第五章 最初の戦い
初戦/1
ゴールデンウィークが過ぎた学校というものは、独特な雰囲気があると思う。
休みが終わってしまった疲れというか、虚無感というか。これがよくニュースにもなっている五月病というものなのだろう。かく言う僕もその多分に漏れず、勉強やら相棒やらの件で大分疲れてはいる。
「おはよー太陽」
「おっす」
大きくあくびをしながら、遥香と正詠が僕に声をかけてきた。
二人ともこのクラスの中でも一層疲れが強そうに見える。
「どうしたんだ、二人とも?」
「部活と勉強の両立は大変なんだよ、太陽。知ってた?」
遥香は大きくため息をついて答えた。
「そりゃあわかるけどよ、なんかいつも以上に疲れてないか?」
「バディタクティクスの校内大会に参加する先輩がいる部活はな、今が一番キツいんだ。受験勉強、最後の大会に向けた部活、バディタクティクス……先輩たちのストレスがマッハだから、いつも以上に厳しいしな」
今度は正詠が答えた。
僕にはわからないいざこざが彼らにはあるのだろう。こんな姿を見ていると、部活に入らなくて良かったと思う。
「あぁそれと太陽。今日の放課後に校内大会の抽選と練習日の割り当てがあるから帰るなよ」
正詠は疲れ果てた声でそう言うと、自分の席に戻っていく。
遥香も自分の席につくと、ばたりと突っ伏して、ホームルームまでの僅かな時間を休息に充てることにしたらしい。
ぴこん。
休息が必要?
「そうだな。遥香と正詠には必要かもな」
これからは二人に聞くだけではなく、少しは自分で調べることにしないと。
「なぁテラス。バディタクティクスのルールとかもう一度確認したいから、いつでも開けるようにブックマークしといてくれ」
テラスは笑みを浮かべて頷いた。
***
放課後、僕と正詠は体育館に向かった。
ここでバディタクティクスの対戦相手の抽選と、練習日の割り当てが行われるらしい。大会参加者以外は侵入禁止らしく、体育館の入り口前には多くの生徒がたむろっていた。
「すげーな。みんな興味津々なんだなぁ」
人混みを掻き分けて体育館に入り、正詠に話しかける。
「というより、王城先輩目当てだろう」
正詠がその王城先輩を見ながら言った。
「相変わらず男前だよなぁ」
王城先輩は椅子に座りながら相棒と共に何かを探していた。
「優勝するつもりなら絶対にあの人と当たるから覚悟しておけよ」
「覚悟するにしても、そもそもあの人のことよくわからねぇよ」
とりあえず僕が知っているのは、男前で勉強ができてバディタクティクスが強いということだけだ。
「試合は見学できるから、それを見ればよくわかる」
「何、ビームでも出すのか?」
「そんなもんだ」
適当に答えているのか、それとも本気なのか。正詠の声の調子からは判断できなかった。
「ほら座るぞ」
正詠が指を指したパイプ椅子には、『チーム太陽』と印刷された紙が背もたれに貼られていた。
「何て言うかさ、めっちゃ恥ずかしいんだけど」
「我慢しろ。このチーム名を仮で出してて修正するの忘れてたんだ」
「お前のせいかよ」
「まぁ許せよ」
僕と正詠は椅子に座る。十数分すると全ての椅子が埋まった。
「チーム毎に座っている人数違うけど意味あるのか?」
王城先輩のように一人のチームもあれば、五人全員が座っているチームもある。もちろん僕らのように人数が半端なチームも多く見られた。
「別に理由なんてないぞ。抽選は最低一人いればいいんだ。まぁ……あの人みたく一人で来る方が珍しいがな」
正詠の瞳は敵見る目だった。しかし、それは一人だけじゃない。周りのチームも王城先輩に向ける瞳には、その色が含まれている。
何て言うかな、そういうのは好きじゃない。
「太陽、お前のことだ。周りの反応に何かしら思うところがあるんだろう?」
隣に座っている正詠は正面のステージを見ながら口を動かした。
「んー……何ていうかさ、親の仇でも見ているみたいで好かない」
僕も正詠と同じく正面のステージを見ながら話しかけた。
「仕方ないさ。あの人は敵を作りやすい戦いをするからな」
そこまで話すと今までざわついている空気がしんと静まり返った。自然と僕らは体育館の入口へと視線が向いた。
あの気の良い校長を先頭に、数人の教師が続いて現れる。彼らはそのままステージに向かった。途中で一人の生徒からマイクを受け取り、ステージに上がった。全く気付かなかったが、そのマイクを渡したのは僕のクラスの
「やぁ」
ほっこりとした笑顔で気さくな挨拶をする校長に、僕は緊張が解れた。
