昔思いつきで始めたラノベ
木枯水褪
1, 春は冬と別れる
今となってはお袋の味が懐かしい。母さんお元気ですか。
俺だよ、俺俺。いや詐欺とかじゃなくて、あなたの息子、エニシです。
父さんもユカリもジジババもお元気ですか。俺とヨスガはまあまあ元気です。
俺がこの
『傭兵の学校なんて…』と泣きつかれたのも今や遠き日の思い出ですね。
母さんと父さん、ヨスガにユカリ、祖父母その他親戚等、一族総出の猛反対を振りきって、とうとう俺は、この柄の悪い男だらけのむさ苦しい学校で生徒会長にまで上り詰めました。
学校の内情についてよく知らないみんなに説明しますね。
実力主義弱肉強食を地で行くこの脳筋高校では、生徒会長につくにも腕っぷしの強さがものをいいます。
つまり俺は、この学校の猛者どものトップに立ったわけです。
腕っぷしの強さなら俺以上の奴なんて結構いますが、どうやら地元の中学で中の上程度だった俺の成績でも、ここではトップレベルだったようで、そこそこの強さと合わせて頂点に立てたようです。
こんなことを言ったらまた泣かせてしまうかも知れませんが、あまりにあんまりな花の無い生活に嫌気がさした
……特務学区。
首都圏の端にある、特殊な科目を練り込んだカリキュラムの学校が集まる区域の総称である。主に高校が多いが、中には大学校、中高一貫校、幼稚舎から大学部まで一通り揃った学園なんてのもある。
俺こと
手っ取り早く表現してしまえばヤンキーが合法的に喧嘩のやり方を学ぶ学校なのだ。
ヤンキーがヘッドだなんだと言って、上に立つ奴を決めたがるのはお約束だ。この学校では、生徒会長という地位が、言うところの『ヘッド』に相当する。生徒会長といっても名ばかり。何年度の前期後期で入れ替わる訳ではなく、折角トップに立っても倒されたら終わり。つまりは生徒会長とはチャンピオンベルトだ。階級も大会もクソもなく、登校後から下校までが常に試合。上を目指す者にとっては、学校はいつだってゴングがなり響くリングの上なのである。
……確かに上を目指す者にとって、学校はいつもリングの上なのだが、でも、だからって。
「ヨシ…ヨシナガエナリ! 覚悟ーっ!」
鉄パイプ二刀流ってどうなのよと、俺は思うわけですよ。登校前と下校後は襲撃禁止というもの以外、ルールらしいルールなんかないけどさ。
あと誰だよヨシナガエナリって、俺にはヨシナリエニシっていう、どこをとってもニックネームには困らない、それはそれは素敵な名前があるわけで。
いや、だからと言ってタニシとか呼ぶのは無しな。せめてヨッシーとかニッシーとか、その辺で呼んでくれ。まあヨッシーと呼ばれても卵は産めないけどな。
それにしても、襲撃するなら黙ってすればいいものを。元気がよすぎる掛け声のせいで、十メートル以上先のターゲットこと俺に気付かれてしまっている。その血気盛んなヤンキーAは、他の生徒が横によけて作った道を、俺のチャンピオンベルトを奪取すべく駆けてくる。ヤムチャさんも真っ青なほどお留守な足元にスッと出される爪先。学校指定の上履きではなく、金色で校名が印字された来客用スリッパだ。
そういえば、卒業するまで来客用スリッパで貫き通すと豪語していたな。
「ふげっ!」
その足にひっかかり、ヤンキーAは転んだ。お世辞にも造りがいいとは言えない顔から、リノリウムの床に勢いよく倒れこむ。周りで見ていた生徒の好奇の目が、一瞬にして同情や
ろくな受け身が取れなかったのは、両手を塞ぐ鉄パイプのせいだろう。武器は多けりゃいいってもんじゃないぞ、ヤンキーAよ。
「あーあ、いったそ」
思わず馬鹿にする感じの声色になってしまったけれど俺は悪くない。だって実際に馬鹿じゃん。
「ようタニシ、無事だったかよ」
「おう、相変わらず容赦ねえな、あとタニシって呼ぶなカス崎クズ夜」
俺に不戦勝をもたらした、来客用スリッパを履いたドエス野郎は、なんでもなかったような爽やかな笑顔で俺の元にやってきた。カス崎クズ夜、もとい
頭も悪くはないので多分俺より強いはずなのだが、何も言わず俺を生徒会長まで押し上げてくれた内の一人だ。生徒会では副会長の座に着いている。実質ナンバー2というわけだ。
ちなみに俺の成績は対人戦闘(素手)は四位、対人戦闘(ナイフ)は二位、射撃は五位、戦略理論、戦術理論は共に一位、操縦レーダー制御は七位、他通常科目は八位、総合してこの三百余名いる二学年中で一位になった。
