第61話 3歩進んでる3歩下がる





 8ヶ月の娘、食べ物が美味しい季節にいろんなものが食べられるのはしあわせなことだ。



「ちいちゃん、あーん」



 お口をあけてあっくん、とろみをつけただし汁、絡んだ鶏大根が吸い込まれる。



「大きいお口だね~」



 わたしは娘のことを、褒められて伸びるタイプだと思っている。ごはんのときもとにかく褒める。


 だが、それでは対応しきれないこともある。

 ───…そう、成長。




 9ヶ月が迫ってきた娘は、離乳食を始めた5ヶ月の頃に比べれば格段に食べられるものが増えた。


 娘がよく食べるもの、わたしが作りやすいもの、それぞれそれなりのところのものを食べさせているつもりだ。



 食べたい欲求はいつしか『どんなものなのだろう?』という興味に変化、褒め言葉などではどうしようもなくなったのだ。



 どういうことかというと、

 遊び食べつらい!!!!





 さわってみたいという興味がわくことが、食欲、食べる力を育む重要なプロセスであることはわかっている。でも全くイライラしないなんて無理!だった…。




「──ちいちゃん、それひっくり返したらだめだって! 」


「ううーん」


 手づかみ用に柔らかく茹でたさつまいもを出したら、お皿はひっくり返すわ投げ捨てるわ、作った本人は堪える。



「あらあらちいちゃん、ぽいぽいしちゃうの?」



 イスから抱き上げられ、?マーク満載の顔で指をくわえる。


「じゃぁ、ばあばのお膝で食べてみようか」



 育児に行き詰まったとき、対応に迷うとき、夫がそばにいないわたしにとって、育児経験のある母は最後の砦のようなものだ。



 ここしばらくの遊び食べですっかり消耗していたところに、たまたま休みがぶつかった。



「おー、ちいちゃんすごーい!うまうまうまうま、いいねぇおいしいねぇ!」


 拍手をしてくれたり、なでてくれたりしながら食べさせてもらい、合間でこぼしたものを処理していく。




 そのときのわたしは、ぽかーん。


 絵に描いたようにぽかーんとしていたのだ。



 わたしは母を母親としてすごいと思ってはいなかった。放任的で実は傷つきやすく、ストレスをうまく吐き出せない母に苦労したのだ。



 でも今、目の前の母を見て、敵わないなぁとひしひしと思う。



 10年どころじゃない、もっともっと、何十年もおかあさんをしてきた人って、すごい。




「はい、これで最後!上手に食べられたねー!えらい!」


 拍手に娘も嬉しそうに応えた。



「はい、じゃぁおやつにバナナ食べようね!」


「いや、食べさせすぎだから」




 前言撤回、彼女もおばあちゃんになりたての、孫に甘いばあばでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る