第70話 オープンドアー





「トイレいってこようかな~、ちいちゃんはどうするかな~」


「ふんっ、ふんっ」



 わかってる、鼻息荒らげ置いていかれまいと必死に後追いをしてくること。むしろひとり遊びに夢中で来てくれないと寂しくなっちゃう。


 でもやっぱり、今来ないでほしいなーって瞬間はある。


 ストーブの灯油を注ぎに行ってるときとか、ヘアアイロンをしに洗面台の前に立ったときとか、主に危険が伴うときにはじっとしててもらいたい。


 後追いが始まったのは7ヶ月ごろ。このころは泣きもすごくて、ある意味、後追いのピークのようなかんじがした。



「だあーっ!ちいちゃん!開けちゃいかーん!!」


「…へへ!」



 …ちいちゃん、すっかり引き戸が開けられるようになってしまった。


 我が家は大工だった祖父の形見というべき家で、祖母が生活しやすいようデザインされていた。


 その祖母も亡くなり、母が引き継いだこの家は、年寄りに優しくした結果、こどもにも優しい家になっていたらしい。


「ちいちゃーん!だめでしょ、廊下さむさむ、お部屋あったかいよ?」


「へへ、へへぇ」



 だ、だめだってわかってるのに…抗えない!



「…も、もう、ちょっとだけだからね、向こうまで行ったら終わりね?」



 しかしここは北国、雪国、屋内とはいえ暖房のついてない部屋では吐息が白くなるほど。


「ちいちゃん、もう無理、帰ろ」


 だっこして暖房のきいた部屋へ強制送還せざるを得ない極寒でも、娘はなぜか元気。


 そしてまた引き戸を開けて、嬉しそうに笑うのである。その声に思わず、



「もう~仕方ないなぁ、ちょっとだけだよ?」



 このやり取りを延々繰り返すのだった。

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