 扉の前からでもわかるざわつきは、僕らの足を止めさせた。


「いやぁ緊張するな」


 教室にいたときと似たような震えが、また出てくる。

 ぴこん。

 勝てば官軍。


「負ければ賊ってことかい、テラス?」


 ぴこん。

 勝たなけれないけません。あなたや、友達のためにも。


「はは、相棒にここまで言われちゃあなぁ」


 僕は大きく息を吸って、仲間を見た。

 みんな笑みを浮かべている。でも、その笑みには不安も見える。

 きっと僕も同じだ。


「行こう、みんな」


 僕らしくないけど、少しだけ真面目に。


「あぁ」

「うん!」

「おう」

「はい」


 ばらばらな返事だったけど、それが妙に安心する。

 地下演習場の大きな扉を、僕は開けた。

 眩しすぎるスポットライトと大歓声。それがまず僕らを出迎えた。


『さぁ! やって来ましたぁぁぁぁぁぁぁ!』


 次にきぃんと耳鳴りがするほどのマイク越しの大声。


『今回初挑戦のチーム太陽だぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 歓声はより一層の盛り上がりを見せた。


「ホント、祭り好きだな……」


 日代がまたため息をついた。僕は日代の肩を叩いた。


「すっげー静かで淡々としてるの想像してみ」

「……祭り好きで良かったってことにしとく」

『どうぞ、君たちの舞台にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』


 熱すぎる実況に、僕はふと気付く。

 この声、海藤だ。


「なぁ正詠。この声って海藤だよな?」

「あぁ、あいつ運営委員だからな」


 さらりと答えて、正詠は案内役についていった。

 案内役は一年生の女子で、遥香の後輩だった。『太陽』と書かれた紙の旗を手に、バスガイドのように僕らを先導していく。


「そういや私たちって試合見学とかしなかったよね。何で?」


 遥香が顎に手をやって口にする。

 確かにこいつが言うことももっともだ。というかこういう試合ってのは見学が物凄く重要だと思うのだけど。


「お前らちゃんとスケジュール見とけよ。俺たちの試合以外は昼休みとか授業中に行われているんだよ」

「なんだよそれ、ずりぃ!」

「そう思うか? 試合に参加した生徒は授業繰り下げてやるんだぞ。結果的に帰る時間も遅くなるし、俺は嫌だ」

「いやぁやっぱ勉学を疎かにするのはいかんよ」


 筐体の前に全員が着くと、遥香の後輩は「相手のチームが来るまで少々お待ちください」とにっこり笑いながら言って、去っていった。遥香の後輩とは思えない可愛らしさだ。今度遥香に言ってライムIDとか電話番号とか教えてもらおう。あと好みのタイプとかもついでに。


『さぁこっちも来ましたぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! チーム、チェックメェェェッェェェェェェェェェェェェイトゥ!』


 海藤とはまた違う声が相手チームの名前を呼んだ。僕たちの時よりも大きな歓声が見学席から上がる。声だけでこんなにも体がびりびりと震えるのは初体験だ。


『さぁ両雄揃いました! 今回はひそかな注目マッチです! 挑むは相棒をもらったばかりの産まれたて! チーム総合平均レベル22! まさに初心者、挑戦者! お前たちはこの試合で輝けるかぁ!? チーム・太陽!』


 ブーイングと歓声が丁度半々にまた会場で湧き上がる。一応歓声を上げてくれる人がいるのは嬉しい限りだ。おそらく僕らのクラスメイトとかだろうけど。


『対するチーム・チェックメイトは、去年の校内大会で準決勝まで勝ち上がった経験者二名が率いるチーム!』


 対戦相手の大将らしき先輩と目が合った。イケメンだった。ウィンクされた。勝たなきゃいけないと思った。


「もう一人の三年生は将棋部の主将だ。公式でのバディタクティクスの経験は少ないが、頭はキレるぞ」


 周囲の音の合間を縫って、正詠がこそりと僕に耳打ちしてくる。それに僕は黙って頷いた。


『構成は去年と同じ三年生三人、二年生二人! 若手であろうと積極的に! 美しい戦略でのチェックメイト、今年も期待してるぜぇぇぇっぇぇぇぇぇぇ!』


 海藤の野郎、実況慣れてやがるな。


『さぁ両チーム! フルダイブの準備をお願いします!』


 いよいよ、だ。いよいよ僕たちの初めてのバディタクティクスが始まる。

 深呼吸して、筐体の椅子に座る。

 平和島の相棒を助けようとしたときとはまた違った緊張感があって、口の中がからからに乾く。

 体の各所に送致を付けて、最後にヘルメットを被った。


――同志宣誓、共有宣誓を確認。相棒名、ロビン、リリィ、ノクト、セレナ。座標設定完了、フルダイブ準備完了。


 前にも聞いた機械的なアナウンスの声が聞こえた。

 ヘルメットから見える風景は、青い線で区切られた黒い世界。二度目の電脳世界だ。


――バディタクティクスモードでフルダイブを行います。よろしいですか?


