5. 司法解剖

 夜、岡部から指定された店へと向かった。ビジネスホテルに滞在していることを伝えると、彼は駅に近い居酒屋の名前を挙げた。路地裏にあったために少し道に迷ったが、店の前に玉砂利が敷かれた小道があり、落ち着いた和風の外装の洒落た店だった。

 店員に待ち合わせていることを伝えて中に入ると、個室の中から手招きをしている岡部の姿を見つけた。

「いい店だな。ここら辺のこと詳しいんだ」

 椅子に座りながら、私は感想を口にした。座席は掘りごたつになっており、足を伸ばせるのが嬉しい。

「仕事づきあいで連れてきてもらったことがあるってだけだよ」

 部屋の横を通りがかった店員に、私達はビールと軽いつまみを注文した。

「刑事と一緒にいたから、驚いたよ」

「俺もだ。聞き込み先で岡部と会うとは思わなかった。世の中、何が起きるか分からないもんだな」

 顔を見合わせて笑う。

「中川は、ずっとジャードにいたんだな」

「あぁ。前からやってたロボットの開発の仕事に加えて、今はセールスエンジニアみたいなこともやってる。まさか、警察の参考人までやるとは思ってなかったけど」

 緩んでいた顔の眉間にしわが寄って、苦笑いに変わる。

「前にも増して忙しそうだ」

「首が回らないよ。岡部はジャードを辞めた後、ガンマエンジニアリングに?」

「実は、三社目だ」

 岡部は恥ずかしそうに視線を逸らした。

「こっちで働こうと思ってたんだけど、雇ってくれたのが東北にある前の会社だけでさ。一年くらい働いて、その後戻ってきたんだ」

 岡部の顔は三年前よりも少しやつれたように見えるが、目は爛々としていた。いろんな職場を経験することによって、三島重工のような素晴らしいシステムを組み上げる技術を得たのだろう。

 テーブルの上に二杯のビールジョッキが届いた。岡部がビールを掲げる。

「三年ぶりの再会を祝して」

 ジョッキを軽くぶつけて乾杯した。グラスもビールも冷えた格別の一杯に口をつける。ほのかに苦い液体が乾いた喉に染み渡る。

「フリーランスみたいで格好いいな」

「そんなことないよ。ただの飽きっぽいフリーターみたいなもんだ」

 そんなことはない、と心の中で反論する。自分の置かれた環境を変えることは、生半可な覚悟ではできないものだ。私は枝豆をつまみ、口の中に押し出した。

「事件のこと、少しは分かったのか? テレビではロボットの暴走だとか、適当なことを言ってるみたいだけど」

 岡部が質問してきた。

「そうみたいだな。せめて事故か、犯罪か、それだけでも分かれば情報を流せるんだけど」

「それすら分からないのか。それは大変だ。加藤さんは、安全柵の内側に?」

「うん。普段も立ち入ってたみたいだ」

「だったら、中川に事件の調査をさせる必要はないと、俺は思うんだけどな。だって仮に事故だったとしても、工場側は安全対策を怠っていたんだろ。一方的にジャードの責任にはならないんじゃないか」

「そういうわけにはいかないよ。マスコミが言っているようにロボットが暴走していたなら、それはそれで事実を受け止めて、お客さんの所から回収しないと」

 岡部は回答に納得がいっていないようで、勢いよくビールをあおった。

 その後は、岡部の作ったシステムの話で盛り上がった。岡部はインダストリー四・〇がコンセプトだけで、恩恵を受けるべき工場が何も変わっていないことに苛立ちを覚えていたらしい。同じ考えを持っていた工場の責任者と意気投合し、自分なりのインダストリー四・〇を作り上げてしまった。

「工場もついに、人工知能化か」

「技術は特殊だけど、やっていることは至極当然なことだよ。ピッキングのアルバイトは、作業は同じでも新人と経験者でスピードが全然違う。同じ作業を繰り返すうちに、最適な順番や、力を抜けるタイミングを覚えて、作業効率が上がっていくからだ。『慣れ』っていうやつだな。僕がやったのはまさに、ロボットにその『慣れ』を教えただけだよ」

 誇らしげに語る彼は、遠い世界にいるように見えた。自分の理想を実現する仕事をできるなら、どんなに素晴らしいだろう。それに対して私は、三年前と変わり映えのしない仕事を続けている。

