深紅の龍と雷の龍
―エンドゥー・コース
俺はそう名乗った。
おそらく彼女が聞いてきたのは名前ではないのだろう。証拠に彼女は驚きを顔に出している。
「…えー、あ、うん。た、助けてくれたことには感謝するぞ!街に帰ったら飯でもおごろう!」
何その微妙な感じ。もっと感謝してもいいんだぞ?褒め称えろ、そうしないと俺は伸びない。
腰に手を当て、胸を張ろうとした。
その瞬間、空を大きな影が覆った。
俺は空を見上げ、目を見開いた。そこに写っているのはファイアドラゴンだ。
そのサイズは他のファイアドラゴンとは比にならない。そして、咆哮も凄まじいものだった。
だが、あれは本当にファイアドラゴンなのだろうか。そんな疑問が浮かんでは消え、停止しかける思考を必死に動かす。
間違いない。あれはファイアドラゴンだ。いや、ファイアドラゴンの亜種的存在なのだろう。
空で数回弧を描くように飛び、目の前に降りてきた。
「なっ?!
どうやらファイアドラゴンの亜種という考えは間違いではないようだな。ただ、『クリムゾン』、『深紅』と、いうからにはファイアドラゴンよりも上の個体なのだろう。それは少女の反応から分かる。
問題はどれだけ上か…だ。
「なぁ、あれはどれくらい強い?俺の本能は逃げろと言っているのだが」
「そうか。なら、貴様の本能は正しい判断をしているな。決して手を出してはいけない存在。天災と云われるものに等しい」
なるほど。とにかく全ての次元が違うということか。
「そうか。…逃げられると思う―」
「っ?!クリムゾンドラゴンが!」
か?と、言おうとした瞬間、クリムゾンドラゴンは空を羽ばたいて行った。そして、その進行方向には西国がある。
安心したのも束の間。まずい、そう思った時には手遅れだった。
西国側から黒い煙が上がり始めたのだ。
「戻るぞ!」
「当たり前だ!」
俺の言葉に勢いよく反応する少女。その瞳には確かな覚悟がある。手の届かない存在に挑む覚悟。自分の手には収まりきらないほどの命を守る覚悟。そして、死の覚悟がそこにはあった。
だが、俺はそれを許さない。死の覚悟をして挑む戦いに結果は期待できない。なにせ負けると思い込んでいるのだから。
なら、俺は彼女を守ろう。全てを守ろうとする彼女を守ろう。
―俺の全てを懸けてでも。
俺たちが西国に着いた時には、壊滅寸前だった。
兵士たちが応戦しているが、数が少ない。状況からすれば、殺されたと考えるのが妥当か。
「何をもたもたしている!早く行くぞ!」
「分かってる!」
少女は剣、レイピア種を抜いた。それに合わせ、俺も神威を抜く。
走りながら辺りを見回すが、生存者は絶望的な感じだ。きっと皆避難した。生きている。そう信じ、前を向いてスピードを上げた。
だが、それは目の前で起きた。
最も見たく無かった光景。
応戦していた兵士が1人、また1人と息絶えていく。踏み潰され、握り潰され、噛み砕かれる。
悲鳴と共に消えていく命は、あまりに儚かった。
そして、それは少女に怒りを与えた。
「クリムゾンドラゴン!貴様は許さない!」
少女は飛び出した。
無謀に、無策に、無防備に。怒りに全てを任せ、少女は飛び出したのだ。当然、結果は見えている。
「がっ!」
翼に跳ね返された少女は、再び俺の胸に収まった。
「焦るな。落ち着け」
「落ち着けだと?!この状況で!兵士が散っていく姿を見ていろと言うのか?!」
「そうじゃないだろ」
「ならっ!」
バチン、と音が鳴る。
俺が少女を叩いた音だ。叩いた、と言っても軽く平手打ちしただけだが。
それでも、効果はあった。少女の目から焦りが消えていく。それと同時に涙が溢れ出る。
頬を伝う雫。
俺はそれを手で拭い、頭を撫でる。
「お前が怒るのも分かる。クリムゾンドラゴンは命を奪った。それは天災だろうが神だろうが、安易に行っていいものではない。だから、怒りを感じるのは仕方がない」
「なら、何故だ?」
「怒りを抑え込め、とは言わない。だが、呑まれるな。それは自殺と何ら変わりのないものだ」
この場においては、と俺は言うのを止めた。
怒りは最も強い感情であり、最も醜いものだ。
なら、そんな醜いものに取り憑かれるのは俺だけでいい。俺は、この少女には綺麗なままで居てほしいと、そう思ってしまった。
俺は、またしても少女の前に立った。
「おい!クリムゾンドラゴン!俺が相手をしてやる!」
『…主が我の相手を?この数百年、我が待ち続けた強敵となると申すのか?』
「なってやる!そう言ってるんだ!」
俺は深く腰を落とし、神威を構える。
『主、その牙…。そうか、主で間違いなようだ。神憑きに認められた童。これぞ我の敵に相応しい…!』
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!」
神威を大きく振りかぶる。
それに対抗すべくクリムゾンドラゴンは口から巨大な火の塊を吐き出した。
あれ1つで国が滅びそうだ。そんな規模の攻撃だった。
だが、もう止まれない。ここで引けば敗北は確実だ。逆に言えば、ここで引かなければ敗北は有り得ない!
「終わりだ!秘奥義―『雷切』!!!」
俺は火の塊を斬った。―筈だった。
俺が神威を振ると、火の塊は完全に消失。更に、神威から溢れ出した雷が龍の如く暴れだしたのだ。
そして、その雷の龍はクリムゾンドラゴンを貫いた。
その後、一暴れした龍は街を崩壊させ、神威に帰ってくる。
明らかに威力が跳ね上がっている。飛躍なんてレベルじゃない。
「…おめでとう、と言うべきなのか。それにしても、貴様本当に何者なのだ?」
呆然と立ち尽くす俺に、少女は優しく微笑みながら、そう口を開いた。
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