 大きく息を吸って。


「頼む」


 一言、アナウンスに返した。

 前と同じく体が急にふわりと浮いたような錯覚と共に、体が落ちていく感覚が同時に襲い掛かった。


「んー慣れない」


 しかしそれは一瞬で、ふいに〝世界〟が広がる。

 けれど平和島の相棒を探していた時とは違って、五感全てで感じる情報は整然とされていて不快感はない。


「お、おう……これがちゃんとしたフルダイブ?」

「というよりも情報が制限されているから前みたくならないだけだ」


 正詠の声に振り向くと、でかくなっているロビンがいた。腕を組んでニヒルな笑みを浮かべている。何か腹立つ。


「前のって……セレナの時の?」


 平和島の声が聞こえてまたそちらに振り返る。


「ん。まぁな」


 髪を靡かせる自信満々な姿のセレナがいた。正直でかくなっているセレナを間近で初めて見たが、こいつ平和島に似てないな。なんか淑女っぽくないし。おっぱいも似てないし。

 そんなことを口には出していないのだが、何故かセレナの目線が冷たくなった。僕は何も言っていないのに。


「馬鹿なことやってんじゃねぇ」


 日代のノクトは呆れるように肩を竦めた。


「きゃー! リリィ凛々しいよー! かっちょいい!」


 リリィがポーズを決めている。

 チームとは言え、ホントこいつら自由だなって思う。もちろん僕を筆頭としてだが。


『両チーム準備は良いかぁ! ここで校内大会のみの限定ルールを紹介するぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


 海藤の声とチェックメイト側の実況の声がきぃんという耳鳴りと共に聞こえる。

 いくら実況とは言え、もう少し静かにしてほしい。こっちはヘルメットを通して直に耳から聞こえるから、ぶっちゃけうるさい。


『今回の校内大会では特別ルールである、〝誇りプライドルール〟を導入するぞぉぉぉぉぉぉぉ!』


 だからうるさいっての。


『今、バディタクティクス非公式大会で超! 有名な! ルールだぁぁぁぁぁぁ! 大将が倒されなくても、この〝誇りプライド〟を持っているプレイヤーが倒されると負けになってしまう特別ルールだ! 守るのは大将だけじゃない! 自分たちの〝誇りプライド〟も、お前たちは守れるかぁ!?』


 ……つまり僕が負ける以外にも、その〝誇りプライド〟を持っている仲間が倒れると負けになるのか。


「正詠、初耳なんだけど」

「奇遇だな、俺もだ」

「あのバカ校長の野郎、絶対面白そうだからって理由で導入しただろう。俺はそんなの持つのはお断りだ」

「とりあえず、その〝誇りプライド〟ってやつを持った人が倒されると負けちゃうんだよね?」

「そうなると正詠くんが持つのが良と思う」


 特に相談もすることなく、その〝誇りプライド〟というものを正詠に任せることに決めた。


――チーム・太陽。〝プライドプレイヤー〟を設定してください。


 急なアナウンスに少しだけ驚いたが、〝プライドプレイヤー〟とは、先程海藤が言っていた〝誇りプライド〟を持つプレイヤーのことだろう。


「僕たちはプライドプレイヤーをロビン……高遠正詠に設定する」


――承知いたしました。チーム・太陽、プライドプレイヤーをロビンに設定。ロビンの全スキル効果が一時的に上昇します。


 なるほど。プライドプレイヤーに設定されるとスキル効果が上昇するのか。初耳なことばかりでかなりビビる。


――フィールドは市街地。これより転送いたします。


「いいか太陽。作戦通りに頼むぞ」

「おう」


 ふわりと体が浮いて、僕とテラスはどこかともわからないビルの屋上に飛ばされた。


――制限時間は三十分、三十分で勝負が決さない場合は十五分の延長、延長でも勝負が決さない場合は、プライドプレイヤー同士の戦いを行うことになります。


 いやねホントにね。こういうのはもっと事前に情報展開しましょうよ。急にテスト範囲変えるようなものだよ。


「僕らはプライドプレイヤー同士の戦いになることだけは回避しないとな」


 隣にいるテラスが頷いた。


――試合……開始!


