女神の騎士~キング・ラギニの冒険〜
古座とも
プロローグ
平成二十三年、三月十一日。忘れもしない、あの日の昼下がり――。
「ケイ兄、ケイ兄はさ……この宇宙がどうして生まれたと思う?」
「さあ? そんなこと考えたこともねえよ。お前はどう思うんだ?」
病室の白いベッドの上。腕に刺さった点滴の長い管をもてあそびながら、僕はベッドのはす向かいの椅子に座っている弟のヒロシに尋ね返した。ヒロシは十二歳。ここ最近僕の見舞いにやって来るのは一つ違いの弟のヒロシだけだ。ヒロシは大きな目を瞬かせると、少し考えるような仕草をした。ヒロシの真っ直ぐな黒い髪の毛が目元にかかり、微かに揺れる。
――両親が面会に来なくなって何ヶ月が過ぎただろう。ひょっとしてもう僕のことなんて、どうでもいいのかもしれない。こんな出来損ないの息子なんて、明らかにお荷物だもんな。
僕がそんなことをとめどなく考えていると、ヒロシは気恥ずかしそうに視線を落として話し出した。
「宇宙は神様がつくったんだ。ほんとうの神様が」
――本当の、神様?
「どうしたんだよ、急に」
いつものヒロシらしくない回答に、僕は思わず顔を上げた。すると、ヒロシは今度は真剣な眼差しで僕の顔をのぞきこんでくる。
「ケイ兄は神様を恨んでるだろ? ケイ兄をそんな体にした神様を」
「そ、それが……なんなんだよ」
ヒロシの思いがけない言葉に僕はたじろぎ、不意に弟から視線を逸らしてベッドの上の毛布を見つめた。
……僕は生まれつき、心臓に病気を持っている。早い話が、生まれながらに心臓が発育不全で奇形のために、血流に異常が起こる病気らしい。この病気そのものは生後すぐに手術をすれば問題ないらしいが、僕の場合、五か月の時に合併症を引き起こしたせいで、心肺同時移植以外に治療法がなくなってしまった。つまり僕は、十三年間病室のベッドから離れたことがない。要するに学校というものに一度も通ったことがなければ、勉強も満足にしたことがない。運動なんてもってのほかだ。
……だからもしも本当に、人間の運命を決める神様がこの世にいるとしたなら――僕は、そいつを憎み倒していただろう。だけどそんなのは、『もしも神様がいれば』の話だ。『神様』なんてそんなもの、この世界にいるわけがないのだから。
僕は顔を上げ、突然変な話題を振ってきた弟に怪訝そうな眼差しを送ったが、ヒロシは至って真面目な顔つきで話し続けた。
「俺も同じだよ」
「え?」
ヒロシの言葉に、僕は片眉を吊り上げる。
「俺は、この宇宙を創造した『神様』を許せないんだ」
その瞬間、組んだ両手を震わせると、ヒロシの茶色い目が鋭くなり、表情が険しくなった。ヒロシのただならぬ雰囲気に僕は思わず呑まれそうになる。
「……ヒロシ?」
僕は呼び掛けたが、ヒロシは今度は哀しそうにゆるゆると首を横に振ると、小さく溜息をついた。
「けどね、ケイ兄……いくら俺たちが神様を嫌いでも宇宙創造の絶対的『真実』は変えられない。……変えられないんだ。しかも俺たちにはそれぞれ、その『真実』を形作る『役割』が与えられている。それは『神様』が俺たちに勝手に押し付けたものだ。それが『運命』なんだ」
「ヒロシ……? お前何言って――」
僕が我慢できずに尋ねると、ヒロシは再び険しい顔になり、「ケイ兄、俺は『神様』なんか大嫌いだ」と吐き捨てた。
「……でも行かなくちゃ。俺には『神様』から与えられた『役割』があるから。それからは絶対に逃げるわけにはいかないんだ」
ヒロシは静かな決意に満ち溢れた声でそう言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「役割ってなんだよ……? 行くってどこに行くんだ?」
僕はヒロシの言うことがさっぱりわからず、問い掛けるように弟の顔を見つめた。しかしヒロシは僕の質問には答えずに、寂しそうな笑顔を向けた後、「じゃあな、兄貴」と呟いた。
「え――?」
僕がそう言って瞬きをした直後、ヒロシはこつ然と病室から姿を消していた。
僕がしばらくぽかんと口を開けていると、いつの間にか病室がぐらぐらと大きく揺れていることに気づいた。それは次の瞬間、もっと巨大な揺れに変わり、僕はベッドにしがみついた。その日、巨大な地震が日本を襲い、僕はひとり、高台にある
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