お呼び出し




「これでよし。まもなく討伐隊がウィンドリー領に向かって出発する」


 ウィンドリー侯爵は、満足げに頷いた。

 本日午前、彼にとっての本来の目的であった、自領にたむろする山賊の討伐要請の確認をしに国軍に赴いていた。

 その (侯爵曰く) ついでに、多少ある人脈とつてを存分に使い手間を少々(リュークのさじ加減)省いてもらったのだ。

 それがまさに完了したばかりである。


「クレイド将軍がいらっしゃって助かった。ことのほか円滑にいった」

「それは良かったですね」

「代わりにいずれ酒を飲む約束になったが、夜会に出るのでなければ気楽なものだ」

「あの獅子将軍様と酒を飲むことが気楽だとおっしゃるのはリューク様くらいでしょうね」


 獅子将軍と聞くからに強そうな呼び方で呼ばれる、リュークからすると親ほどの年齢にあたる男性はひとたび暴れると苛烈過激極まりない猛獣と恐れられている。

 が、反面智略にも富んでおり獣とするならば理性のある獣で最強の将軍だと言える。

 その名は周辺国々にも響き渡るほどのものだとか。ちなみに酒癖は中々に悪い。


「あの方が直々に行ってやろうかと言ってくださったが断った。山賊狩りに終わらず山が禿げそうだ。それに冗談だったろうからな」

「将軍閣下はリューク様のことを気に入っておいでですから、冗談かどうか……」

「先代の墓参りにでも来たかったのかもしれないな。昔はよく親父に会わせられた気がする」


 リューク・ウィンドリー侯爵の亡き父、先代ウィンドリー侯爵の知り合いは多い。


「それより、討伐隊より先に戻れるかどうか」


 戻れなくてもそつなくやってくれるだろう。畑はおおむねの作物は収穫後なので、必要なら多少は荒れても仕方がないが、領民が怯えることのないようにやってもらいたい。


(うちの領民なら心配ないか)


 図太くもある節がある。

 それに畑に関して言うと、一昨年大嵐で畑がやられたがめげずにものの数日で耕し直し、苗を植え、凶作を免れた記憶がある。

 そういうわけで、少しのことではめげないのだ。


「帰るか」


 今日城にやってきた要件は済んだのでもうここにいる意味はない。

 帰るに限るとさっさとリュークは来た道を戻るべく大股で歩き出した……のだが、


「おいティム、行くぞ。長居して誰かに見つかったらどうする」

「そこは堂々となさってくださいよ」

「ああ堂々と帰る。帰るが、なぜおまえは動かない」


 従者がついてくる気配がないことを察知しリュークがぐるんと後ろを向くと、従者もまた、ちらりと後ろを窺った。


「いえ、もう少しで……」

「どうした」


 昨日に引き続き屋敷に戻り、第二回の会議を開かねばならない。

 王都に来たときの用事は終えたが、来てからできた成すべきことは始まったばかりだ。

 後ろを何かあるのか、と従者の背後を見るが、通路の先は薄暗いばかり。人の姿は突き当たりを通り過ぎた簡易装備の兵が二人。

 気にするような要素はひとつとして見当たらない。けれど従者は答えに至らない言葉を発したきり、やはり動かない。


「ティム、俺は時間を無駄にはしたくない」


 暗に何をしているかさっさと言えと言う。


「実は、ですね……」


 これ以上のだんまりは得策ではないと悟ったのか、仕方なさそうに従者は口を割る。


「王太子殿下から、リューク様にお見合いの話が来ております」

「……はあ?」


 見合い。

 突飛な話題が出てきたというのが、最初の感想。

 しかし気にするべきは内容だろう。

 王太子「から」。


「俺にか? 殿下から?」

「はい。王太子殿下から、リューク様にそのお勧めが」


 従者の口調は歯切れ悪い。お見合い系の話を避けつづけている主人を持ちながら、その片棒を担がされている様子だ。


(いつそんな話が)