 けたたましいブザー音がフィールド全体に響く。


「僕たちは大将だからとりあえず待機しような、テラス」


 テラスはまた頷いた。しかし彼女の表情には緊張が見られ、刀を握る手は僅かに震えている。


「なんだよ、お前も緊張するんだな」


 テラスは僕の言葉に頬を膨らませた。そんなことを言う僕もかなり緊張しているのが確かだが。

 テラスは話すこともできないので、必然的に場は静まり返ってしまう。その静寂がまた、この緊張感を掻き立てていく。

 試合が始まるまでは動画などを見てイメージトレーニングをしていたが、やはり本番は違う。闘うのはこのテラスたちではあるのだが……臨場感といううか、責任感というか。そういったものがずしりと重く、自分の胸にある。


「こういうときだけは、お前と話せたらいいのにって思うよ」


 少しでも話せれば、この緊張感は柔らぐのではと思ってしまう。

 しかしそんなこと叶うわけはなく、やはり場は沈黙が支配するのだ。


「ん……? お前、文字で会話できるよな?」


 テラスは口の前で指を立て、静かにするようにこちらを諫めてくる。


――リリィが戦闘を開始しました。


 自分の視界の端からメッセージが現れる。


「これって……」


 ぴりと、僕とテラスの空気がより張り詰めた。

 テラスは鞘から刀を抜いた。探知できない距離で戦っているのかもしれないから警戒しているのだろう。

 正詠の作戦では、とりあえず僕は味方が揃うまで表に出るなと言われていたけど……。


――リリィにロビンが合流しました。


 ロビン……ってことは正詠が遥香と合流できたのか。あぁくそ。メッセージだけじゃあ相手が何人いるかもわからない。味方が揃うまでって、何人揃えばいいんだよ。


――セレナ、ノクトが戦闘を開始しました。


「……!」


 今度は平和島と日代か!?

 えーっと……戦闘でチームが分断されたときは。

 ぴこん。

 どちらか片方を援護すること。出来ることなら近距離の味方を。


「サンキュー。テラス、探知できるか?」


 瞼を閉じて、テラスは大きく息を吸い込んだ。

 ぴこん。

 詳細探知不可能。しかし一番近い箇所は北北西。向かいますか?


「勿論だ、行くぞ」


 わかっていたとでも言いたげにテラスは微笑むと、屋上から飛び出した。僕の体は自然にテラストくっついて移動していて、まるで自分の体が空を飛んで移動しているようだ(フルダイブ中は常に浮いているので正確には違うかもしれないが)。しかし、これは……。


「ははっ! 何か楽しいなぁ!」


 ビルをハリウッド映画さながらに跳んで移動するテラスと共に、僕らはあっという間に二人を視界に収められるビルの屋上へと辿り着いた。


「テラス、探知」


 ぴこん。

 リリィ、ロビンが戦闘中。援護しますか?


「……少し、待とう」


 テラスは刀を握りしめ、唇を噛んだ。


   ***


 白銀の剣閃が三つ走る。

 それを余裕で避けるのはボーイッシュな服装な相棒、リリィ。短い白髪を揺らしながら、彼女は楽しそうにその攻撃を回避する。


「ナイス、リリィ!」


 リリィの近くで小型化した遥香は、楽しそうに彼女を応援していた。その応援のおかげもあるのだろう、リリィは遥香と同じく楽しそうな表情を浮かべていた。


「あぁくそっ!」


 対する相手は遥香と同じ二年の相棒。リリィとほぼ同じ服装だがどこか武骨で、男らしい見た目だ。


「リリィ、一発!」


 遥香の掛け声に、リリィは固く拳を握りしめ、力を溜める。


臥王拳がおうけん!」


 遥香が模試で入手したアビリティ、アビリティコードは673。遥香の命名は臥王拳。敵単体に中ダメージを与える物理攻撃。レベルと不相応に取得できる珍しいアビリティの一つだが、その欠点はもちろんある。


