第14話 フットサル②

しばらく、パス練習をした後、基礎練習と言う色んなボールの蹴り方を教わった。

二人でグループを作り、空中に浮いたボールを色んな方法で蹴ったり、ボールタッチと呼ばれる練習をしたり、様々な練習をした。


僕の相手になってくれたのは20代くらいの若い女性で、昔からサッカー経験がありそうだった。とても上手く、僕にアドバイスを教えてくれる。


蹴り方、止め方、動かし方など、事細かく丁寧にアドバイスをしてくれる。


そうやって過ごしていると、21時を時計が指した。


「集合!」と号令がかかると僕らは、体育館中央で、サークルの円の白線を基準にみんな輪になり、数えると僕らを除いて13名の人たちがいた。僕ら兄妹含めると15人だ


「えー、じゃあ、まず新人が入って来たので自己紹介を…」


このフットサルサークルは、橋本さんがリーダーだった。橋本さんは、よく見ると年齢は40代くらいの人で、後に土木建設会社の社長であることを知る。


莉乃は平然としていたが、僕はかなり緊張していた。初めて見る人達ばかりで、体が震えそうになる。若干、それだけで汗が出た。


(じ、自己紹介なんて、入学式以来だよ…)


橋本さんは、そんな僕を見て、気持ちを知ってか知らずか、僕にこう言う。


「じゃあ、ライトくんだっけ?お兄ちゃんからしようか?」と言う。


そう言われた僕は、一気に顔は赤く染まり、手が震える…


(鏡の前で決意したじゃないか!僕は!このままじゃ『何も』変わらない!言うんだ!)


震える手をぎゅっと握り勇気を出して自己紹介をした。


「初めまして!早弓 光(はやゆみ らいと)です!中学1年生です!あだ名は…キンドラです!」


(しまった!)


恥ずかしさのあまりに、出た言葉。僕は何故か自分の嫌いなあだ名を言ってしまった。周囲は、ぽかーんとしている様子だった。それもそのはずだろう…『キンドラ』なんて一見として意味不明なことを言ったのだから


横では意味を知る莉乃が口を塞ぎ笑いを堪えていた。


集まった人たち13人は、みんなそのあだ名に、疑問を思い浮かべていたと思う。


「キンドラって何?」「相当、顔赤くしてたけど、恥ずかしかったのかな?」などの、声が聞こえて来た。僕は顔をさらに真っ赤にした。


しばらく、周囲はザワついていたが


僕に色々と教えてくれた20代くらいの優しそうな面持ちのお姉さんが、僕をじーっと見てニコッと笑い言う。


「えっと…ギンダラって美味しいよね!きっと聞き間違いしただけだよ!あたし達!」


と、気を使ってくれたみたいで、周りの空気を笑いで和ませようとしていた。それに対して40代くらいの男性が

「それにしても、意味わかんねーから」

と笑いながら言ってきた。


周りの人たちは、キンドラの意味を、考えていて、さらにざわつき始めた。

すると、後の運命の出会いとなる高校生の男の人が、僕の前まで歩いて来た。


「キンドラねぇ…」


じーっと睨みつけるように彼は、僕を全体で下から上へと、視線を移動させ観察した。僕は正直、その視線が怖かった。


後に分かるが彼の名前は伊藤 涼介。高校3年生で、背も高く、所謂、細マッチョと言う体系だった。髪も短くして立たせているような感じだった。身長は175センチはあろうかと思う…僕は威圧感を感じていた。


初印象は、『怖い人』と言う印象で、蛇に睨まれた蛙状態だった。


(また…イジメられる)


そう思った時、薫が間に入ってくれた。


「涼介くん!そんなライトを睨まないでよ!」


「んー?カオの彼氏じゃねーの?」


(どこか、貴志と話し方似てる!)


僕はトラウマが呼び起こされそうになる。入学式当時、貴志に威圧され、見た目だけで威圧感を当時感じていた。薫は顔を真っ赤にし


「ち、違うってば!同じ中学の友達だよ!」


「ふーん。まっ、よろしゅーな」と右手を差し出して来た。涼介は笑みを浮かべていた。


(なんだ、良い人?なのかな?)


警戒しつつ、僕も素直に右手を出して握手をした。


すると、彼はニコッと笑い


「なんで、あだ名『キンドラ』なん?」


関西弁で聞いて来た。


「えっ、関西弁?)


