第6話
僕の彼女はときどき、夢の旅にでる。
眠りの旅はひとり旅。
昼すぎて、帰ってきた彼女を僕は、おかえり、と迎えてやる。
起きぬけの彼女はぼんやりして、時折目の周りを赤く腫らしているものだから、僕が何かいけないことをやらかしたのでは、と心配になってくる。
食パンとサラダとカフェオレの、胃に入る最初の食事を、喉の奥から堪能しながら、ぽつぽつと、彼女は夢の内容を話してくる。
上の世界には、光の草原があって、彼女の死んだ飼い猫が、いまもずっとそこにいて、ときどき思い出して声を掛けてやると、愛らしい鳴き声で応えてくる。
やわらかい草をカジカジ噛んだり、手を動かしてかまってやると、跳びかかってじゃれて噛みついてくる。
だいぶ元気にやってるみたい、と、悲しげな笑顔を僕に向ける。
「キャットフード、買ってこようかな」
ぽつりと言う。
「そこまですることないんじゃない?」
僕は言ってなぐさめる。
もう1年も経つのだ。 僕は写真を飾らない。
偶像崇拝はしない主義。
死別した魂に追い縋ってはいられない。
記憶の中の面影を、思い起こすだけで、もう充分、二度と会えない悲しみで、押し潰されそうになるのに、生前の元気な姿を目の当たりにするなど、悲しみに追い打ちをかけるだけで、また、その好物を、いまさら買って供えることも、する必要は全くないんだ。
あのコが与えてくれた幸せと、逝ってしまった役割を、いま生きている僕たちの希望の糧にしたいんだ。
少し考えて彼女は言った。
「そうね、私が死んでもそのようにしてね」
僕は胸ぐらをわしづかみにされたような
急な動悸にみまわれた。
あした突然、彼女がいなくなったらどうしよう?
明日急に、永遠の別れが来ないとも限らない。
こんなに幸せな僕らなのに。
もしも、もしそんなことが、実際に起きたとしたら、僕は、彼女の部屋を、彼女がいた空間を、そっくりそのまま維持し続けるだろう。
寝乱れたベッドカバーや、本棚の彼女が意味づけした分類も。
食事時には彼女が愛用していた食器を出して、彼女といっしょに食事を摂ろう。
そして、きっと僕は生涯、彼女を愛し続けるだろう。
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