「当ててね、リリィ!」


 それは命中率の圧倒的な低さ。当たればレベルの低い相棒でも強者に充分に渡り合える。しかし、それは〝当たれば〟だ。本気で勝ちにいく者ならば、きっとこのアビリティの取得は選ばない。だが、〝楽しむ〟ためなら。仲間も、きっとこのアビリティを取得することになる本人も。喜んで選ぶだろう。


「はっ! そんなもん!」


 攻撃される本人も勿論、そのアビリティの欠点に気付いている。最も警戒すべきは、〝負ける〟こと。ならば、知識を蓄えるのは当然だ。だからこそ、このアビリティを知っているのも当然。


「その通り、当たるはずない。でもな予想できたか?」


 してやったりと、正詠の声がする。

 この〝ゲーム〟は確率のみで計るゲームではない。例えば、例えばだ。放たれたアビリティの命中率が1%未満としよう。しかし、それを回避した後の相手に放った場合はどうだろう。相手が回避したせいで態勢を崩していたら? 軸足に力を踏み込むそのゼロコンマ一秒、そのタイミングで同じアビリティを使用されたら? そうなるとこの〝ゲーム〟は現実と類比する。

 それすらも計算するのが、このバディタクティクスの醍醐味だ。プログラムで組まれたゲームらしさ、そして人間らしさを含んだ、対戦ゲーム。


「俺も同じアビリティを取っているってさ」


 模試でこのアビリティを取得したのは遥香だけではない。〝こういったこと〟も想定した正詠は、援護をするために自分もこのアビリティを取得していた。自分が中衛であることをしっかり理解し、のために。


「ブロークン!」


 名前は違うが、遥香の臥王拳と効果は同じ。

 その一撃は外れることなく、相手の急所に当たる。


――ロビンのアビリティがクリティカルヒットしました。


 正詠と遥香のの視界の端にメッセージが表示された。


「遥香! 一気に決めろ!」

「よっしゃあ! リリィもう一発!」


 態勢を崩した相手に対し、リリィは再度臥王拳を放つ。それは外れることなく、相手の腹部へと深く入った。


――リリィのアビリティがクリティカルヒットしました。


 相手の相棒の体がくの字に曲がり、がくりと意識を失った。


――リリィが相手相棒を撃破しました。残り、四体です。


「よっしゃあ! この調子でいくよ!」


 遥香とリリィがガッツポーズを取ると、正詠とロビンが物陰から姿を現す。


「やはりこのアビリティを取っておいて正解だったな。同じ二年相手とはいえ、三回で倒せたのはありがたい」


 ロビンが肩を竦めた。

 こんなものなくても、自分さえいれば余裕だよ。

 そう語っているように見えたのか、リリィが物凄く不愉快そうな目をロビンに向けた。


   ***


 さすが正詠。今のところ作戦通りか。すぐにあちらに向かってもいいのだが、大将は最後まで隠れているのが良いらしいし、とりあえず隠れているか。

 仲間から隠れるなんて、まるでかくれんぼだ。


「テラス。ノクトとセレナがどの方角にいるかわかるか?」


 とりあえず正詠と遥香の心配はいらないにしても、日代と平和島はやばそうだ。二人ともあんまりゲームに詳しくなさそうだし。


――ノクトが相手相棒を撃破しました。残り三体です。


「マジかよ」


 素で言葉が漏れる。あいつら意外とゲーム得意なのかな。


「これで数はこっちが圧倒的に有利だし、正詠たちと合流を……」

「あぁ……やっぱり君たちは情報初心者ビギナーだ」


 不意にかけられた言葉に、考えるよりも、僕が指示をするよりも先に、テラスは刀を背後へと振るっていた。


「数で勝れば有利だと思っている。その論理が通るのなら、私たちはあの王城達になんて負けていない」


 しかしその一閃を相手は躱し、レイピアの切っ先をこちらに向けていた。


「はじめまして、そしてさようなら。無謀な情報初心者ビギナー


 にっこりと微笑むその奥には、凍てつくような敵意がはっきりと伺える。

 あくまでも第三者の視点だからだろうか。レイピアの握る手に力が入るのが、はっきりと見て取れた。

 負ける。この人は……この人の相棒は、絶対にこの一撃を外さない。こんなところで、こんなにもあっさりと、僕たちの努力は終わるんだ。


――いいか、太陽。出し惜しみが無しってのはわかる。でもな、テラスのスキルは対策がされやすいんだ。だから、いいか。もしもお前が一人で敵と戦うことになって、もしもやばいと思ったら……。