関西弁を使う彼に僕は戸惑い


「えっ?…あ、あの…その…」


と僕は黙る。『キンドラ』の意味を言うのを躊躇った。困った顔をして彼は


「まぁ、見たまんまやろうな…」


瞬発的に理解される。


それを見て橋本さんは


「こら!涼介!いきなり、何言ってるんだ!」と怒鳴った。


少しの間が空き、それに彼は少しビビったみたいで


「すんません!ほな!」と


僕の前から去っていった。


莉乃もその後、自己紹介をする。


「菅原莉乃です!小学5年生です!フットサルは初めてやります!よろしくお願いします!」


みんな、やはり菅原と名乗った時には少し騒ついた。

30代くらいの若そうな人は「兄妹なのに、苗字が違う…なんで?」

お年を召した方は「まぁ、人生色々だよな…」と何かを察した様子。

先ほどの20代くらいの若い女性も「あんな若いのに…」など、勝手に想像してなのか、色々言われてた。



橋本さんはその場をシャキッと引き締めるように大声で


「さぁ、チーム分けするぞー。3番号で」


「1」


「2」


「さ、3!」


この3は僕の声だ。左回りで順番を数えていく


隣にいた莉乃は1番になり、2番のチームに薫と、薫のお父さんが同じチームに入った。


「お父さん、足引っ張らないでよ!」


「お前、また横腹突っつかれたいのか?」

と、薫とお父さんの会話が聞こえる


そんな感じで、チーム分けをすると、黄色いビブスを渡される。なんと、番号は10番だった。莉乃のいる1番のチームは赤いビブス、薫たちのいる2番のチームは緑色のビブスを着用する。


(サッカーで10番って言ったら、エースだよな…)


そんなことを思いながら、震えだった。今、思えば、これがいけなかった…胸の高鳴りを感じ、テンションが高くなる。


「じゃあ、早速1番対2番やるぞー」


橋本さんが指示を出す。周りの人が散らばると、僕は端っこで、1人体育座りして試合を眺めていた。周りの人は、様子を見てか、僕に近寄らない。ポツンといる感じがした。


そんなことなど構わず、初めて見るフットサルの試合に僕は何故か少しドキドキしていた。


試合が開始される。見た時はバスケのようなものだと思っていた僕のイメージとは全く違った。


早いパス回し、足裏で正確なトラップ、そして、色んな走り方、止まること、ターン。男性、女性の大人は、みんなプレーが上手く、莉乃も苦戦しているようだった。


特に薫は凄かった。

今まで見たことない、左サイドの攻撃的なポジションで細かいステップをすると、早いパスがやってくる、薫はニコッと笑いボールをふわりと浮かせ相手の頭を越す。後で聞いたらその技は『シャペウ』と言う技だった。


相手の大人の男性はいとも簡単に交わされ、そのまま、抜いてゴールを決めた。


(す、すごい…薫ちゃんって、カッコいいな…)


その後も、薫の勢いは止まらない。


足裏でボールを扱うと股抜きに、某元日本代表のカリスマのある選手で有名になった技ボールを跨ぐ『シザース』と呼ばれるフェイント、色んなテクニックを駆使してどんどん、ゴールに迫る。


僕はそれを見て圧倒されていた。それと同時に不安に思っていた。


(この中で、僕は出来るのか???)


あっという間に10分間の試合が終わる。

何もかもが、僕の目にはレベルが高そうに見えた。


薫はこっちに向かって歩いて来る。その表情は「やり切った」と言うスッキリした面持ちだった。


「ふぅ…どうだった?」と笑顔で僕に問う。


「凄すぎて…なんて言ったらいいか…」


僕は視線を逸らして言う。


「やった!なんか、ライトが来てくれたから、いつもより張り切っちゃった!」


あれだけ動いたのにも関わらず、薫は息もそれほど切れてなく、表情は明るかった。


(本当にこの人、人間なのか?)