 おまけにティムに。

 リュークは手紙はパーティー類の招待状でなければ、自分で読む派だ。ましてや王太子からの手紙ならば言わずとも、だ。

 ということは、王太子がティムに話を彼宛にしたと思われる。手紙か、はたまた二日前の舞踏会のとき……はそんな暇はないか。だが手紙と考えるとして、わざわざティムを通す理由が見当たらない。

 そもそもなぜ直接自分にもってこない。

 色々状況に考えることあったが、以前とは異なる理由でお見合いを断る意思は強固だった。


「断れ断れ。俺は今彼女以外に構っていられん」


 従者が動くに動けないのは、考えるに足止め。

 その足止めまがいのことをしているということは、いずれ王太子から呼び出しでもかかるかもしれない。とりあえず今日ここで思い通りに捕まってやる気はなく、リュークは行くぞと身振りで従者を強く促し歩く。

 彼女へのアプローチの方法を考えなければ。


「お相手はディアナ・フレイア嬢です」

「よし、受けよう」


 歩きはじめて二歩目でそんな言葉がかけられて、リュークは何を考えるよりも先に反射的にそう返していた。

 ちょうどそのとき、王太子からの使者らしきお仕着せを来た男性が、廊下の向こうからやって来た。



   ◇◇◇



 余談だが、現ウィンドリー侯爵は元々三男坊である。

 貴族としては残念な位置に生まれた彼であったが、むしろそのことを喜んでいた。

 家督なんてくそくらえ。兄貴は大変だなご愁傷様。自分は軍に入る! と軍に入るための学校の卒業まで後少し。実家から呼び戻された。

 一番上の兄が少しずつこじらせていた病で死に、父と二番目の兄が同じ病でうんうん言っているらしい。それも重篤。

 兄を嫌っていたわけでもなく長兄が死んだときは普通に悲しかったが、お家の跡取りとしてはまあすぐ上の兄がいると高をくくっていたリューク。

 それがまさか兄だけでなく父までも。

 あれよあれよという間、不純な動機が混ざりつつも必死の看護も実らず、家族はあの世へ旅を始めてしまった。


 そういうことで、リューク・ウィンドリー侯爵は二十七歳にして独身でいられた理由の一端はそれだ。

 そもそも三男坊で婚約者などいらないと突っぱね、息子の将来を案ずる母は身体が弱く幼い頃に亡くなっていて自由にしろ的なおおらかな父はそれを許したのだ。

 三男坊ゆえどうせ跡取り問題に直面しまい、と。

 婚約者と婚約破棄したわけでも先立たれたわけでもない。

 そうして十八になるかならないかくらいで家督を継いだものの、無理に結婚しようとも思わず、彼はここまで来ていた。



 そして、王太子直々のお見合いの勧めはお見合いどころではなかった。


「結婚!?」


 渋めの面を作って王太子の部屋に通されるなり、互いの側近だけの空間で言われたことにらしくもなく素っ頓狂な声を上げるは、ウィンドリー侯爵。


「おれ……私は見合い話だと聞いて来たのですが」

「きみはこうでもしないと結婚しないだろう?」


 向かいで優雅に優美にカップを持ち上げるのは麗しき王太子殿下。麗しいのは見た目だけで、とんだ狸であることはリュークが認知済みのことだ。

 だからといってここで何かましてくれているのか。引っかけをする必要はあるのか。


「だいたいなぜあなたが私の結婚話に出てくるのですか」

「友人のために」

「どうぞ本音を!」


 白々しすぎる言に一旦落ち着いたはずのリュークは抑え気味に叫ぶ。嘘つけ、だ。


「中々結婚の話が出ないばかりかちらつかないきみに痺れを切らせた」

「余計なお世話です」


 周りの空気まで華やかにする貴人のお手本の笑みをたたえた王太子は、そのいい笑顔のままで衝撃の事実も明かす。


「先日の舞踏会。驚いたよ、きみがあんなところで逢い引きしているとは。それにしても奥手だね、がっとやってしまうのかと思っていたのだが、広間までエスコートして終わりとはいやはや」

「あんた、見てたのか……!」


 敬語が飛んだ。

 同時に合点がいく。ディアナ・フレイア嬢の名前が都合良く偶然にも王太子直々のお見合い――ではなかったが――話に出て来るのは普通に考えるとおかしい。

 この王太子はあのとき、見ていたのだ。


(何してるんだこの人、大人しく王族席に座ってろよ!)


