夢のまた夢
YR^83
第1話
夢のまた夢
誰か、僕を本気で好きにさせてくれと、よく思う。
僕は、同性愛者だ。異性でなく同性を好きになるという、いわゆるホモだ。
いつからそうなのか、なぜそうなったのか、それは僕にもわからない。ただ、“それ”を自覚するまでに時間はかからなかった。
少し、僕の高校時代の生活について話そう。
僕が通っている学校は、男子が全校の9割を占める、ほぼ男子校みたいな学校だ。当然、そんな学校に容姿の優れた女の子などいるはずもなく、僕は中学三年以来恋というものをしなくなった。
僕は、バスケットボール部に入っていた。僕の高校のバスケ部はそれなりに強く、練習はかなりきつかった。一週間に休みの日が二日あればいい方で、基本的に毎日部活漬けの日々を送っていた。だから当然、友人と毎日夜遅くまでゲームセンターに入り浸る事も無く、旅行に行くこともなかった。バイトも出来ないから、金の使う遊びを気軽にできるでもなく、出来ることといえば自分の金で本を買ってそれを読むくらいしかなかった。
三学年に上がり部活を引退してからは、それまでできなかった様々なことが出来るようになった。ゲームセンターに入り浸り好きなゲーム筐体をやりまくったり、近場の都市に行って本や服など自分の好きなものを買いに行ったり、ボウリングしたり・・・。それまでとは違う生活に僕は心躍らせた。
ここまでは、最初に話したこととはあまり関係ない。ここからが、問題なんだ。
僕は、心躍らせる学校生活を送っている内に、いつの間にか同性愛者になっていたんだ。理由はわからない。別に女の子が僕に二度と癒えない傷を与えた訳でも、女の子にトラウマがあるわけでもないんだ。ただ一つ、挙げるとするならば出会いが無かったことだろうか。
まぁともかく、それに関する話を君にしようと思う。
この、“悪い虫“が僕の心の中に芽生えたのは、夏に執り行われた体育祭だっただろうか。当時の僕には、仲のいい友人がいた。自分で言うのもなんだけれど、僕は普通の人よりコミュニケーションの取り方が上手かったから、友人の数は普通より多い方だと思う。だから今も昔も、この“悪い虫”を上手く活用して友人を減らさずに済んだし、友人を沢山持つことが出来た。
話が少し逸れたね。その体育祭で、これはどこの高校でも行われるのだろうけれど、出る種目を決める機会があった。その時、事の成り行きで僕は話したことのない子と、三人四脚をやることになった。一人の子とは話したことがあったけれど、もう一人とは事務連絡以外で話した事が無かった。きっと、その子と僕がこの“三人四脚”という種目で同じになったことがいけなかったのだろう、僕はその子に惹かれていった。
当然、その子は男の子だ。ここではK君としよう。そのK君は、大人しい性格で中性的な顔、いや寧ろ可愛いね。で、とてつもなく優しいんだ。運動が出来て、歌も上手くて、でもどこか抜けてる、そんな子だった。
僕は最初、この僕の頭の奥底に巣食う“悪い虫”に気付かなかった。だからその感情に忠実に動いた。本能的に、「この人とは仲良くするべき」と思ったのだろう。その体育祭が終わってから、K君と僕との歪んだ友情生活が幕を開けた。
僕はもともとインドア派で、聞く音楽もアニソンばかりだった。それをやめて彼と話を合わせる為だけに洋楽を聞くようにした。それまでは拘らなかった身なりに関しても、以前よりも気を遣うようになった。彼に好く思ってもらうために。
体育祭が行われた日は、明確には覚えてないけれど確か九月の上旬。そこからK君と僕は、様々な場所に遊びに行くようになった。
最初の頃は、「気が向いたら」とか、「時間があったら」で話が終わってしまっていたけれど、次第に「じゃあどこに行く?」や、「いつ行くの?」へと話す内容が変わっていった。そんな時間を過ごす中で僕は気付いたんだ、僕の中に巣食う“悪い虫”に。
世間一般的に、同性との正常な付き合い方とは、ある程度距離を置いて行うものだと僕は思う。でも、僕とK君とは違ったんだ。いや、K君は悪くないんだ、僕が一方的に好意を寄せてるだけだから・・・。
K君と遊び始めてから、学校生活に変化が生じた。友人が減ったり、成績が下がったりとかそういう他者の目に結果として見えることではなく、僕個人の変化だったけれど。逆に友人は増えて、成績もそれこそ目が飛び出る程良くなった。