「今日はみんなが楽しみにしているバディタクティクス校内大会の抽選会だ。この大会に優勝すれば、地区大会への参加資格を得られる」
空気が一瞬蠢いたが、すぐに落ち着いた。
「さて、校長の長話などあんまり好きではないだろう? 早速抽選会を始めようか」
校長はみんなを見て頷き、先生方を見てまた頷いた。
「では、これよりバディタクティクス校内大会の抽選会を始める。前回優勝者のチーム『トライデント』、王城。前に出ろ」
次に声を上げたのは、生徒指導の峰山先生だった。
「はい」
低いがしっかりと通る声が、僕には重く感じた。ステージに上がる際に、彼は僕らを見た。瞳は鋭く、どこか寂しそうであった。彼の周りに相棒らしきものが現れて、くるりと回った。
「なぁ正詠……あれってよ」
「王城先輩の相棒だ。名前は『フリードリヒ』。強敵だから気を付けろよ」
遠目で詳しくはわからないが、長い銀髪が特徴的な相棒だ。その相棒は、王城先輩が抽選箱に手を入れるとすぐに消えた。
王城先輩はすぐに箱から手を抜いた。その手には数字の1が記されている紙があり、高々と掲げていた。
――けっ、こんな時まで一番かよ。
――王城と当たらないようにするには3番以降を狙わないといけないのか。
――今年は新人も多いし、あいつに当たる可能性も低いだろうな。
「次」
どうやら椅子の並び順は前回の大会の順序で、新人たる僕らは後のようだ。
「っていうかさ、王城先輩ってやったらとヘイト稼いでるよな」
「去年はひどかったからな。お前もいたよな?」
正詠は懐かしむように話し始める。
そういや去年のバディタクティクス校内大会は、僕も正詠に付き合わされて見学したことがあったっけ。
「あったなぁ、そういや」
「思い出したか、太陽」
「うーん……」
去年の校内大会では、王城先輩が一人ずつ……一人ずつ倒していった。執拗に、惨たらしく。
「ルールもなんもわからんかったけど、まぁあんまり観てて楽しい試合じゃなかったよな」
「まぁな。この悪い空気の正体はな、ほとんどがあの人にボコボコにされた人たちの後輩だ。今回は先輩の雪辱戦って感じだろうな」
正詠はため息をついた。
続々とステージに上がっては紙を掲げては帰ってくる。気付けばそろそろ僕らの番だ。
「いいか太陽。2番は引くなよ」
「おう、任せろ。僕はくじ運かなり良いぞ」
「それだけは信じてやる」
まだ王城先輩の隣……つまりは初戦で当たるチームは決まっていない。見たところ空いている枠は四つだ。
「2番だけは絶対ダメで、あと3番、4番もな。9番以降だったら王城先輩と当たるのは決勝戦だけだ」
正詠はこそりと呟いた。僕はそれに頷いて、ステージに上がる。
座っている人たち全てが、僕らに向けられているようだった。大きく息を吸って、少しずつ抽選箱に向かう。
自分がこんなに緊張しいとは思わなかった。
「天広くん。ようこそ、バディタクティクスの世界に。私たちは君を歓迎するよ」
校長の優しい笑顔と言葉が、僕の気持ちを解す。
「きっと君は、良いくじを引ける」
「はい」
校長の声に頷いて、僕は箱に手を入れる。
「ちょいさぁ!」
一気に引き抜いてその番号を正詠と共に見る。
「16番!」
そのくじを掲げると、僕らの後ろにいる人たちは数人がため息を吐いた。
「よくやったぞ、太陽。これで決勝戦以外はあの人と当たらない」
肩を叩かれ、僕は安堵の息を漏らす。
ステージを降りると、海藤がウィンクしてきた。「なんだよ」と言うと、「やっぱくじ運良いよな」と返した。
パイプ椅子に座ってステージを見た。どうやら最後まで2番は残っていようで、僕らと同じ二年のチームがそれを引いて肩を落としていた。
「では、トーナメント表を出すぞ」
ステージに大きくトーナメント表が表示された。真ん中に大きく優勝の文字がある。王城先輩のチームは左上、僕らのチームは右下だ。
「へへ、何かいいかも」
「何がだよ太陽」
「ん? だってよ……僕たちは〝上がって〟いくけど、王城先輩は〝下がって〟行くんだぜ? 僕たちの作戦通りじゃん。
「おまっ……」
僕の言葉に正詠は噴き出した。
「くくく、いや、いい。それぐらいじゃないと大将は務まらない……はははっ!」
珍しく正詠のツボに入ったらしく、遂には声を上げて笑い出してしまった。変な注目を浴びてしまったが、校長の咳払いでさすがの正詠も笑いを堪えた。
「さて、今回は十六ものチームが参加してくれた。しかもその半数は新人の二年生だ。もちろん、三年生のチームにも期待しているけどね。先程二年生が面白いことを言っていた。君たちも聞こえたろう?