そこら辺の普通の高校なら、調子の良い時で上の下行くかどうかっていう俺でも、この成績だ。どうやら向き不向きというものがあったようで、この学校独自の教科はことごとく得意で、戦略理論なんかはこの間の試験で満点に近い点数をとってしまった。
このままの成績をキープしたまま卒業して、エスカレーター式に甘えて千戦に就職すれば、エリートコースまっしぐらというわけだ。だからこそ俺は、自由な生徒の内に青春を謳歌するべく、ハーレム建造の目標を掲げたのである。
ここで俺のハーレム建造計画について話しておこう。そのためにはまず、特に不良というほど不良でもない俺が、なぜこの学校に入学したのか。そして、あまり向上心のないはずの俺が、どうして生徒会長などという高みを目指したのか。という二つのことから説明しなければならない。
全ての話の前提に、俺が真っ当な思春期の男子高校生であることを置いてもらいたい。
まずはこの千戦高校に来てしまった経緯だ。
そもそも俺は、弟とともに志望校に決めていた、同じ特務学区内の
星泉高校、芸能プロダクションが運営している、完全芸能特化型の高校だ。演劇科をはじめとする、多岐にわたる幅広いジャンルの新人育成に力を入れている。
顔の出来がいい弟はアイドル科、昔から体を動かすことが好きだった俺はスタント科に、それぞれ進むはずだった。
だが志望当時、俺は高校受験のストレスに苛まれていた。星泉高校は何故か難関校である。通常の受験勉強と、スタントについての特殊な勉強を並行してやらなければならない。
……俺はできることをできる限りやった。が、結果、見事に落ちた。
非常に厄介なのが、星泉は前期後期式ではなく、新入生を募集するのは年に一度だけなので、その試験を落とした俺が星泉に入学するには、来年を待たなければいけなかったのだ。たとえば俺が一人っ子であるなら、そうしてもよかったのだが、生憎と俺には一つ下の弟がいる。その弟と同学年になるのは是が非でも避けたかった。
俺の在籍していた中学校の一室に、特務学区にある全高校のパンフレットが収納された本棚があった。俺はあいうえお順に規則正しく並んだそれらを眺めながら、今後の身の振り方について考えていた。当然、志望校であった星泉高校の分厚いパンフレットが目に止まる。隣に三分の一の厚みもないパンフレットがあるのにも目が止まった。
セイセン、その次はセンセン。千戦高等教育科学校のパンフレットだ。もう弟と同級生にならなければどうでもよかった俺は、千戦高校の後期試験を受け、見事に受かってしまったのだ。
まさか、男子部と女子部で分かれているとは思わなかったが。いやー読み落とした。
……ちなみに弟であるヨスガは、余裕で星泉に受かっていた。
「ただ受験失敗しただけじゃねえかよ」
呆れました、とでも言わんばかりの顔で傘崎が突っ込んだ。うっせえうっせえ。トップで入学した奴には俺の憂鬱なんてわかんねえだろうよ!
「俺だってこんなむさっ苦しいとこ来たくなかったんだよ! 星泉は芸能校だけあって女の子もかわいいしさ? あわよくばアイドルとか女優の卵と、あんなこととかこんなこととか、あわよくばそんなことまで出来ると思ってたんだよ!」
「あわよくば二回言ったな」
「でもこの世は全然あわよくなかったんだよ……」
「いや、お前が馬鹿なだけだろ」
「うっせえカス崎!」
……この学校は本当にむさ苦しい。非常に。異常に。至極。それはもう近隣数校から苦情が入るほどに。
見渡す限り男、男、漢……。そしてガラが悪い。俺は真っ当に普通な、というかまともな生徒だが、まともじゃない生徒たちの頭髪のカラフルさと、各々の目つきの悪さ、眉毛の薄さ等は筆舌に尽くしがたい。運動部なんかの正当な青春の汗みたいなものは皆無だし、当然それ以上に勉学に励むものもない。
ひたすらに喧嘩!喧嘩!たまに祭り!という校風である。
そんな千戦で圧倒的な人気を誇っていた前会長を、タイマンで下して生徒会長というチャンピオンベルトを手にしたのが、この俺、吉成 エニシだ。
俺が生徒会長になる前は、今よりさらにむさ苦しかったのだ。その原因は、前生徒会長である
『なんじゃあお前ら!』
ここでハウリングが起きたので、真壁さんはマイクを放り投げた。もちろん入学式に出席していたすべての人間の頭上に星が回っていたし、当然睡眠を続行できるような人間もほとんどいなかった。
『どいつもこいつも軟弱そうなツラァしやがってからに!』
真壁さんの声量はとてつもなく、マイクなんかなくても講堂の隅の隅まで十二分に届いていた。