何が変わったかというと、K君と過ごす時間が超絶級に増えたんだ。
彼は、学校に来るのが遅かったから、いつもハラハラさせられたのを覚えているよ。休まれたら僕が寂しさで死んじゃうからね。それくらい、僕は彼に依存してたってことさ。
彼が学校に着くと、僕は必ず彼に声を掛けるようになった。ただ、彼だけだと他の人に悪いから、他の人にも挨拶するようになったんだ。
彼の進路先は、大学だった。この時ほど今まで勉強しておけばよかったと思ったことはないと思う。何せ僕は就職だったからね。だから僕は焦った。彼と過ごす時間が残り僅かだと思ったから。
その考えは、半分当たりで半分外れだったんだけどね。確かに時間は、風のように過ぎていったよ。けれど、付き合いは高校卒業しても続くことになったから・・・。
話を戻そう。その焦りから僕は、自分のプライベートのおよそ全てを彼に注ぐことにした。暇さえあれば彼を誘ってカラオケに行き、帰る方向が正反対にも関わらず彼と二人で帰ったり、彼の家で勉強したり・・・。
その生活を通して僕は、僕自身が彼の事を好いていて、僕が“同性愛者”であることに気付かされた。いや、異常だよほんとに。僕もそう思うからね。
だけど、気付いた時には遅かった。その時には既に僕の心の中に、彼に好かれたいという決定的な感情が芽生えていた。
彼に特別扱いされたい。
彼とずっと一緒にいたい。
彼に愛されたい。
そんな僕の、歪んでいて汚い感情は、爆発することなく今も僕の心の中に残っている。
就職先が決まり、K君も行き先が決まり、12月には二人で出掛けたりもする間柄となっていた。
その頃には、僕の心の中に潜む“悪い虫”も大きくなっていて、もう後戻りできない状態だった。でも、世の中無情なんだ。同性愛、それも一方的なものが叶う筈もなく、“それ”は僕にとって重荷以外の何物でもなかった。
そんな、どこへ行っても纏わりついてくるものを一身に纏いながら迎えた一月。彼はセンター試験の勉強がどうとかで、全然遊べなかったのを覚えているよ。それに加えて、彼が「肩コリがひどい」なんて言い出してね・・・その時から僕は、整体の知識に興味が湧いたんだ。
整体の知識齧っていれば、彼の体を解してあげられる、彼の熱を感じられる、彼の肌に触れられるから・・・。
ね、ひどいでしょう?でも、残念ながら僕は行動力がそれなりに高い人でね、それ方面のテキストも買ったし、動画も見たりした。それら以外でも僕は、“彼より優れている”という実感が欲しかったから、漢字の勉強もしたし、学校のテストも今まで以上にやった。勿論彼と何らかの形でつながりながら。
僕はきっと、好かれたいという思いと共に、劣等感も抱いていたのだと思う。
彼は色々なものを持っていた。それも、どれもこれも僕にはないものばかりだったから、だから劣等感を抱いたんだ。
二月。僕の学校では実質休みみたいなものだね、いわゆる家庭学習期間だ。
僕は憂鬱だった。もう学校で彼と顔を合わせることもなければ、休み時間に彼の後ろから抱き着くこともできないし、彼の肩も揉んでやれない。だから僕は、この一ヶ月でなるべく彼と会う機会を増やそうと決めた。
ただそうは言ったものの僕も中々忙しい身で、自動車学校に通ったり(これは彼も同じで、勿論僕は彼と同じ自動車学校に通った)、就職に向けて支度をしたりと、やらなければならないことが数多くあったんだ。
だから毎日遊ぶとまではいかなかったけれど、それでも沢山遊ぶことが出来たんだ。二人でライブ行ったり、K君が僕の家に泊まりに来たり・・・ね。そんな日々を送っていく内に僕はふと、疑問に思った。彼は僕といて楽しいのか、と。僕はよく、そういった疑念を抱くことが多かったから、彼に何回か尋ねたんだけど、いつも「考えすぎだよ」と微笑しながら言うだけなんだ。
さっきも言ったけど、彼は優しい。優しいからこそ、その言葉は本心ではなく僕に不快感を与えないためにその場しのぎで言ってるだけなんじゃないかと、そう思ってしまうんだ。
なんてったって僕は、人間不信だからね。いつだって、褒め言葉とかそういった自分にとって都合のいい言葉は信じることが出来ないんだ。たとえ言った人が、最愛の人でも。家族は別だよ?
