第3話

感情を、思考を、コトバに落とし込むのはとても難しい。

思いつく限りの単語で、文体で、形にしようと試みては、その出来に失望する。


色に、温度に、この世界のあらゆるものに例えてみても、結果は同じなのだ。

他者にこの言い表せない何かを伝えるのに、コトバという手段は酷く不完全だ。


とはいっても、コトバ以外の何かがあるわけでもない。

コトバとはつまり他者に伝えるという目的のために存在する。

この何か以外の何かを伝えるにあたって大きな弊害がない以上、コトバ以外の手段の確立に努めるものなどいないだろう。


ときどき、この何かが直接他者の脳内に送り込めたらと想像してみる。

それによって寸分の狂いもなく、はたしてこの何かが伝わるのかどうか。


その答えは否であるような気がした。


この何かを感じているのは私であって、この何かが全くの狂いなく相手に届いたとしても、相手の受け取ったそれは、全く別物になってしまう気がした。


つまり、私が私で、彼が彼である以上、「これ」は「これ」として伝わることはありえないのだ。


それを無念に感じると同時に、妙な安堵を覚えるのであった。

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