第9話 エレベーター

翌朝


昨夜と打って変わって、莉乃は元気になっていた。


あれから、莉乃は散々泣いて、辛かった思いを吐き出した。離婚の事。将来、不安に思っている事。一人になると不安と寂しさが襲ってくる事…そして、僕の事。


いつも、笑顔でからかってくる莉乃も、大きな不安を抱えていた。

その事に気が付かされた夜だった。


そして、そのまま、僕の部屋のベッドで寝てしまっていた。


僕はリビングの小さなソファーで寝たのだった。



(久々、ソファーで寝たけど、背中が痛いや)


僕らはリビングで、朝食のパンを食べていた。

僕はコーヒーを、莉乃は牛乳を飲んでいた。


「キンドラ、その薫ちゃんって人、いつ来るの?」


「10時頃って言ってたよ。」


「楽しみだなぁ、キンドラの『彼女』実は相手ゴジラだったりして」莉乃は笑いながら言ってきた。


「誰がゴジ…ってか、か、彼女?!だから、お祭りに一緒行くだけだって昨日から…」




ピコーン♫





スマホが鳴る。


確認してみようと手に取ると


莉乃はワクワクしながら、スマホを覗いてきた。


『村石 薫』と記されていた。


「莉乃、覗くなよ。」


「いいじゃん。いいじゃん。」


仕方なく、僕はメールを開く


『これから、歩いて向かいます。部屋どこだっけ?』


と書かれていた。


(そう言えば、前は公園で遊んだ事あったけ?ウチに来るの初めてだったな)


『公園まで迎えに行くよ』


僕はメールを返した。


すると、すぐにメールが返ってきた。


『合格』


とだけ、書かれていた。


(合格???)


僕は意味がわからなかった。


莉乃はそれを見て笑っていた。


「あははは、『合格』だって、よかったね。キンドラ初めての『合格』じゃん。」


「お前なぁ、バカにしてるのかぁ?」


「だって、本当でしょ?」


確かに初めての『合格』の文字を見た。今まで『不合格』なら何度も見てきたが…


僕は『ありがとう』と返信した。


時刻は9時40分になった頃、僕のスマホが再び鳴った。


『あと20分くらいで着くよ』とのメールだった。


『じゃあ、公園で待ってるから』


そう返すと、急いで僕はパジャマから、昨晩用意した私服を取り出し、顔を洗い、メガネを掛け、歯を磨き、髪を溶かした。


準備して、なるべくセンスの良い格好だと思われる服を選んだ。


「莉乃?ちょっといい?」


「はいはい、しょうがないなぁ」


最後は莉乃チェックだ。外出する度に決まって妹のチェックをしてもらう。


「服はいいけど、襟がおかしくなってる!」


そう言われると、莉乃は襟をグイッと正してくれた。


「ありがとう。」


この時、僕は少し緊張してきていた。


その姿を見てか、莉乃は背中を強く叩いた。





パチン!





「痛っ!」


僕の背中に乾いた音が鳴る。


「気合い入った?」


莉乃はニヤニヤしながら、言ってきた。


「…」


「そんな、ブルーにならないの!しっかりしてよ!お兄ちゃん!」


「…入ったよ…気合い…」


そう言うと、玄関で靴を履き、ドアを開けた。


(あれ…)


ドット…ドット…ドット…


僕は、だんだんと緊張し、開こうとしたドアを中途半端なところで止めた。


(そう言えば…女の子を家にあげるのって、初めてだったような…)


その思うと物凄い緊張が僕を襲った。


莉乃は、僕の異変に気がついた。


「どうしたの?」


僕は耳が真っ赤になり、妹の方を振り向く


「き、き、きんちょーしてきた…」


莉乃は大きくため息を吐く


「早く連れてこーい!」





パチンッ






乾いた音と共に、再び、僕の背中に痛烈な痛みが走る。


「ッ!」


その勢いで、僕の体は動き出した。


ウチの目の前のエレベーターに乗り、扉が開いて中に入ってから、1階のボタンを押して、下に降りる。




僕は呆然と開くドアに、足を踏み出し、エレベーターに乗った。


蝉時雨の音、エレベーターのドアガラスの間から差し込む光、少しだけ冷んやりする空気、いつも見て感じている風景なのに、不思議と新鮮な気持ちになる。


僕はかなり『意識』をした。


目に映るもの、聴覚、そして、落ち着かせるために深呼吸をする呼吸。いつもなら、なんでもないことだけど、不思議と力が溢れてきた。


(今なら行ける…)


