22. 夫が東海へ旅立ちました2




 そうは言っても日々は慌ただしく過ぎる。可燃ゴミの日には忘れずにゴミ出しをしなくちゃいけないし、特売日にはスーパーに行く。夫がしてくれていた小さな家事も積もり積もって山積みになる「やらなきゃいけないこと」。


 その合間を縫って園見学をしたり、早く馴染めるようにと乳幼児向けの遊び場へ連れていったり、あっという間に毎日が通りすぎていった。



 そうしてすこし経った頃、わたしは疲れて、片付けもろくにせずに娘を寝かし付け一緒に寝てしまった。


 翌日、散らかった部屋にやる気をなくしたのは言うまでもない。それでも最低限の片付けをしながら朝食を作った。


 幸運なことに娘はまだ起きていない。6時半に起こすとして、ゴミを集めてしまおう。わたしはテーブルの端にたまっていた、チラシ類を内容を再確認しつつ捨てていった。そのなかに一枚に手紙が混じっていた。



『紙がなくてチラシの裏でごめん。


 これから○○駐屯地へ行きます。たくさんの経験をして学んできます。その間、唯一の心配はきみのこと。まだまだ小さいちいちゃんを抱えて、きみが不安とストレスでいっぱいになってしまわないか、それだけが不安で仕方ないです。


 思えばオレが入隊した年、卒業後すぐ横須賀へ行ったときもきみは同じような顔をしてたね。いつも我慢させてごめん。ワガママに付き合わせてごめん。


 空元気でいるきみの心の内がどれほど辛いのかと思うと本当に申し訳ない。


 それでも、いかなくては行けません。


 いつも家事も子育ても料理も全力で頑張ってくれてありがとう。

 すごく楽しい時間でした。

 オレはボーナス跳ね上がるくらい頑張ってきます。

 だから帰ってきたらまた楽しく3人で暮らそうね。



 追伸

 料理は驚異のスピードで上達したと思います、美味しかったよ!』




 緊張の糸がほどけて涙がにじんだ。こんなかっこつけて、一体どの先輩上司に吹き込まれたんだ?


「…ありがとう」


 手紙に向かって感謝した。それを見つけたことは夫には伝えないことにした。それはあえてであることを、夫には察してほしい。



 何ヵ月といない夫の帰りを待つ間、イライラしたり大変だったりすることはたくさんあるだろう。そのたびこれを読み返して一息つくのだ。



 するとどうだろう、初めは感動の涙が滲んだ手紙も、カッコつけのへたれが書いた何となく面白い手紙に思えてくる。


 それはきっと心の余裕のお陰。


 気が向いたら、夫の帰りに合わせてわたしも手紙を書こう。見つけるかな、見つけたらそれを伝えてくるかな、とドキドキしようではないか。


 料理のことは余計だとか、

 手紙ありがとうとか、

 かっこつすぎとか、

 書きたいことはたくさんある。




 でもできれば、夫も察してなにも知らないふりしてこっそり読んでほしいものだ。

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