 腕時計を見ると、日付が変わっていた。

「もうこんな時間だ。そろそろお開きにしようか」

「そうだな」

 店員に会計を頼み、私は片付けやすいように皿をまとめた。その様子を岡部が不思議そうに眺めていた。

「まめだな」

「昔は気にも留めなかったんだけど、嫁の影響かな」

 岡部からは返事も相づちも無かった。そんなにつまらないことを言ったかと思い、顔色を伺った。

 岡部は喋ることをためらっていたようだった。唇を震わせていたが、覚悟を決めたようにようやく口を開いた。

「奥さんのこと、大変だったな」

 発せられた言葉は、予想外のものだった。大変、とはおかしなことを言う。私が離婚したことを指しているのだろうか。

「いや、そんなことないよ」

「それなら、いいけど……」

 私の返答に対して、岡部まで不思議そうな表情を浮かべた。


 パトカーや救急車のサイレンが鳴り響いている。私は暗い部屋の中でうずくまり、縦に裂けた隙間から差し込む光を浴びていた。人影から大丈夫かと問いかけを受ける。うるさい、大丈夫なわけがあるか。この耐え難い騒音を止めてくれ。

 私は重い瞼を開いた。サイレンの音は、いつの間にかスマホの着信音に入れ替わっていた。

 昨晩は大酒を飲んだせいか、夜中に目が覚めてしまい、しっかり眠れなかった。重い体を動かしてスマホを掲げる。ディスプレイには、登録したばかりの名前が表示されていた。

「もしもし」

「おはよう。ナカさん起きてた?」

 生駒の能天気な声がスピーカーの向こうから聞こえてくる。

「電話に起こされました」

 私はスマホを耳に当てたまま、体を起こした。

「そりゃごめん。今から長泉総合病院に来て」

「なんで病院なんですか」

「ちょっと悩んでいることがあってさ。じゃあ着いたら連絡してね」

 行くべきか断るべきか考える間もなく、電話は一方的に切れた。ベッドの上で頭を掻いていたが、覚悟を決めて立ち上がった。


 バス停の名前は長泉総合病院。駅からバスに乗り込み、ほんの数分で到着した。桃の畑に囲まれた静かな場所で、愛鷹山の裾野の斜面に三棟の病棟が建っている。

 一緒に降りたおばあさんの後をついて歩く。車内がすいていたのは、ここが車社会のためだろうか。平日にも関わらず平面駐車場には多くの車が見えた。

 病院名の書かれた車寄せの屋根がせり出した表玄関に辿り着いた。生駒の依頼通り、入り口の自動ドアの脇で電話をかける。しかし電波が届かないというメッセージの後に留守番電話に繋がったので、電話を切った。

 ガラス越しに、病院の中を見渡した。玄関の向こうは待合室のようで、長椅子に座った患者達が名前を呼ばれるのを待っている。

 生駒はなぜ私を病院に呼び出したのだろう。彼女が入院することになり、雑用を私に押し付けようとしているというのはどうだろう。いや、それにしては明るい声をしていた。そもそも彼女の思考は理解できないところがある。私が答えに辿り着くことはできないと思う。

 スマホをポケットにしまい、病院に背中を向けたそのとき、背後から自動ドアの開く音が聞こえた。上体だけで振り向く。ガラス戸の前には、緑色の手術ガウンを羽織った小さな人間が立っていた。髪が落ちないように密閉されたビニールの帽子を被り、腹部には赤黒い染みが水玉模様のように点々とついている。

「帰ります」

 私は上体を戻してバス停に向かって歩き始めた。

 緑色の小人が慌てて走り出し、私の前に回り込んだ。帽子を外して自分の顔を指差す。

「あたしだよ、生駒だよ」

「見れば分かりますよ」

 足を止めて答えた。生駒の格好を見て合点がいってしまった。彼女は一昨日解剖する場所が見つかったと言っていたが、司法解剖を行える場所は医学部か病院しかない。長泉総合病院はその場所を貸し出してくれた病院だったのだ。