校長の顔は明るく、少年の頃を思い出しているように見える。そんな校長の顔を見ていると、どことなく楽しい気持ちになった。
「だから期待しているよ、
校長の言葉に、誰も何も言わずとも拍手が起こる。その拍手を受けて校長は体育館から去っていった。その後にステージに上がったのは海藤だ。
「ではこれより練習日の割り当てを行います。三年生の練習日の割り当ては前回の大会の結果から。二年生は既に運営委員の我々が平等に割り当てています。フルダイブができる貴重な日です。忘れることにないようにお願いします」
海藤は一つひとつチームを呼んでいき、談笑を行った。僕らのときも海藤はその笑顔のままで話を続けた。
「期待してるぜ、俺らの太陽」
海藤から渡されたプリントには、校内大会までのスケジュールが記載されていて、僕らの練習日が赤く塗られていた。一日だけ、しかも午後だけだが。
「いくらなんでも少なくね?」
「これでもかなり捻じ込んだんだぞ。今年は新人が多くてな」
「クラスメイトだろ、頼むよぉ」
「勝てばどんどん練習日も増やせる。気張れよ、ナマコの太陽?」
テラスが現れて、机の上で刀を振るった。
「おーおー元気だなぁ」
あっはっはっと笑って、海藤は僕の肩を叩いた。
「さぁ次だ」
僕と正詠は二人で軽くため息をついて、体育館を後にする。
「俺は部活に出てくる。あ、今日は遥香のやつ部活ないから先にホトホトラビットに行ってるってよ」
「おう。そんじゃあ僕も向かうわ。遥香たちもこの結果を待ってるだろうし」
「じゃああとでな」
頬を膨らませるテラスを肩に乗せながら、僕は一人でホトホトラビットへと向かった。
ホトホトラビットは珍しく客が僕ら以外は誰もおらず、いつもの角の席で遥香、平和島、日代がノートと教科書を広げていた。何度見てもこの風景は慣れない。というか、日代が勉強しているのがあまりにも似合わない。
「何見てんだよ」
日代が広げている教科書に目を向けると、どうやら歴史の教科書のようだった。
ひょいと教科書を奪ってみる。
「ガキみてぇなことしてんじゃねぇよ」
言いながらも、日代は教科書を取り返すような仕草を見せない。
「なぁんか似合わないな、日代」
僕は椅子に座りながらそう言うと、日代は大きくため息をついた。
「最近ノクトがうるさくてな。これだから相棒は面倒だ」
日代が頭を振ると、ノクトが現れて日代の肩に乗った。すると平和島の隣に座っていた平和島の肩にセレナが現れて、距離がありながらもノクトをじっと見つめて微笑んだ。
「なぁ日代。昔話聞きたいんだけど」
「何言ってんだテメー。まずは大会の抽選の結果を教えろよ」
「お前が話さないと教えない」
テラスが出てきて机の上に降りると、手鞠を取り出しセレナとノクトにそれを見せた。セレナは笑みを浮かべ頷いて、机の上に降りて二人して手鞠を始めた。それを見ていたノクトは二人の遊びに僅かでも興味を示したのか、少しして机に飛び降りてセレナらの遊びを見守っていた。
「マジで言ってるのか?」
「マジもマジ。超マジ。セレナたんとノクトたんの話を聞きたいお」
テラスが手鞠をつきながらこちらを見ている。
「あんたがた どこさ ひごさ ひごどこさ くまもとさ くまもと どこさ せんばさ せんばやまにはたぬきがおってさ それをりょうしがてっぽでうってさ にてさ やいてさ くってさ それをこのはでちょいとかぶせ」
楽しそうに手鞠で遊ぶテラスとセレナを見て、ノクトは自然と首を上下に動かしていた。
「蓮ちゃん、話してあげてよ。セレナとノクトもきっと楽しんでくれると思うよ」
眉間に皺を寄せ、日代は頭を振った。
「だからそういうことじゃねぇんだっての」
「お願い、蓮ちゃん」
「……笑ったらやめるからな」
狼狽している日代だが、幼馴染の平和島の頼みを断ることはできないようだ。そんなタイミングで、おっちゃんは僕に紅茶を出してくれた。
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