第12話 幸せの時

公園での思いの丈を聞いた後、薫は明らかに落ち込んでいる様子だった。


先へ進む彼女の後ろ姿は、『隠し事がなくなった』そんな風に捉えられる。背中で表情を作っているように見えた。


僕は、勇気を出して彼女の左手を掴んだ。


「薫ちゃん…待って…」


彼女は振り向くと、驚いた表情になっていた。

まさか、僕の方から手を握るなんて、薫からは想像も出来なかったのかもしれない。


僕は次第に言葉を発した。


「か、薫ちゃんだけ、ずるいよ…僕の話も聞いてよ。」


僕は久しぶりに微笑みを浮かべて言った。きっと、彼女は初めて見る顔だろう。その表情にも言葉にはしなかったが、彼女は嬉しかったのだと思う。


そして、ベンチに腰掛けると、僕はありったけ話をした。

貴志達にイジメられていること、両親が離婚しその後、家族が崩壊していること、破れたテストの事、赤面症の事、自分の事。


まるで、小さい頃、母親に『今日の出来事』を話すかのように…始めは黙っていた言葉も不思議とハキハキと話せた。


彼女は、真剣な表情で全てを聞き入れてくれた。


「それでね。」


僕は思わずテンションが高くなり口走りしようとした。


すると、彼女はニコッと優しい微笑みを見せ


「・・・ライト」


と優しく名前を呼んでくれた。


「あっ…」


僕は無我夢中で話していたことに気がつく


薫は


「やっと・・・やっと・・・心開いてくれたんだね。」


と、笑顔の中にうっすらと涙が見えた。


僕はしばらく考える。心の中で色々確認をしていた。

薫ならば、今後、心開いて行ってよいのか・・・安心して話せるそんな信頼出来る存在なのか・・・そして、僕の心は決まり


「うん!」


と、大きく返事をした。


その声に彼女は下を向き


「グスッ…」


「薫ちゃん?あの…」


「わぁぁぁぁ、ライトが!ライトがぁぁぁぁ」


その声は団地中に響き渡り、僕は焦った。


「か、薫ちゃん!」


「だって…だって、ライトがやっと私に心開いたんだもん!」


大声で叫ぶように話す彼女に僕は戸惑いっていた。


「そうだけど、そんな大声で泣いたら、団地のみんなが…」


その声が聞こえたのか、スリッパを持った莉乃が、エレベーターから走って僕のところにきた。





パコーン!





思いっきり、スリッパで僕の頭を叩く


「痛ッ!」


昭和の漫画のような展開に、薫は驚いた。


「キンドラ!女の子を泣かせて何やってるのよ!」


「り、莉乃ちゃん、違うんだって…」


薫は莉乃にそう言うと、落ち着いて事情を上手く説明した。






「えっ、キンドラが!?」


莉乃もまた驚き、僕を見る。


「うん、ライト、私にすごい話してくれたの!本当に凄かったの!それでね!」


「えっ、本当に!?」


二人とも何か弾けたように、キャッキャッと話す


置いてけぼりされたような気分になり、その様子に僕は


(やっぱり、二人とも女子なんだな…)


と感じていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


僕ら3人は、自宅に戻る。


もう、昼の13時半過ぎを時計は示していた。


その頃、僕はリビングのテーブルのある椅子に座っていた。そして

(こんなに幸せな時間・・・僕は過ごしている・・・それでいいのだろうか・・・)