「なら、なんで帰ろうとするの。解剖室に入れる機会なんて滅多にないよ」

「なくていいんです。その格好、患者さんが見たら卒倒しますよ」

 返り血を浴びた手術ガウンを指差した。

「しまった。慌てて来たから脱ぐのを忘れてた。馬鹿やってないで、患者さんに見られる前にさっさと行くよ」

 生駒は手術ガウン姿のまま病院の中に戻っていってしまった。

 今回ばかりは、後を追うべきか迷う。しかし、おそらく生駒は電話があったことを知り、手術ガウンを身に着けていることも忘れて慌てて駆けつけてくれたのだろう。待たせないように気を遣ってくれたことに免じて、ついていくことにした。 


 前を歩いていた生駒が、エレベーターの前で止まった。私はその横を通り過ぎ、避難口の誘導灯が掲げられているドアを目指した。追い抜きざまに尋ねる。

「何階ですか」

「地下二階だけど、階段で行くの? すぐ来るよ」

「閉所恐怖症なんです」

「それは興味深い。ぜひ詳しく――」

 背中越しに聞こえる生駒の声を無視して、階段を足早におりた。私が到着したのと生駒がエレベーターから出てきたのは、同時だった。

 廊下を歩きながらスマホのディスプレイを確認すると、電波が入っていなかった。機械室を通り過ぎ、霊安室を通り過ぎ、生駒が足を止めた。

 解剖室のプレートが貼られたドアが開かれる。窓のない暗い部屋の中から、肌寒い空気が染み出し、塩素の臭いが鼻についた。不自然に顔から汗が噴き出した。

 生駒がドアの脇にあるスイッチを押すと、数回光が点滅して、部屋の中が照らされた。足を踏み入れる。染み一つない白いホーローの壁と、緑色のビニールで覆われた床が、明るい電灯で照らされている。思っていたよりも、中は綺麗だった。

 物の少ないシンプルな部屋の中央には、長方形の金属製の解剖台が置かれている。上にかけられた緑色の布が、こんもりと人の形に盛り上がっていた。

「腐敗してるから、体液が皮膚に付かないように気をつけてね」

 なぜか私が遺体に触れること前提で話をしているが、そんなつもりはない。

 生駒は解剖台の隣を通って、壁際に置かれた机に向かった。私も恐る恐る、解剖台を避けて遠回りに彼女の後を追った。横を見ると、ところどころに水疱のできた片腕が布の外に飛び出していた。指には番号の書かれたタグがつけられていた。

 机の上には、ノートパソコンや顕微鏡、様々な大きさの容器や鍋、試験管、何に使うのか分からない装置が置かれている。生駒はピンク色の液体で満たされた鍋から、金属の棒を引き抜いた。鉤のついた棒の先には、頭蓋骨がぶら下がっていた。目や鼻があるはずの場所には大きな穴が空いており、そこから後ろのレントゲン写真が見えた。

 私は驚いて後ずさり、後ろにあった椅子を倒した。部屋の中に大きな金属音が響き渡り、二度心臓が止まりかけた。

「何やってんの」

 生駒の冷静な声を聞いて正気に戻り、椅子を元に戻した。

「それ、加藤さんの骨ですか」

 私が訪ねると、生駒は水気を払いながら頷いた。

 冷静に見てみると、ロボットがぶつかった顔の前側と後ろ側の骨が無くなっている。そこで疑問が浮かんだ。生駒の持っているのが加藤の頭蓋骨だとすると、解剖台の上で横たわっている体はどうなってしまっているのだろうか。頭があるはずの位置にできた、緑色の布のふくらみが少ない気がした。

 加藤の頭蓋骨が机の上に置かれた。

「どうやって骨だけにしたんですか」

「鍋でぐつぐつ煮込んだ」

 生駒は、まるでシチューでも作っているかのような言い回しをした。

「これがご存知、十五種二十三個の骨からなる頭蓋骨――って解剖学はいいか」

 きょとんとしている私の心情を読み取ったのか、生駒は始めかけたレクチャーを止めた。

「頭蓋骨はドームの形をしてるから、骨折の状態をもとに凶器やエネルギーを推定しやすいの。致命傷はこれだね」

 生駒が頭蓋骨の前側を指差し、ぐるりと手を返して後ろ側に向ける。

「前後から外力を受けたことによる側頭骨の線状骨折。それから」

 穴が空いた顔の前面に容赦なく手を突っ込み、上顎にある頭蓋骨の底を指差す。

「頭蓋底の縦骨折」

 生駒の言う通り、指差された場所にはヒビが入っていた。外力を受けた場所から離れているが、骨の薄い場所に応力がかかったのだろう。解剖というのは、医者しか関わらない遠い世界のことだと感じていたが、材料力学とも繋がっていることが分かり、興味を引かれた。四方から頭蓋骨を眺めてみる。