 練習もできないとわかった水曜日。夜に正詠から電話が来て、あいつは言っていた。


――全力で俺たちに頼れよな。お前は助けを呼べるスキルがあるんだ。


 助けてやるから、絶対に助けを求めろと。

 くそっ。友達に頼ることもしないで負けるなんて馬鹿らしい。勝つのも負けるのも、僕ら全員で決める。


「テラス! 招集!」


 スキル発動を告げる掛け声に、テラスの体が一瞬光る。


――スキル、招集。ランクEXが発動しました。ロビン、リリィ、ノクト、セレナをリーダー・テラスの近くに呼び出します。


 テラスを包む瞬間の光は四つに分かれた。そこから現れたのは……。


「ノクト、前に出て押し出せ!」

「ロビン、ノクトを援護!」

「リリィ、テラスを連れて後ろに下がって!」

「セレナ、ノクトとロビンにガードアップ!」


 仲間の四人だ。


「って、こんな近くならさっさと合流しなよ馬鹿太陽!」

「うるせーうるせー! 大将だから最後まで隠れていようって思ったんだよ、ばーか!」


 遥香から罵声を浴びせられ思わず反論する。


「やれやれ、君そのスキルを持っていたのか。ランクは規格外だが、まぁ私のアレクと効果は変わらないね」


 相手の大将はやれやれと肩を竦めていた。その余裕は相棒も同じようで、ノクトとロビンの連続攻撃を、ひらりひらりと避けている。


「アレク。スキル発動、招集」


――スキル、招集。ランクBが発動しました。ベリス、虎王とらおうをリーダー・アレクの近くに呼び出します。


 先程のテラスと同じように、アレクの体が一瞬光り、その光が二つに分かれた。その光が収束すると相手チームの主力ともいえる、三年生二人がいた。


「この情報初心者ビギナー達は少し勘違いしているようなんだ。一気にケリをつけたいから、あのスキルを頼むよ」


 アレクのマスターでもあるあのキザな先輩は、虎王のマスターにそう声をかけた。


「太陽、あれは将棋部の主将の相棒だ」

「わかってる……でも将棋部って言っても……」


 このとき僕は相手を舐めていた。所詮は文化部。大した強力なスキルや攻撃方法なんて無いと思っていた。


「虎王。スキル、〝飛車角落ち〟」


 テラスの刀よりも武骨なものを持つ虎王は、僕ら全員を見てにやりと嫌らしい笑みを浮かべた。


――スキル、飛車角落ち。ランクAが発動しました。虎王とらおう、アレク、ベリスのステータス、スキル、アビリティが強化されます。


「へ?」


 虎王が武骨な刀を横に振った。それだけで暴風が吹き荒れて僕らを高いビルから吹き飛ばされていた。


「テラス! 何か、何かできないか!」


 落下の途中でテラスに聞くがテラスは首を振る。


「遥香! お前初級の魔術アビリティあったよな!」


 作戦参謀正詠が遥香に叫ぶ。


「あるけどどうすんのさ!」

「下に向かって撃て!」

「んなの私たちがダメージ受けるってぇ!」

「遥香ちゃん! 回復は私がするから、お願い!」

「那須! 戦闘じゃあなく落下して敗北なんてダサいぞ!」

「あぁんもう! ちゃんと回復してよね透子! リリィ、旋風!」


 リリィが拳に力を込めて、地面に接触する寸前にアビリティを放つ。その衝撃波で僕らの相棒は地面への直撃を避けて、四方に吹っ飛んだ。


「あぁくそっ。大丈夫か、テラス?」


 テラスを見ると頭の上に星が回っていた。比喩ではなく、マジで。なんでこいつはどんなときでもこういったコミカルな表現を忘れないんだろう。


「みんな無事か?」


 正詠の声に、リリィ、ノクト、セレナが頭を振りながら起き上がる。


「何でみんなの相棒は僕のテラスみたく星が回ってないんだよ」

「冗談言っている……」


 どしん、と重厚な音が僕ら五人の中心で響いた。それも三つ続けて。


「しぶとい情報初心者ビギナーだね、まったく」


 あのキザな声。土煙が失せた後に現れるのは、言わずもがな。アレク、ベリス、虎王の三人だ。


「冗談言ってる場合じゃないな、これはよ」


 そんなことを言いながら、僕は久しぶりに本気の苦笑いを浮かべた。

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