花宴

天鳥そら

第1話桜と足音

花宴



一人の少女が夜に桜並木を走っていました。満月が煌々と照らし、街灯が明るく輝いていますが、満開の桜の木が淡く光って街灯などいらないくらいでした。



必死に走る少女は時折後ろを振り返りながら、後ろから追いかけてくる気配を感じるとまた前を向いて走ります。


「おかしいな。なんで誰も通っていないんだろう。さっきまで人がいたのに」


満開の桜並木は地元の人にとって格好の桜見物の場所でした。昼間は親子連れもいればペットを散歩させている人もいて、土日が重なれば地域の人が集まってささやかな宴を開いていました。


お酒にバーベキュー、お弁当を持ち寄って昼間はお花見、夜は夜桜を楽しんでほろ酔い気分で騒いでいる人もいるくらいです。少女が一人夜の散歩に出たのも、人通りがあって夏祭りの時のようににぎやかだからでした。


肉の焼ける臭い、お酒と甘いものの香りに羨ましいと思いながらも、すぐに引き返して家に帰るつもりでした。


ふと気づくと、誰かが後ろからついてきているような気がしたのがほんの数分前のことです。後ろをちらりと見ても誰かはわからず勘違いだと思いました。人が多い場所を歩きながら少しづつ早足になり、最後には駆け足になったところで、後ろの気配は間違いなく自分の後を追いかけてきているのだと気がつきました。


気づけば全速力で走り、後ろの気配に追いつかれまいとしていました。ほんの数分の間に人っ子一人いなくなり、ついには街灯の明かりすらなくなっていることに少女は気がついていません。街灯の明かりがなくなっていることに気がつかないほど、満月の光は明るく、桜の淡い薄紅色がそこらじゅうに眩しいくらいに輝いているからです。


「どうしよう、どうしよう」


だんだん近づいてくる気配に心臓がどくどくと嫌な音を立てています。



「誰か、助けて」


助けてくれる人などいないのに、思わず口走った途端桜並木の向こうに大きな桜の木が突然現れました。


「こんな桜の木、あったかな」


息をするのも惜しく、声を出すのも辛かったので大きな桜の木の陰でにぎやかな声が聞こえてきたのをいいことに、少女は思わず飛び込みました。




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