脱輪

@fragileruins

1日目

その日はわたしは旅に出ることにした。小さな連れとともに。



私「忘れ物はないだろうか」


玄関前で私は、自転車に荷物をくくりつけながら呟いた。



「リストに書いたものは全部あるようですね。大丈夫でしょう」



そのつぶやきに反応した声。あどけなさがある女性の声だ。

声の主は、ホログラムの少女だ。名前はミラという。


ミラ「しかし、こんなくくりつけ方で大丈夫でしょうか?」


ミラが懐疑的に自転車の荷台にくくりつけた荷物を点検する。


私「大丈夫ではないだろうな」


ミラ「えっ!」


私「しかしそれは実際走ってみて、適宜適応しよう。そうして初めて分かってくることもあろうよ」


ミラ「さすがご主人!アドリブ王!」


私「褒めてくれるな」




微妙な顔をしたミラを尻目に、私は自転車にまたがる。


私「さて!いよいよ、行こうか」


人間大とはいえ身長の低めなミラがさらに小型に縮小し、私の左肩にふわりと乗る。


ミラ「ええ!参りましょう!」


私は地面を蹴る。ペダルに両足をかけるが、左右にガタガタとゆれてバランスがうまく取れない。


ミラ「大丈夫ですか!?」


私「なんとかなりそうだ」


砂利道の坂を下る。スピードが載ってくると、バランス制御は少し楽になった。

そのまま平坦な道へと位置エネルギーを頼りに、ロケットスタートを見せた。


私「感触的には、先が思いやられるかと思ったが、なんとかなりそうかな」


ミラ「やっぱり荷物が多すぎましたかね…」


私「たしかに。旅の先々で調達したほうが合理的だったかも知れんな。初めての旅だからと気をもんで、あれも必要これも必要と、用意周到すぎた」


スピードが落ち着き、ペダルで自転車をこぐ。通常より重いが、思ったより漕ぐのは負担ではないことに安堵する。



私「久々に漕いでみると、自転車とはいいものだな。気持ちいいよ」


ミラ「そうですね〜。自転車に乗るのは高校時代以来でしたっけ?」


私「そうだな。免許を取ってからはからっきしだ。この自転車も通学に使っていたママチャリだが、車庫の奥底からひっぱり出してみるとサビサビだったな。サビ取りでなんとか見た目はましになったが、一般的に言ってこれはボロだろう」


ミラ「うん。間違いなくボロですね」


私「まぁぶち壊れるまではこれで頑張りましょう。ついてきなさい」


ミラ「はい!楽しみです!」


私(私もだよ)


この日、目的地は父方の祖父母の家とした。ここから60kmもしない場所にある。

初日の肩慣らしにはちょうどいい距離だろう。


それに、思わぬ走行上のアクシデントが発覚するかもしれない。

その場合はすこし停泊させてもらって、修理なりなんなりすることも可能だ。



私「道交法的には自転車は車道を走るのが通例だが、歩道を走ろう。真横を車が通り過ぎるのが恐ろしすぎる」


ミラ「ご主人にも怖いものがあるんですね」


私「もちろん。生きる上では必要な感情だ」


ミラ「私もご主人が生きることを望んでおりますよ」


視界の左側にミラの白髪がちらっとかすめた。どうやら少し身を乗り出して顔を覗き込もうとしたらしい。


私「それでは死なないことを祈っていてくれ」


ミラ「旅の目標は”死なずに帰る”ですね!」


私「まぁそれも大前提だが、目標は一応日本一周ね」


ミラ「そうでした」


私「ここらは車通りが少ないから良いが、国道や都会は厭だな。なるたけ迂回するつもりではいるが」


ミラ「信号も多いし、排気ガスは臭いし、道に迷いにくいだけで良いことないですからね」


私「そのとおりだ。都会は歩道に人も多いから面倒だしな。都会は嫌いだ」


ミラ「ご主人は人嫌いですからね。この旅で人が好きになるといいですね」


私「たしかに人を好きになればもっと円滑に生きていけるだろうよ。でも、私はそうなりたいとは特に望まないな。旅にも人との出会いは求めていない」


ミラ「私がいます」


私「うん。是非いてくれたまえよ」


ミラ「・・・ルートについても、私のナビがありますしね。あ、次の信号左ですー」


私「はいよ。・・・非常にありがたい時代だ。昔は紙の地図を片手に旅をしていたんだろうね。それはそれで浪漫があるが。迷うことも含めて旅の醍醐味だと思うこともあるが」


ミラ「じゃあたまに間違えますね!」


私「だからと言って、意図的に迷うこともあるめぇよ」



しばらく走ると景色は渓谷のそれとなってきた。


私「トンネルか・・・歩道がないな。これはおそろしいぞ。ちゃっちゃと通り抜けよう」


ミラ「後ろから車が来たら私も存在アピールしますから」


私「無駄だとは言わないが・・・」



運良く車の通りがないままトンネルを抜けたが、その後もトンネルは続いた。


一応反射板は後ろに貼っているが、特に大型トラックなどはおそろしいものだ。

ここらは人通りも普段なさそうな場所だから、図に乗ったトラックがスピードを出して油断げに運転しているかもしれないからだ。

運が悪ければ轢かれる可能性というものが、基本的には常にある。それが高まるのだ。



しばらく走ると、突き当たりに来た。

道は、川の左右で分かれていた。

つまり、川の右側、左側に沿った道があるのだ。

方向は同じだから、どちらでも目的地にはたどり着くのだが・・・。


私「さて、どちらがいいだろうか」


ミラ「目的地はどちらかといえば右側寄りですね」


私「では右にしようか」



結果から言うと、その選択ははずれだった。


川の反対側に左側のルートが見えるが、比較的平坦な道が蛇行して続いている。

なにと比較的かと問えば、こちらの道である。


どこまで登らされるのかと思ったら、急に下り、また急な坂を登るはめになるというのが繰り返されていた。


ミラ「あっ・・・」


私「雨だな。降りそうだとは思っていたが」


上り坂を、自転車を押して進んでいた私は一度登頂してからカッパを着込む。


私「初日から雨とは、ついていない。もうすぐ着くのが救いだが」


ミラ「もうひと踏ん張りです!」


私「がんばっていきましょう」



ようやく渓谷を抜け、人の気配がする景色へと変わってきた。


後ろからトラックがやってきた。

水溜りを大きく跳ね飛ばし、その飛沫を我々はモロにかぶってしまった。


私「ぶっ!」


ミラ「ああっ!!ご主人!」


私「トラック・・・嫌いだ」


ミラ「ああ・・・またご主人の嫌いなものが増えてしまいました・・・」



ミラがホログラムで良かった。

一応、荷物にもカバーを掛けたから大丈夫だと思うが、電子製品もあるから、遠慮願いたいところだが・・・。



そんなこともありつつ、あとは順調に歩を進め、無事に祖父母宅に到着した。



私「ひどく疲れた・・・。風呂を頂いて寝よう」


ミラ「お疲れ様でした。旅の初日はどうでしたか?」


私「尻が痛い」


ミラ「あはは」



走行については特に問題がないようだった。

走り続ければこの先でなんらかのガタは来るかもしれないが、初めからつまづくような要因は無かった。



泥のように眠った。


1日目が終了した。

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