正々堂々戦わずして、何が悪い?

異世界攻略班

無名

敵の息づかいがすぐ近くで聞こえる。

心臓がバクバクする。

近いかな…。

頭でシミュレーションしたイメージを反復させる。握ったナイフを落とさないように気持ちを落ち着ける。

大丈夫。いけるよ…、わたし。

震える右手に左手を重ね、胸の近くまで引き寄せる。目を瞑り、大丈夫と繰り返し唱える。

ザッ。

今か。

左足に重心を移動させ、右足で思いっきり地面を蹴る。足音を立てずに敵の背後に近づき、一気にナイフで急所を突き刺す。

うあ゛あ゛…。

声にならない呻き声をあげる敵に対して容赦はしない。確実に一刺しで仕留め、迅速にその場から離れる。仲間に気付かれるわけにはいかない。ときには、頭から一回転し、敵に気づかれながらもうまく射撃を回避し、ギリギリのところで敵を仕留め、命からがら退避することも多々ある。

「いたぞっ!」

くっ。見つかった。

敵の弾薬が身をかすめるだけでも、身体へのダメージは相当なものだ。装備品は全てフリー。攻撃を受ける度に苦痛で視界が霞むが、次の機会に備えなければならない。だからこそ、私はSMG、サブマシンガンを愛用し、機動力重視のスタイルを維持している。

リロード。

マガジンをセットし直す。弾薬はまだあるが、体力がきつい。身軽な身体とは言え、俊敏に動くにもタダとはいかない。これがリアルなら、私の足は正直持たないなあ。

はあはあ…。

ドラム缶の影に小さな身を潜めながら息を整える。額から一滴、二滴汗が流れる。

リアルなら…ね。…ここは、今この瞬間は、私のリアル…。仮の姿だとは言え、痛みも感じるし、相手の息遣いも聞こえる。

1体始末したから、あとは2体。

「大丈夫か、S(エス)?」

通信機から聞き慣れた声が聞こえる。

「ちょっとHP削られたけど、ペニシリン打ったから問題無いよ」

強がって返すものの、少し余裕が無かった。

「油断すんなよ。相手は即席のパーティとは言え、ランクは俺らよりも上なんだからな」

「分かってるよ、ガトさん」

なんでもお見通しですか…。

ここは、正確には現実ではない世界。だけど、言葉も通じるし、理解し合える仲間もいる。私はここでは違う自分になれ、違う攻め方が出来る。真面目な、良い子を演じる必要もない。本当の私を知る人は誰もいやしないのだから。

「3つ数えたら、グレーネード投げるから背後から援護しろよ。いいな?」

「…了解」

「エス、行けるか?」

「もちろん、私はいつだって冷静なんだから!」

「3、2、1」

合図とともに、銃声が響く。ガトさんが正面から打ち合うならば、私は敵の背後に回り込み、一瞬の隙を見逃さずに確実に仕留める。それがこの世界で私が生き残る術。


VICTORY。戦いの終わりだ。

「お疲れ様」

「お疲れ様でした」

この瞬間は無防備になる。気も落ち着ける。正面から来られても別になんともない。

私の名前はS(エス)。この世界での名前。コードネーム。そう、ただのSなんだ。

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