 広間の奥の出席者の挨拶を受ける席にいたなら目撃できたはずもない。

 そして逢い引きは誤解だ。

 それに「がっとやる」にしてもどういうイメージが定着しているのか。


「つい、話を進めた。勘違いということもあるから本当は見合いにとどめようと思っていたのだけれどね、きみの従者の報告で気が変わった。さっさとゴールインしたまえ」

「ティムおまえ……」

「申し訳ございませんリューク様。先日の舞踏会の折、王太子殿下から……」


 今日いやに歯切れ悪かったのは王太子に報告していたからだったのか。

 今も神妙に頭を下げられる。反省はしているようだ。板挟みにするのも心苦しいのでリュークはため息をつくに収める。


「ティム、もういい。頭を上げろ」

「昨日、贈り物をしたとか」

「それが何か」

「随分悩んでいたそうだね」

「……まあ」

「顔がにやけそうになるとか」

「……」

「娶りたいんだろう?」

「おいいいティム! 情報漏洩が過ぎるぞ!」


 ぐりん、と勢いよく後ろに控える従者を見ると、頭のてっぺんがこちらを向いている。

 深々と頭を下げているが下げればいいというものではない。

 強制的に顔を上げさせ、この場で事の経緯を全て聞き出してやろうかと思った。

 王太子から聞くのは無理だ。あと、色々癪に障る。


「申し訳ございません、動揺しているときにちょうど殿下がいらっしゃいまして」

「うちに来てたのか!?」

「はい」


 これこそひとつめの衝撃の事実を越えた事実にリュークは絶句する。

 王太子が、いつ、屋敷に。

 一昨日は舞踏会だった。機会があるとすれば昨日、昨日か。

 王太子本人に向き直ると、にっこりと微笑まれる。


「完全なお忍びだったから、気にしないでくれたまえ」

「気にしますが!」


 まさか手紙でなく直接も直接やり取りしているなんて、誰が思おうか。

 お構い出来なかったとかこの状況で思うはずなく、気にしているのはそこだけだ。

 本当に王太子か、気軽に来すぎだろう。


「どうもまごついているようだと見受けるよ」

「放ってお――」

「陛下のお口添えがご希望なら、陛下は乗り気だから遠慮せずに言うといい」


 百人力だろう? と何でもないように付け加えられた言葉。

 衝撃の事実を聞いて脱力し、背もたれを活用していたリュークは背を浮かせる。


「陛下が?」


 親父面していらない面倒見てきやがって。というのはさておき、王たる者までもここで出て来るか。王太子を窺うも、撤回する様子冗談だと言う様子が出てこない。

 たかが自分の結婚話。


「親子して俺の何なんですか」


 国の王と王太子が。ちょっと親が仲良くてちょっと幼少期に会ってたくらいだろうに。確かに侯爵になってからちょっかいはかけられてきたが、それもそれまでだ。

 子どものときから麗しきお顔だった王太子殿下は、そのときよりも倍輝く笑顔で返してくる。


「強いて言うのなら、保護者」

「冗談」


 リュークは瞬時に笑い飛ばす。ふっとした笑みしか出なかったが、そうせずにはいられなかった。

 人払いしてあらなければ、儀礼的な笑顔を作れず真顔で流していたかもしれない。

 真面目に、今この状況での冗談はよしてほしい。そして冗談であってほしい。


「間をとって保護者的ということで」

「間なんてないで――」

「で、きみの本音は?」


 また、途中で言葉を遮られた。意図的にだ。

 会話の流れで言うと軽い流れであるはずだった。だが、リュークに返答を濁すことは許さない権力者の目で王太子は見据えてきていた。


「結婚の話、受けるのか、受けないのか」


 目の前に提示されたのは、部屋に入る前はお見合いの話だったはずなのに、その二択であった。





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