僕は周りを見渡す。中には息を切らしている人もちらほらいた。腰を曲げ膝に手をつく人、その逆に会話しながら体育館の入り口まで和かに戻る人、それぞれだった。


そして、遂に僕の出番が回ってきた。

危ないのでメガネを外す、遠くにある時計の数字がぼんやりと見えなくなった。


(久しぶりだなぁ、外でメガネを外すの…)


そして


橋本さんが再び大声で


「じゃあ、次!一番、三番試合です!」と言う。


僕は立ち上がり、体育館の中央に整列に向かった。その足は普通に歩いているつもりだったけど、緊張と不安が入り混じっている感じがした。


(どうしよう…何をすればいいんだろう…わからないよ)


不安が心の声として出ている…


(無理かも知れない)


そう思っている時だった。


「なぁ、キンドラ?」


涼介が声をかけて来た。涼介は僕と同じチームだった。


「は、はい…」


「君は、前線で動きまくって、ゴールだけ狙って立っておき」


「わ、わかりました。」


そして、整列した僕らは礼をして、試合が始まった。


相手チームからのボールで開始されると後ろにボールを下げる。


僕は涼介の言う通り、がむしゃらに走ってボールを追いかけた。


相手の人も「うお!」とびっくりしてた。


しかし、後ろにボールを下げられると、僕はそのボールを食らいつくように、追いかけて奪おうとする。


しかし、いとも簡単にまたボールを横にパスを出される。


すると、涼介からまた声が聞こえた。


「ええ、プレッシャーや」


そう言うと、彼はパスをカットした。


崩れたディフェンスは、スペースが大きく空いてた。そのスペースを利用して素早いドリブルを開始した。


そして、そのまんま…


ゴールネットを揺さぶった!


「おっしゃぁぁぁ!」彼は叫ぶ


周りは「今の、ありかよー」「早えええ」など様々な感想が聞こえる。


涼介は喜び僕の元へやってきた。


「キンドラ、お前のプレッシャーのお陰やで!」そう言うとハイタッチを求めてきた。


僕も嬉しくなり、その手を


パチンッと叩いた。






しかし…上手くいかないのが、フットサルの魅力である。


「はあ…はあ…はあ…」


たった10分間の試合だが、物凄く息が切れる。


「お兄ちゃん…大丈夫かな?」


一緒に試合していた、莉乃が心配する声がするほど僕の体力は削られていた。


石川さんも「使えねーやつ」と嫌気が指しているようで、その声は僕の耳に届いた。


走って奪えたのは、最初だけで、後は、ただの無駄走りになっていた気がした。


僕はだんだん、走れなくなる。走っては止まり、息を整えるのを繰り返してた。


涼介のアドバイスも疲労の為に頭が働かなくなり、ただただ、走っては止まるを繰り返していた。。


残り1分…


僕は相手ゴール前で走っていた。もう意識もはっきりしていない。ゴール前で相手が持つボールを追いかけた。無情にも簡単にドリブルで抜かれてしまう


抜かれたところを涼介が、フォローしてくれて、その相手のドリブルをカットして、左足で前線に低くて早いシュート性のボールを蹴ってきた。そのボールは、ゴールから少し逸れて


「あっ、しもーた!」


僕は無意識にそのボールを見た。目の前を通り過ぎようとしていくボール…全く通用しない技術、無駄走り…それを思うと、不思議と無意識に悔しさが滲み出た。


僕は気がつくと思いっきりダイブするような飛び方で、ヘディングをした!


涼介は、「キンドラ!」と叫ぶ


ボールは、僕の額に当たり


そのまま、ゴールネットを揺さぶった!


ダイブした僕は、その勢いでゴールポストに体が思いっきりぶつかった。


涼介は大声で


「うぉぉぉぉお!」と興奮する


ゴレイロの人(ゴールキーパー)はその僕を見て驚いていた。


そして、気がつくと僕は天井を見上げ倒れていた。そんな天井のライトが僕を照らすように眩しかった。


ゴレイロの人が「大丈夫か?」


と手を差し伸べると


「はぁ…はぁ…はぁ…えっ?あっ、はい…」


僕を立ち上がらせてくれた。


パチパチパチ…


立ち上がるとそこにいた人達は石川さん以外、僕を祝福するように拍手していた。拍手は体育館中に響き渡った。


涼介が走って寄ってくる。


「お前!ごっつすごかったで!今の!」


と、飛びつき抱きついてきた。すごく、汗の匂いがキツかったが、それ以上に僕はビブスまで汗たらたらだった。抱きつかれた瞬間、ピシャっと言う感覚を感じる。


僕がやった無意識のプレーは、後で知ったけど、それは『ダイビングヘッド』と言う大技だったらしい。


僕は右肩を強く打ったが、ドクドクと痛みが走る…、打撲だろうか?しかし、それ以上に僕の心にも変化が生まれた。どこか「この中でやっていける」そんな自信が生まれていた。

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