エレベーターのドアが開く


僕の足は扉を超え。さらに呼吸を整えながら、右、左、右、左と足を運ぶ、僕はワクワクする気持ちから、新しい何かが始まる予感がした。


公園への道を歩くと30度を超える熱気を感じる、それと共にどこか期待する気持ちが出ていた。しばらく歩くと、そこには


麦わら帽子の後ろ姿、白いTシャツにジーンズ、白のサンダルを履き、そして、オレンジ色のリュック…


太陽の光でダイヤモンドのように、眩しいほどに輝く彼女がそこに居た。


彼女はこちらを振り返った。


毎日、見ているはずなのに、何故だかこの時の僕の目には…天使のように映る。


「おーい!ライト!」


彼女が笑顔で、右手で大きく手を振る。


その薫の姿を見て、僕は不思議と緊張が無くなっていた。


「お、お待たせ」


少し照れながら、彼女に声を掛ける。


「んーん。今、来たところだよ!」


「そっか…」


すると、薫は右手を差し伸べて来た。


「ライト、この手握れる?」


「えっ?」


僕は手を凝視する。


何故か、僕は


(握らなきゃ…)


そう言う気持ちになった。


僕は右手を差し出して、手を重ねようとした。





彼女の手が、触れるその瞬間、まるで絹のような柔らかい感触を一瞬、指先で感じた。しかし、僕の頭に危険信号のような物が働いて、すぐに避け手を離す。


「惜しい!」


彼女は言う。


「あ…」


(何故だろう…何故、今、避けたんだろう…)


「でもライトは、やっぱり勇気あるよ!」


「ご、ごめん、避けるつもりなかったのに…」


「んーん。先っちょ触れただけでも、よかったよ。もし、手を握って来てたら、きっと、それはもう『ライト』じゃないと思ってたよ?」


彼女の言動が、僕は意味がわからなかった。


「さぁ、お家に連れてって」彼女は笑顔で言う。


僕は彼女の言うように、公園から戻り、エレベーターに入ると扉が閉まる。僕はボタンの前、彼女は、僕の後ろに立った。


狭い空間に二人っきりの状態になる。


扉が閉まったその瞬間、まるでこれまで溜めていたかのように、緊張感が出てきた。


ドット…ドット…ドット…


心臓の音がはっきりと聞こえた。


平然を保とうとしたつもりだが、次第に顔が真っ赤になり、どうしていいのか、わからなくなっていた。

僕ははっきりと彼女を『意識』をしていた。


「ライト?ボタン…は?」


その時、僕はハッと気がつく


(緊張のあまり、ボタン、押し忘れてた…)


黙って、5階のボタンを押す。

すると、エレベーターが動き出し


その瞬間、恥ずかしくなり、僕の体は、全身からすごい大量の汗が出た。

急いで、ハンカチで顔を拭く


それを見て薫は、笑いを吹き出した。


「ぷっ…あはははは!ライト、面白いね!すごい緊張してるね!」


「…」


僕は黙り込むと


彼女は僕に近づいてきた。


そして、耳元で囁く


「大丈夫だよ。私も…緊張してるから」


彼女は急に僕の左手の小指を右手で覆ってきた。


(えっ?)


「ほらね?こんなに今日は暑いのに、手、冷たいでしょ?」


右手で覆わられた小指は、確かに冷たく感じた。そして、少し震えるその手から緊張が伝わってきた。


「薫ちゃん?」


僕は振り向くと、彼女は強く目を閉じていた。




キーン




エレベーターの鐘が鳴り5階に着き扉が開く


前に進むと、薫は小指を離し「ハー!」と大きく息を吐くと「緊張したぁ」と声を出した。


「やっぱり、手を繋ぐのって緊張するよね!」


「う、うん…」


「チャレンジしてみたけど、小指で精一杯だったよ。」


と彼女は笑顔で言った。

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