(祝)30話 きせき





 娘とお散歩中、知らない人に手を振られた。



 相手のおばさんはとても笑顔で、たぶんちいちゃんのことを見てるんだなってすぐにわかった。



 田舎なもので、自宅から200m圏内に危ない人はいないだろうとタカをくくってその人の前を挨拶しつつ通りすぎる。



「こんばんはー」


「あなた、この辺なの?こんなあかちゃんがいたなんて~!」



 こんな風に喜んでもらうと、なんだかこちらまでとても嬉しくなって、何となく立ち話の雰囲気が出てきた。



 涼しいし、少しならいいか、家すぐそこだし。




 しかしそれは恐怖の幕開けであった………。





「ほんとよお、信じてちょうだい、足の指、ぎゅーってね、ほら、これで賢くなれるの、私の姉の子供がね、前に子供を産んだんだけど、上の子には私の姉がしてあげて、下の子にはいいやってしなかったのよ、そしたら上のこばーっかり優秀になっちゃってね、だから……(以下略)」




 …どうやらこの人、謎の教育資本を語るおばさんだったらしい。



 もう何分話してるの、ちいちゃん寝ちゃったし、帰ってお布団に寝かせたい…。


 ていうかその話、ほんとかどうかもわからないし、そもそも通りすがりの人呼び止めて話すことなの?



 困り果てたところに、白いタンクトップにジャージ、長靴のおじさんが現れた。



「おうおう、こんにちは」


「こんにちはー」



 なんかいかつくて怖そうな人だな…。



「ああ、これウチの人なのよ~」

「なに話してたんで?」


 ええーーー旦那さん?



 どうしよう、まさか二人揃って教育論語り?



「おやおや、赤ちゃんよく寝てるじゃないの、もう帰って寝かしてやんな」


「は、はい!」



 そう言ったおじさんの笑顔はイケてる渋いおじさまで、私はズキュンと射ぬかれた。



「うちのひと、なんでか子供や若い人にモテるのよねぇ」


 うん、納得。

 笑顔で悩殺。






 かくして、自宅に戻ったわたしは出来事を実母に話してみた。



 実はそのお宅、お子さんを授かれなかったそうで、昔一時期自宅を離れ生活をしていたそう。


 その話を聞くと、なんだか奥さんともっと話しておけばよかったかな、なんて、少し胸がきゅっとなった。



 子供を授かり、その子が無事に生まれてきて、元気でいてくれるって、物凄いきせきなのかもしれない。



 眠る娘の横顔をじっと見つめた夏の夕暮れ。

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