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「じゃぁ、この、星屑のコーヒーで」

「かしこまりました」

 綺麗に整えられた口髭がダンディなマスターがにっこりと微笑んで去っていく。まさか十八歩先にあったのがこんなに素敵な喫茶店だなんて。いや、実際十五歩くらいで着いたんだけど。

 クラシックの緩やかなメロディとコーヒーの良い香りが漂うこのお店は、星や宇宙をテーマにした喫茶店らしい。オーダーした星屑のコーヒーは金箔が降りかけられているものだったし。

店の名前は“星”と書いて“ステラ”と読む。純喫茶と言える店内に、マスターさえベストにアームバンドと言ったクラシックな服装なのに、ステラってちょっと可愛い。

「お待たせいたしました、星屑のコーヒーでございます」

「ありがとうございます」

 サーブされたカップは白地に金で星座の模様が描かれてある。揃いのソーサーには柄の先に三日月の付いたスプーンが添えられていて、可愛い・・・そして、美味い。

「美味しいです」

「ありがとうございます」

 カップを近づけただけでもいい香りなのに、口に含むと一気に広がってまろやかで少し酸味の効いたテイストが好みだ。丁寧に淹れてあると良く分かる。きっと星と同じくらいコーヒーも愛しているに違いない。

「お聞きしてもいいですか」

 雨降りの平日の昼前だからか、広くはない店内には俺とマスターしかいない。

「なんでもどうぞ」

「交差点の看板を見てやって来たんですけれど、十八歩ってどなたがお測りになったのですか?」

「ふふふ、あなたもあの看板を見て来て下さったんですね。あれは僕が測ったものです。きっとあなたならもっと少ない歩数で来られたんじゃないですか」

「少しだけ、です。どうしてあの看板に?」

 やっぱり見た人が気になるように文句を考えた、とか?

「あぁあれは、ちょっとした遊び心ですよ。星との距離は単純にメートルじゃなくて光年で表すでしょう? でも光年って普通の人は分からないじゃないですか。凄く遠いって事くらいしか。なにかそんな風に、近くに何かお店があるって思ってもらえたら、良いなと思って。あと、メートルの距離で書いてあるより、面白いでしょう?」

 口髭を上にあげてニシシと笑う。

「ふふ、そうですね。面白いです」

「あの看板にして良かった。こうやってあなたが来店してくれたから。そうだ、あの看板を見たと言うことは何か望みがあったのでは?」

 あぁ、そうか、あなたの望みを受け付けます、って書いてあったもんな。

「これ、星に願いを、なんてベタかもしれませんが、両手に持って心の中で望みを三回唱えてください」

 そう言って渡されたのは小さな木製の星。

「次の流星群の時に、これを持って僕が代わりにお願いしてきますから。皆さんの望みを叶えてくださいって」

 ふふ、と微笑むマスターは本当に楽しそうで。遠慮なく望みを三度、心の中で唱えた。

「よろしくお願いします」

「はい。あなたの望み、受け付けました」

その望みが叶うかどうかは分からないけれど、あの時偶然看板を見つけることが出来て良かった。きっとここに来られたことは星の巡り合わせだ、なんてね。

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