第5話 猪突猛進彼女
僕はその時の記憶を呼び起こし、一旦アルバムを閉じた。
「あの後、警察署に行って、事情聴取されてから、先生から呼び出されたんだよな…」
キッチンの食器棚からブランデーを出し、市販の丸い氷をブランデーグラスに置き、ブランデーを注ぎ込む。
コッコッコッコッコッ
注がれていくブランデー
(先生、お元気にされているだろうか…)
斎藤先生は、唯一僕を理解してくれようとした先生だった。
当時は『キンドラ』と呼ばれ、家庭も崩壊し、日常的に公園で、殴る蹴るなどの暴行を加えられた。
そして、それ以上に辛かったのが、彼女からのビンタだった。
いつもなら、からかってくる妹も、あの時は、本当に辛そうにしていた。
(確か、泣き止むまで公園で慰めていたんだよな…)
ブランデーを一口含む、強い刺激が僕の記憶を、さらに呼び起こした。
(今考えても、あの先生の提案が無ければ、今の僕はここにはいない…)
……………………………………………
僕は職員室に呼び出されていた。
いつもの先生の席の前で立たされると、先生は明らかに困った顔をしながら、座って僕に話しかけた。
「早弓」
「はい…」
「明らかに、お前が貴志達から暴行を受けたのはわかっている…ただ、お前は本当に警察の人が言うように、佐藤にやり返したのか?」
先生に、そう問われる。
僕は先生の目を見る事が出来ず、顔を真っ赤に染めて言葉を返した。
「いえ…僕はやってないです。」
そう言うと先生は、頭を悩ませる。
僕は妹の悲しそうな顔を思い出し、勇気を出して、先生に誰に殴られたのか話した。
貴志や佐藤、他の人の名前を出し、日常的にイジメを受けていることを訴えた。
先生は貴志については驚きはなかったが、他の生徒、特に佐藤の名前を出すとかなり驚いた様子だった。
「本当にあいつも関与してるのか?」
僕は頷く。
「佐藤は、口から少し血が出ていたらしいが…早弓が殴って出来たものではなかったのか?」
そう問われ、頷く。
先生のショックした顔は隠せなかった。
「早弓…薄々感づいていたが…」
そう言うと先生は、立ち上がり、僕に頭を下げた。
「早弓、本当にすまなかった…」
(あの先生が頭を下げた…)
僕はかなり驚いていた。
こんな先生を見るのは初めてだったから…
先生は目に涙を浮かべて、こう言った。
「お前にだけ話すが、先生は薄々感じていたんだ…お前が『赤面症』で苦しんでいることも、イジメにあっているのではないかと言うことも、そして、クラス中から無視されているところも」
僕はそれを聞き慌てた。
「先生が、その…悪いわけじゃなく…僕が弱いから…だから、その…頭なんて下げないで下さい」
僕はそう言うと先生は頭を上げ、続けてこう言った。
「イジメはお前だけの問題じゃない…クラスの問題であり、学校全体の問題なんだ…お前は勇気を出して教えてくれた。すまなかった…」
そう言うと再び先生は席に座り、引き出しの中から、パンフレットを出してきた。
そこに書かれていたのは
『フリースクール』
と、書かれていた。
「フリースクール?」
「1学期、ずっとお前を見てきたつもりだけど、お前はこっちの方が向いているかもしれない」
そう言われると、概要の説明などを詳しく教えてくれた。
僕は
「考えてみます…」
と言って、職員室を後にした。
そして、校門を出た時だった。
「おーい!ライト!」
「か、薫ちゃん。どうしてここに?」
私服姿の彼女は自転車に乗り、僕に手を振り笑顔を見せてくれた。
「ずっと、校門の前で待ってたんだけどさ…先に帰っちゃったのかと思ってたよ…メールと電話もしたのに、出てくれないし、そんなことより、顔、酷い事になってるね…どうしたの?」
僕は、とっさに思いついた嘘を言う。
「こ、転んじゃってさ」
僕は顔が真っ赤になり、目線を逸らした。
「嘘つき…」
彼女は呟いた。
続けて、彼女は言ってきた。
「ライトはさ、優しくて私に心配させまいとしてるよね…小学生からの付き合いだから、わかるよ。そのくらい…」
僕は、彼女のその言葉に、自分が情けなくなり、涙した。
「ごめん…僕、よわっちーからさ…」
僕は言う
「知ってるよ?そんなこと…」
薫は僕の顔を覗き込み、そう言うとハンカチを、貸してくれた。
「『今日も』一緒に帰ろ!」
元気よく何事もなかったように掛けてくれたその声に、僕は彼女に少しだけ、心開けたような気がした。
僕らはいつものように話すこともなく、先程の公園の前を通る。
すると、彼女は
「ライト、疲れちゃったから、少し休んで行かない?」
僕は頷き、公園の中に入っていった。
ベンチに座り、僕は下を向いて、薫に素直な疑問をぶつけてみようとした。
「ねぇ…」
その発した声に、彼女は少し驚いていた。
そして、何処と無く表情が嬉しそうに見えた。
「ライト!ライトから声かけてくれるなんて、初めてじゃない!」
(そうだ…今まで、僕から声かけたことなんて、一度もなかったんだ…)
そう思うと、また恥ずかしくなり、耳まで赤くなった。
それを見て、彼女は
「あっ、ごめん、会話の邪魔しちゃったね。どうしたの?」
僕は勇気を出して聞いてみた。
「薫ちゃん…なんで、こ、こんな『僕』なんかに優しくしてくれるの?」
そう言うと薫は、ベンチから立ち上がり、僕の前に立った。
「それはライトの良いところ、知っているからだよ」
「…僕の…良いところ?」
「うん!さっきも言ったけど、ライトは優しいし!ほら、覚えてる?5年生の頃の事」
「…えっ、な、何かしたっけ?」
「うん!私が他の学校の男子に、イジメられていた時、ライト間に入って、代わりに喧嘩してくれたじゃん!」
そう…そんな時もあった。
あの時はまだそんな勇気があった。不思議と薫を、他の学校の子にイジメられてる姿を偶然見かけ、僕は『守らなきゃ』と言う強い気持ちを持って立ち向かったことがあった。
1対3の勝てるわけない喧嘩だった。
しかし、その日から…
チビ、デブ、メガネ、つまり『キンドラ』と呼ばれるようになってしまった。
結果的に、喧嘩には負けて、何故か街中にその事が知れ渡った。
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