「あれ、これは?」

 教えてもらった二ヶ所のヒビとは別に、側頭部に内側に押し込まれたようなくぼみがあった。

「そう、それが致命傷とは別に加えられた外力による、陥没骨折。それも、ヒビの入り方からして、線状骨折よりも先にできていたみたいなんだよね」

 二つのヒビが交差した場合、後からできたものは途中で途切れてしまう。陥没骨折のヒビは線状骨折に遮られることなく入っていることから、前にできたものだと分かる。

 受けた説明を頭の中で整理する。線状骨折は致命傷であるから、側頭部に受けた陥没骨折は死ぬ前に受けた傷ということになる。

「凄いじゃないですか。致命傷以前に加藤さんが殴打されていたとしたら、殺人事件の可能性が高まりますよね」

「それはどうだろ。これだけだと、ロボットにやられたのか人間にやられたのかまでは分からないから」

 ロボットの暴走が死因ではないという手がかりを見つけ、興奮している私とは対照的に、生駒は冷めたままだった。

「それで、ナカさんに聞きたかったのはこれなんだけど」

 机の上で散らかっている書類の中から、おもむろに写真が抜き取られた。何の心構えも無く見たそれは、一面が真っ赤だった。光を反射した艶めかしい血や、頭髪を巻き込んでめくれた皮膚、剥き出しになった骨が接写されている。

 私は驚いて後ずさり、後ろにあった椅子を倒した。部屋の中に大きな金属音が響き渡り、二度心臓が止まりかけた。

「何やってんの」

 生駒の冷静な声に既視感を覚えながら、椅子を元に戻した。

「肉を溶かす前に、さっきの陥没骨折の周囲を撮影した写真なんだけど」

「見せる前に、その説明が欲しかったです」

「それはごめん。で、骨折の周りに黒い粒がついてたの」

 態度では悪びれた様子を見せずに、生駒は写真を指差した。言われてみれば、かすかに黒い点が見えた。

「何なんですか?」

「発光分光分析にかけてみたら、鉄だった。工場で黒い鉄を使ってる場所があるか聞きたくて」

 写真を眺めながら考え込む。黒い鉄といえば、まず思いつくのは酸化鉄、すなわち錆だ。しかし三島重工は、機械にできた錆を放置しておくような、ひどい工場には見えなかったし、そもそも自然に発生する錆は赤錆のはずである。それでは人工的に黒錆を作り出しているものはないだろうか。

「鋳鉄の黒皮」

 思い当たるものが見つかり、思わず声に出した。

「黒皮?」

 生駒が聞き返す。

「鋳物は知っていますか。砂で型を作って、そこに液体の金属を流し込んで作るんですけど、その表面は酸化鉄で覆われていて黒いので、それを黒皮と呼んでます。フライパンを思い浮かべてもらえればいいと思います」

「その鋳鉄っていうのは、工場のどこで使われてるの?」

「そこら中で使われてますよ。工作機械の骨格を作る部品――例えばコラムやベッドとか。ロボットと地面を固定するベースもそうです。ワークが鋳鉄の場合もありますね」

「特定は、難しいか」

 生駒はしみじみと呟きながら、頭蓋骨の頭をぽんぽんと叩いた。その所作が死者ではなく子供やペットに対してするように自然で、加藤に対して調査が進んでいないことを謝っているようにも見え、不謹慎だが少しだけかわいいと思った。


