第11話 姫路茜
「申し訳ありやせんでした!!!」
数分後、気を失っていたパンチパーマは意識を取り戻した。
今は俺の目の前で、正座で地面に額を擦りつけるように謝罪している。
即ちジャパニーズDOGEZAってやつだ。
「まさか大滝組長のご子息様だとは思いもしやせんでした! 落とし前はきっちりつけさせていただきやす!!」
こいつの腕に彫られた、滝と鯉の模様の和彫りの刺青。
これは、俺の親父が組長を務める『大滝組』のシンボルだ。
「両の小指を詰めさせていただきやす! だからどうか命だけは勘弁してくだせえ!」
「指なんて貰っても嬉しくねえよ……」
「お願いしやす! 殺さないでくだせえ! 妻と娘がいるんでさあ!」
「顔上げろ」
「っ!?」
俺は男の自慢のパンチパーマを掴み上げた。
ごわごわと指に絡まる髪を、引きちぎりそうな強い力で引っ張り上げる。
男は緊張と恐怖で強張った表情をしている。
「娘がいるのか。今いくつだ」
「へ、へい……今年で18になりやす……!」
「へえ……」
俺が口の端を歪めると、男の額に冷や汗がたらりと流れた。
「泡の国のお姫様になってもらおうか」
「っ!! それだけは、勘弁してくだせえ……!」
大の男が今にも泣きだしそうな顔をしている。
俺はそれを見て、嗜虐的な笑みを浮かべた。
そして俺はその男の喉元を蹴りあげた。
「ぐふっ! かはっ……」
男は後ろに吹っ飛び尻餅をついた。
その顔は苦痛に歪んでいる。
「ならお前が死ね」
「……へい! ……あっしの命で償わせていただきやす……! お願いしやす! どうか妻と娘にだけは手を出さないでやってくだせえ!」
「……」
男の瞳からは強い覚悟が感じられた。
守るもののために死を覚悟した男の目だ。
この辺で勘弁してやるか。
「冗談だ。親父には黙っといてやる」
「っはヒュ……ヘい! ヒュッ あ、ありがとうございやす!!」
喉が赤く腫れ上がり、呼吸がしづらそうだ。
やりすぎたか。
「とりあえず許してやるから、クレープ奢ってくれ」
「へ、へい……クレープですかい……?」
「そうだ。そこの女の分もな」
俺は事の顛末を見守っていた、後ろの女を指さした。
赤毛の女はピクリと反応してこちらに近づいてきた。
「あ、あなた……何者……?」
「正義の味方だ」
「とてもそんな風には見えなかったわね……どちらかというと悪の大王に見えたわ……」
女はそんなことを言ってるが、怖がっている様子は無い。
やはりなかなか度胸ある女だ。
「まあいいわ。 あなた強いわね! かっこよかったわ!」
「……こいつが弱かっただけだ。お前も次から気を付けろ」
「わかったわ! 助けてもらってクレープも貰えるなんて、ラッキーね!」
「……」
女は腕を組んで、首をぶんぶん縦に振っている。
こいつ絶対分かってねえな……。
「私は
自分の名を名乗ったそいつは、好奇心に満ちた目でこちらを見ている。
「名前……?」
どうするかな。
俺が滝組と接点があることを知られた以上、こいつとは深く関わりたくない。
ここで下手に本名を名乗って、学校で噂になったりしたら厄介だ。
「俺はビン・ラディンだ。こう見えてもサウジアラビア出身だ。よろしく」
「ビン……? そう。変わった名前ね! 私のことは茜でいいわ!」
何の疑いも持たずに信じてくれたみたいだ。
……うすうす感づいてたけど、こいつ馬鹿だわ。
「そうか茜。ここで見たことは誰にも言わないでおいてくれ」
「どうして? あなたかっこよかったわよ!」
「二人だけの秘密ってやつだ」
「……そう。わかったわ!!」
茜は何故かニマニマと嬉しそうな顔をしている。
「へい坊ちゃん! お待たせいたしやした! 一番高いクレープを買ってまいりやした!」
話していると、パンチパーマがクレープを両手に持ってやってきた。
ピンクの包み紙に包まれたクレープは、一番高いと言うだけあって、フルーツやらクリームやらがところせましとはみ出している。
「ごくろう。……お前クレープ似合わねえな」
「そ、そうですかい……? 申し訳ございやせん!! 殴らねえでくだせえ!」
「殴らねえよ……」
俺はパンチパーマからクレープを受け取った。
ずっしりとした重量がある。
なるほど。最後までクリームたっぷりだもん。
「ほら、お前の分だ、茜」
「ありがとう、ビン!」
「ビン……?」
あ、俺のことか。
「このクレープで、そっちのださいパンチパーマも許してやってくれ。すまなかった。ださいパンチパーマで、すまなかった。」
「わかったわ! 許してあげる! 次から気を付けてよね!」
「…………ありがとうございやす……」
パンチパーマはなにやら不服そうな顔をしていたが、まあいいだろう。
ちょっと落ち込んでいるようにも見える。
「とりあえず、お前はもう帰れ。おばあちゃんが心配してるぞ」
「そうね! 今日はありがとう!」
「おう」
「ビン! 今度お礼にデートしてあげるわ!」
「は?」
何言ってんだこの女。
「おばあちゃんが言ってたわ! 男の人は、みんな私とデートすれば喜ぶって! 私、かわいいから!」
「そうか……。今度機会があったらな……」
「わかったわ! またね、ビン!」
そう言って茜はとびっきりの笑顔を残して去っていった。
嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねている。
あいつまたぶつかるぞ……。
「お前も帰っていいぞ。もうカタギ相手にキレんじゃねえぞ」
連中は面子ってもんを異常に気にしたがる。
カタギ相手に無暗に暴力を振るうような事があれば、犬の躾ができていない、統率のとれない集団として舐められる。
それは顧客の信用度に関わる問題だ。
このご時世、ヤクザのしのぎも楽じゃない。
犬にはちゃんと首輪をつけておかなければ、責任は飼い主に振りかかる。
だからなんだって話だけどな……。
「へい!! 肝に銘じておきやす!」
「……次見かけたら小指だけじゃすまねえからな」
「へ、へい……それでは、失礼しやす!」
パンチパーマは、赤くなった喉元を押さえながら立ち去った。
それを、クレープを頬張りながら眺めていると、仰々しい着信音と共に、ポケットの中が震えるのを感じた。
携帯電話を取り出し、液晶に映る発信元を確認する。
「……っ!」
親父からの着信だ。
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