だから、そういう疑念を抱くといつも沼にはまるんだ。でもね、これは僕にとっていいことなんじゃないかと、そう思うんだ。
今まで僕は、恋人を持った事が無かったから、悩むチャンスなんだ。これを糧にして、この先の女の子とのデートなんかに役立てていけばいいんだよ。でもね、君も知ってるだろうけど、僕には出会いが無いんだ。だから、最初にも言ったけど、僕を本気で好きにさせてくれる女の子が必要なんだ。
実は僕ね、一月前に事故に遭ったんだ。同じ場所にK君もいてね、その時僕たちはこの先の予定を立てるための会話をしながらウキウキで歩いていたんだ。そこにね、飲酒運転のトラックが突っ込んできて・・・。
見ての通り僕はこのザマさ。でも、大変なのはK君、君の方なんだよな・・・。
僕は・・・君がいないともう生きていけないんだよ?一ヶ月も昏睡してちゃ・・・ダメじゃないか・・・ライブに行くんだろ?僕が一人暮らしした時に泊まりくるんだろ・・・?お願いだから、目覚めてくれよ・・・。
「タクマくん・・・もういいから、あなた、明日仕事でしょう?もう帰りな」
「ユリさん・・・すみません、そう、でしたね、明日また仕事帰りに来ます」
K君は、あの日、事故に遭った日からずっと昏睡状態だ。
僕はどうすることも出来ず、半月入院した後仕事にもう取り掛かっている。
僕を本気で好きにさせてくれた彼がいない今、僕の中にあるのは、仕事をこなすというロボットみたいな精神だけだった。
あれから、一週間が経った。まだ、K君・・・ケイの母親であるユリさんからは連絡はきていない。
今日も僕は、仕事が終わりケイのいる病院へと直行した後帰宅して、一人酒を飲んでいた。
僕はまだ実家の方にいて、一人暮らしするのはまだ先だろう。
ドアをノックする音が聞こえたから、僕は二つ返事で返す。
「おにいちゃん、またこんな暗い部屋で・・・そろそろやめたら?」
入ってきたのは、妹のリンだった。
「いいだろう、家にいる時くらい・・・好きにさせてくれ」
リンは、明るい性格で、今の僕とは正反対だ。だからこそ気になるのだろう。以前の僕はこんなことしなかったからね。
「お願いだよおにいちゃん・・・あたしはおにいちゃんのそんな姿見たくないの」
「うるさいしつこい!・・・あぁすまない、いつか何とかするから、その時まで待ってくれないか」
いつものやり取りを終えた妹は、いつもならこのタイミングで退室するのに、今日はしなかった。
「・・・どうした?強く当たったことなら謝るよ、すまない。それとも何か、別の用事でも・・・」
「おにいちゃん、実はね、ケイ君が目覚めたって」
僕は、妹の話を聞いて居ても立ってもいられずリンと共にケイの所へと直行した。親は海外出張でいなかったから、二人で自転車で行った。
ケイは、にこやかな表情で泣き崩れた後のユリさんと話していた。
僕は、溢れ出る涙を抑えることが出来なかった。
「ケイ・・・!」
「タクマ・・・無事でよかった・・・」
「ケイこそ・・・ほんとによかった・・・」
「タクマ、夢で君に会ったよ。その時俺は思ったんだ、タクマを一人にさせちゃダメだって。だから、戻ってきちゃった。母さん、リン。少し二人だけにさせて」
「タクマ、夢の中の君と、少し話したんだ。君、俺の事好きだったんだね・・・」
「え、あ、好きさ、友達として」
「嘘だね、夢の中の君はもっと素直だったよ。・・・気付いてあげられなくて、ごめんね。その、いいよ、俺で良ければ」
僕は、自分の耳を疑った。まさか僕が欲しかった言葉をケイから聞けるとは思いもしなかったから。
だから、僕も、僕からもお願いした。いつか、近いうちに遠くへ・・・。
「奥さん・・・ダメでした・・・」
「え・・・?ダメでしたって、もしかして・・・」
「すみません、あなたの息子さん、タクマさん、お亡くなりに・・・」
タクマは、白いベットに、顔に白い布を被せて眠っていた。
俺・・・ケイも、タクマと同じ事故に遭った。僕は奇跡的に一命をとりとめたけど、彼は違った。
いち早くトラックに気付いた彼は、僕を突き飛ばしてトラックに轢かれてしまったんだ。
俺は、彼の事が好きだった。これから先、どう過ごせばいいのか、よくわからない。
彼みたいに、俺を本気で好きにさせてくれる人は、現れるのだろうか。
神様、どうか声を聴かせてください。
そして俺の願いを叶えてください。
最愛の人であるタクマを、蘇らせてください。
俺は涙を流しながら、切にそう、願ったのだった。
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