そんな事を思っていた。つい最近までイジメに遭っていて、そして今日なのだから、僕はこの時間に戸惑いがあった。


薫は上機嫌に鼻歌を歌いながら、キッチンに立つと、買い物して買ってきた食材と、カビ取り洗剤を並べた。


「ふんふんふーん♫」


「お姉ちゃん、本当に嬉しそうだね。」


キッチンを覗き込むような姿勢の莉乃の問いかけに、彼女は照れを見せながら


「だって…嬉しいんだもん…」


と、モジモジしている


そんな気持ちに水を差すように、莉乃は


「あんな奴のどこがいいんだか・・・」


と、鼻で笑っていた。


「べ、別にいいでしょ!」


彼女は顔を真っ赤にして、莉乃に言う


そんな会話をしてる二人を見て、心がくすぐられるような感覚になり、僕も大声出して笑った。


「あはははは!二人ともまるで、本当の兄弟みたいだな、あははははは」


僕は何年振りに腹を抱えて笑っていた。


その姿を見て、薫と莉乃は声を合わせて


『うるさい』


と言ってきた。


まるでここまで、本当に昭和の漫画のような世界だった。


その後、薫は料理を、莉乃は部屋に戻り「料理が出来る間、宿題をする」と言って篭り出した。


僕は


「何か手伝う?」と聞くと


「んーん。掃除と買い物で疲れたでしょ?休んでいていいよ」と言ってくれた。


確かに少し疲れを感じていた僕は、冷蔵庫から麦茶を出し、コップに注いで再び同じ席に座って麦茶を飲むことにした。


僕は彼女を見る。一生懸命包丁を持ち、豆腐や野菜などを切っていく姿が目に映る。次第に不思議と昔の母親が戻ってきたような錯覚に落ちて


「お、お母さん?」


と呟いた。


それが薫の耳に入ったのか、包丁を持つ彼女は吹き出して膝から崩れて笑った。


「ぷっ、あははははは!」


「えっ、あの…その…」


僕は恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。


彼女は笑い過ぎて、また涙を浮かべていた。


「ライト、面白すぎる…あははははは」


どうやら、ツボにはまったようだ。


涙を拭いて、彼女は立ち上がり、僕を見て言ってきた。


「昔、そう言う男の子いたよ。先生なのに、『お母さん』って言う子」


「そ、そうだねぇ」


「まるで、その子みたいだった」


そう言うと、僕は


「・・・」


黙り込みとまた僕は耳を真っ赤に染め視線を逸らした。


この日の僕は、彼女のペースに乗せられて、一日中照れさせられた。


作ってくれた手料理もとても美味しく。久しぶりの手料理と言える物を食べた。


彼女に対して莉乃もとても満足しているようで、薫は莉乃の宿題を手伝う、そんな場面も見せていた。


本当に以前、離婚する前の母親が戻ってきたように見えた。


そんな幸せな時間は、残酷な事に時が過ぎるのが早く感じた。


時刻も17時を過ぎ、薫は


「長居しちゃったね…」


彼女は時計を気にしている。


僕はその言葉が、とても寂しく感じていた。


「昨日、帰り遅かったから、お母さんに怒られちゃったんだ。」


「うん…そっか…」


そう言うと、薫は


「ライトのせいじゃないよ。私がライトと一緒に居たかっただけだし、お祭りに行く約束も出来たし、あの時は最高だったよ」


「…そっか」


僕の本心は彼女に帰って欲しくなかった。


(また、現実に戻される)


そう思うと切ない気持ちになっていた。


せめてと思い


「帰り道、送るよ」


と、僕は言う。


「ううん。一人で帰るよ。莉乃ちゃんもいるし、考えたいこともあるし」


「…そっか」


そう言うと玄関まで薫を見送り、彼女は右手を差し出してきた。


「またね。ライト」


「うん、また明日」


僕らは硬い握手をした。


莉乃も寂しそうな表情を浮かべる


その姿を見て


「莉乃ちゃん、おいで」


莉乃は薫に抱きついた。


「お姉ちゃん、またね…」


「うん、またね。」


彼女は家を出ようとドアノブに手をかける。すると


「あっ、忘れてた」


再び、こちらを向き、僕らの方に向かって歩いてきた。


「ライトにこれ、渡すの忘れてたよ。」


と、リュックの中から塗り薬を出して差し出した。


僕は受け取ると


「な、何?これ?」


「アザや腫れてるところに、塗るといいよ。あとね、ライト」


「ん?」


「後で、お父さんと一緒に車で迎えに来るから」


僕はそれを聞いて『お父さん』と言うワードで緊張した。そして、どこに行くのかも疑問になった。


「あはは、また難しい顔してる」


彼女は笑うと続けてこう言った。


「ライト、莉乃ちゃん、体育館履きと、動ける格好して、待っててね。20時に迎えに行くから」


僕は「へ…?う、あ、うん」と答える


莉乃はそのセリフを聞いてワクワクしているようだった。


「お姉ちゃん!どこか連れて行ってくれるの?」


すると、彼女満面の笑みを浮かべて、こう言った。


「今日から二人ともフットサルデビューだよ。」


あまりにもそれは突然で、僕はかなり驚いた。


「えっ?!」


「ライトのそのお腹、へっこまさないとね」


と、僕のお腹を突っついてきた。


僕は、恥ずかしくなった。


「あと、ライト。今日の夕飯、ライトは豆腐だからね?莉乃ちゃん、ライトがお米食べないように見張っててね」


莉乃は頼られていると思ったのか、嬉しそうに


「うん!任せて!」と答えた。


(また、豆腐かぁ…)


僕は思った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後、夕食の豆腐を食べ終える。

そして、時間近くなるまで、僕は部屋に籠っていた。

再び、イヤホンを取り出し、ベッドに横になる・・・聞いている音楽も再び、自分が好きなアニメの曲だった。


そして、この日のことを思い出す・・・


(こんな僕が、こんな幸せな時間を過ごしてよいのだろうか・・・いつかバチが当たるんじゃないか・・・)


幸せに浸るのとまた別に、僕は恐怖心があった。

目を閉じて、公園で話した内容を思い出す。


(僕のために泣いてくれる人、初めて見たな・・・)


(何故、赤面症の僕が、あんなにハキハキと魔法にかかったように話すことが出来たのだろう・・・)


そう思うと、スマホを手に取る、通話履歴を見た。

そこにはたった一つ、「村石 薫」と記されているところをじーっと眺めていた。


「薫ちゃんか・・・」


一人でそう呟くと、彼女が勇気を出して、言ってくれたあの言葉が思い出される


『あの日、私、レイプされそうだったの・・・』


僕はその言葉を思い出すと、何故かイライラしていた。


(僕の友達を傷つけた・・・許せない!)


それがどんな相手だったのか・・・僕は思い出そうとする。


貴志・・・佐藤・・・そして、もう一人知らないやつだったけど、明らかにあいつがリーダーのような気がした。


ガタイがよく、同い年かはわからないけれども、雰囲気が明らかに二人と違う


(そういえば、あいつだけ、僕に手を出さなかったな・・・)


無表情で、僕を睨み続けていた「あいつ」は一体何者なのだろうか・・・


そして、薫が言っていた「他の犯罪で捕まって、今、少年院にいる」


一体どんな犯罪を犯したのか・・・


僕は考えたけれども、浮かばなかった。


ただ一つ言えること


『薫からサッカーを奪った人間』


それであることは確かだと思った。


薫も、まだ『何か』を隠しているのだと僕は悟った。





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