第4話 ギルドの夕方


 陽が落ちる少し前から、ギルドはまた混みはじめるの。

 ほら、受付二人の前には、長い列ができてるでしょ。


 草花など小さなものを採集したら、ここの窓口で確認してもらえるの。

 魔獣は建物の裏に解体倉庫があるから、そちらに持っていくのよ。


 討伐にしても、採集にしても、依頼が達成できているかどうかは、最終的に受付で行うから、いつも夕方は混雑してるわ。


 冒険者がいくら強くても夜の森には入れないから、彼らの活動は暗くなるまでが勝負ね。

 ああ、昼間話をした、リンド君のパーティも帰って来てるわね。

 受付前に並んでいる三人の表情が明るいのは、思ったより沢山採集できたからね、きっと。


 そうだわ。今日混雑しているのは、それだけが理由じゃないの。

 最近、アリスト国内でワイバーンの目撃情報があったから、他所のギルド支部に応援を頼んだの。

 だから、いつもは見ない顔がちらほらあるわね。


「おい、お前!」


 振りむくと、見たことのないハゲ頭がこちらを見おろしていたわ。


「なんですか?」


「どうして、ギルドに子供がいるんだ?」


「失礼ね。

 私は、れっきとしたレディよ」


「わははははっ。

 おめえがレディなら、そこらへんのしょんべんくせえ娘っこでも淑女だぜ」


「……」


 私は悔しくて、そいつの顔をにらみつけてやったわ。

 でも、それがかえってハゲ男をつけあがらせたみたい。


「ほれほれ」


 そいつは私の肩をつかんで持ちあげると、ぐるぐる回りだしたの。

 もう、最悪の気分よ。


「やめろっ!」


 リンド君が男の足にしがみついてる。


「なんだ、おめえは?」


 男が足を蹴りあげると、リンド君がぽーんと飛んでいっちゃった。

 幸いどこにもぶつからなかったみたいだけど、ふらふらになってるわね。


「ほうれ、高い高~い」


 男は調子に乗って、私を持ちあげたり降ろしたりしてる。

 そういうことに夢中になってるから、彼はギルド内の変化に気づいてないようね。

 動いているのは彼だけで、辺りがシーンとしてるの。

 テーブルに座っていた冒険者たちが、静かに立ちあがったわ。


「ほうれ、ほうれ……」


 やっとおハゲさんも、周囲の異変に気づいたようね。

 私を上げ下げしていた手が、ピタリと止まったわ。

 私は、彼がきょろきょろ辺りを見まわしているのを見おろしているの。


「なんだってんだ……なに、こっち見てんだ」


 皆が浮かべている表情に気づいたようね。

 いつも馬鹿を言って笑いあってる冒険者たちが、氷のような目つきになっているの。

 しかも、みんなゆっくりこちらに近づいてくるわ。


「ど、どうしたってんだ。

 迷いこんだ娘っ子を、ちょっとからかっただけじゃねえか」


 恐ろしいことに、皆が黙ってるの。おハゲさんは、とうとう沈黙の壁に取りかこまれてしまったわ。

 一人の冒険者が低い声で言ったの。


「キャロちゃん、イジメたな」


 そうすると、他の冒険者が口々に同意の声を上げてる。


「ああ、イジメた」

「イジメた」

「イジメた」


 ワイバーンのいい情報が入ったのか、早めに帰ってきたブレットの姿も見えるわ。

 とどめを刺すように、彼がこう言ったの。


「お前は、アリストギルドで一番しちゃいけねえことをしちまったのさ」


「ちょ、ちょっとふざけただけじゃねえか」


 ハゲおじさんが、震える声で言い訳してる。


「そのおふざけが許されねえんだよ。

 その人が誰か分かってんのか、お前?」


 ブレットが持ちあげられたままの私を指さしたわ。


「近所の娘っ子だろうが」


「馬鹿め。

 その人は、ここのギルドマスターだぜ」


「そ、そんな馬鹿なっ!」


 おハゲさんが、信じられないという顔で私を見あげたわ。

 私が小さく頷いただけで、彼はそうっと私を床に降ろしたの。


「す、すまねえ。

 知らなかったんだ」


 取りかこんだ冒険者たちの凍てつくような視線は、とても彼を許しそうにないわね。

 彼は土下座の姿勢を取った後、立ちならんだ人垣の足元を手と膝で這うと、ギルドの入口にたどりついたの。

 このハゲおじさん、変なところに器用ね。

 おじさんは戸口で立ちあがると、憎々し気にこちらを向き、吐きすてるように言ったわ。


「けっ! 

 何がギルマスだ! 

 もし、そんなのがギルマスなら、ここのギルドも知れたもんだぜっ」


 彼はそう言うと、外に飛びだそうとしたの。

 でも、できなかったわ。

 なぜなら、戸口を塞ぐような大男が外から入ってきたから。


「何が知れたもんだって?」


 ハゲおじさんの頭をわしづかみにしているのは、前ギルドマスターのマックさんね。

 私は優しい彼しか知らないから、怒った彼の顔を見て驚いたわ。

 ああいうのを、「オーガのような」って言うのかしら。


「マックさん!」


 ブレットが駆けよったわ。


「こいつ、何をした」


 冒険者たちが声をそろえる。


「「「キャロちゃん、イジメた」」」


「ブレット、本当か?」


「残念ながら本当です」


「そうかそうか。

 具体的には、何をした?」


「持ちあげたり、振りまわしたりしてました」


「なるほど、それは礼を言わんとな。

 おい、野郎ども。

 たっぷりお礼してやれ」


「分かりやしたぜっ」

「任せてくれ」

「キャロちゃんのかたきー!」


 マックさんに頭をつかまれたまま、男は外に連れていかれたみたい。


「いいか、キャロがされたこと以外するんじゃねえぞ」


「分かってますよ」


「じゃ、キャロちゃん親衛隊の俺から行きまーす」


 私はハピィフェローの女性二人に連れられ、ギルドの休息室に入ったから、それから何が起きたか知らないの。


 でも、次の日、いつもギルド前の掃除を頼んでる近所のおじいさんが、昨日は一体何があったんだい、って尋ねてたわ。

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