『ワシは、軟派な野郎は嫌いじゃ。ワシの支配する代の千戦に来よったからにゃあ、軟派はやめてもらう。チャラつかず硬派に生きるのがルールじゃ。卑怯なモンは許さん。ワシがいるうちは女なんかは諦めい!』
この時、俺のわずかに残っていた希望は、木っ端微塵に砕かれた。
……俺は、真っ当に、正当に、順当に、女の子が好きだ。きっと普通の男子諸君はみんなそうだろう。たぶんだが、この学校一女の子が好きだ。大好きだ。可愛い子が好きだ。諸星あたるのように美女に囲まれた人生が送れるのであれば、死後どんな地獄に落ちてもいい。
真壁さんはすげえ人だ。それはわかってる。あれだけ時代錯誤なのに支持されている人なんかいない。実際あの人は、口は悪いが超いい人なのだ。それこそ昭和のヤンキー漫画みたいに、雨の日に捨て犬に傘を差してやるような人だ。曲がったことはしない、人を傷付けることをよしとしない。厳しいが本当にいい人だ。俺だって真壁さんのことは人として尊敬している。
けれどそれとこれとは話が別だ。俺は千戦生徒の目を気にせずにナンパしたい。チャラついた髪型にして、チャラついた服装をしたいのだ。
だが当時の千戦は完全に支配されていた。みんな短ランにボンタンで、学帽をかぶって捨て犬に傘をやっていた。中には真壁さんに憧れすぎて、頬の傷まで再現してしまう馬鹿もいた。
(このままでは、真壁さんが卒業するまで、軟派なことなど一つも出来ないのではないか…?)
入学式からそう経たないうちに、俺の心に芽生えた疑問だ。当然、真壁さんに逆らう奴などいなかったから、その疑問は確定情報として俺の中に鎮座した。
以後、俺は死ぬ気で鍛錬をした。幸い、もともと運動神経はかなりいい方だ。その上センスもあったらしく、俺の格闘スキルは格段に進化した。
俺が師事した格闘技の先生たちが、必死で強くなっていく俺に聞くんだ。それこそバトル漫画みたいに。
「そこまでして、お前はなんのために強くなりたいんだ」
……なんのため?
決まってるだろ。女のためだよ!
こんな感じで、俺は生徒会長になったわけだ。
「それで? 今後どうすんだよ」
と、傘崎。
「そうなんだよなあ、生徒会長になったからには、堂々とナンパできるとか、短ランおさらばとかじゃなくてなあ……」
「ほう?」
「もっとこう……共学校とか女子校との交流を積極的にはかりたいんだよ、そんで俺のハーレムのための人材探しをしようと思ってな」
「いいんじゃねえの? まあ短ランは着てる奴まだいるけどな」
二度目になるが、俺は女の子が好きだ。きっと普通の男子諸君はみんなそうだろう。男子校界隈で聞くような、ホモが多いという噂も、この脳筋不良高校ではないだろう。
しかしどうだ。俺が半年であの化け物じみた強さだった真壁さんを倒し、生徒会長に君臨してからも、未だに真壁さんを崇拝する輩からの挑戦は絶えない。
もちろんいつかの真壁さんのように、この間の入学式で俺もスピーチをしたのだ。俺がいかに女の子が好きかを
在校生の一部から上がったブーイングなんぞ知らん。短ラン野郎どもには俺の崇高な野望など、一ミリも理解できないだろうことはわかっていた。
だけど、俺はやる。ハーレムを作り上げるのだ。
まずは女子との接点を作らねば。ナンパで築くワンナイトラブもいいが、それではハーレムには程遠い。とりあえずは、変わった千戦をアピールしつつ、他校と交流を持ち、その交流の中で数人の女子と仲良くなり、目ぼしい女子を死に物狂いで落とす。これぞ正当なハーレムへの道だろう。
まだ千戦統一すら若干の不安が残っているが、そろそろ他校との交流に手を伸ばしてもいいだろう。
ただいま、春である。地区ごとに分かれて、特務学区内で行われる大規模な交流イベント『春探しの会』がそろそろやってくる。千戦にも招待状が来ていた。
真壁さんの頃なら欠席にしただろうが、俺は当然のごとく出席に丸をつけた。なんならもう超出席だ。春は出会いと別れの季節。今までのむさ苦しい千戦に別れを告げ、これからの華やいだセイ活のための出会いに出会いたい。
春探しの会の、参加校生徒会事前説明会は明日にまで迫っている。ハーレムのため、女の子のため、俺は今日も迫り来る釘バットを避ける。
石油王になれたらもうそれだけでクリア出来るのに……。
昔思いつきで始めたラノベ 木枯水褪 @insk
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