 生駒が着替えるのを待って、私達は病院の外に出た。スマホを確認すると、着信履歴には石島の名前が並んでいた。地下の解剖室にいたので、電波が届いていなかったのだ。

「うわ。ストーカーみたいで、ちょっとひくわ」

 ディスプレイを覗き込んだ生駒が声を漏らした。私も少し分かる気がする。同じ名前が並んだ着信履歴というのは、どうして恐怖を煽るのだろう。

 慌ててかけ直したところ、電話は一回のコールで繋がった。

「電話に出れず、すみませんでした」

 普段優しい石島でも、今回ばかりは怒っているかもしれない。私はすかさず謝った。

「無事な声を聞けて、安心しました」

 スピーカーから届いたのは、いつも通りの石島の声だった。

「何か問題でもありましたか」

「いえ、電波が通じなかっただけです」

「イシさん聞こえる?」

 生駒がスマホに顔を近づけて大声を出した。私の耳が一番の被害をこうむった。

「生駒と一緒にいるんですか。それはそれで心配ですが、丁度よかったです、生駒にも伝えてください。三島重工の防犯カメラの解析が終わりました」

 直接聞いてもらった方がいいと思い、電話をハンズフリーモードに切り替えた。

「二十一時に工場長が退出してから、二十三時までの間、敷地内に設置された三ヶ所の防犯カメラに映っていたのは、受付を通り第一工場に入っていった一人だけでした」

 石島の考えていた通り、鎌田の証言が間違っていたようだ。ただ、彼は侵入者を『加藤』ではなく『一人』と呼んだ。

「それが加藤さんかまでは、分からなかったんですね」

「はい。三島重工の作業着を身につけていましたが、帽子を被っていて顔は映っていませんでした。ただ、加藤さんである可能性は高いと考えています。工場の出入口は電子ロック式なのですが、その時刻に加藤さんのカードキーで開錠されていたことが分かりました」

「帰納的推論をするなら、加藤さんの可能性が高いよね。一人でこっそり工場に入って、一人で作業していたところ、一人で事故に遭って亡くなったって」

 生駒が納得したように、一人頷きながら呟いた。このままでは事故でまとめられてしまうような気がして、私は焦って口を挟んだ。

「まだ、工場に入ったのが一人だけだったのか分かりませんよ。防犯カメラは三ヶ所だけなので、土地勘があれば映らずに侵入することもできると思います」

 防犯カメラはカモフラージュもされず、堂々と電柱に取り付けられていた。内情に詳しい人間でなくても、どこに設置されているかは簡単に分かる。

「受付はともかく、防犯カメラに映らないで工場に入るのは難しいと思います。工場の出入口は一ヵ所だけですから」

 私の意見は、石島によってあっさりと切り捨てられた。

 解剖によって陥没骨折のことが分かり、他殺説が有力になったと感じていたが、一歩進んで二歩下がっていると言うのだろうか。加藤しか工場に立ち入っていないのなら事故の可能性が高く、また分からなくなってしまった。

「裏付けのため鑑識に外の足跡も確認させていますが、支給された同じ安全靴を履いている従業員が多く、全部似たような足跡なので難航しています」

「それから、聞き込みをした関係者全員のアリバイを確認できました。岡部さんについても、一緒に食事をしていたという伊藤さんと連絡を取れましたので、安心して下さい。お伝えしたかったのは、以上です」

「分かりました。教えて下さり、ありがとうございました」

 昨日から心配だったので、岡部のアリバイが証明されたというのは嬉しかった。

「科警研にも映像を回しといて。三次元計測をすれば、身長くらいは割り出せると思うから」

 生駒の要求を聞き終えると石島の電話が切れた。


 ビジネスホテルに戻った私は、三島重工で抜き出したロボットのデータを確認していた。事件前の操作履歴は、もともと操作されていなかったのか、誰かが隠蔽したのか、綺麗に抜け落ちている。後者だとすると、他の履歴を壊していないことから、データ構造を知っていないと難しい。コンピュータに詳しいか、ジャードに関わったことのある人間が疑わしい。システムを構築した人間ということもあり、岡部は疑わしい立場にあったと思うが、アリバイが証明されたと聞いて安心した。

 私達が出会ったのは、五年前にロボット開発センターに配属された時だった。入社式で、私、岡部、遥の三人は初めて顔を合わせた。別々の大学だったので面識は無かったが、すぐに仲良くなり、三人とも実家から離れていたこともあって、休日はいつも一緒に出かけ、夜は寮のロビーで酒を囲むようになった。

 その後、あることがきっかけで岡部は会社を辞めたのだが、それが何故だったか思い出すことはできなかった。

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