再び城塞都市へ

 街道沿いに西へ進む。敵の追撃を避けるために馬の速度を少しあげ、後方には斥候部隊を少し遅れて追随させている。この速度で移動している限り、敵の追跡部隊に攻撃される危険はないはずだ。もちろん、敵の指揮官が街道沿いに先回りをすると、かなり早い段階で決断し、街道に出て西進していれば別ではあるが。敵は東の補給路を守るために送り込まれた部隊なので、その確率は極めて低いだろう。

 「親父、ガビエの町っていうのは、どんな町なんだ」

 「特に特徴のない町だな。守備部隊がいるかどうかもわからない。もちろん城壁もないし、フェイルの町とあまり大きさもかわらないようだ」

 「だったら、避けたりせずに、真ん中を突っ切ってもいいんじゃないか」

 イングのいうことにも一理ないわけではない。

 「たしかに、敵はいないかもしれない。しかし、町中で待ち伏せを食らうと騎兵では分が悪いんだ。馬を走らせないために縄を張ったり、道に拒馬きょばを置いて逃げ道を塞いだりできるからな。茂みに隠れ、近づいた馬を槍で突いたり、家の窓から弓を射ることもできる。町と森は騎兵にとっては鬼門なんだ」

 そう、これは知の力だ。古今東西の戦争について学んだものなら、これくらいは常識といえる。しかし、私にわかるのはそこまでだ。だが、名将知将とよばれる戦争の天才たちは無限に広がる選択肢の中から、たった一本の正しい道を選び出すことができる。西に進むのか、東に進むのか、町に近づくのか、迂回するのか。一番適切な道を選ぶことができるものこそ、大将軍とよばれるような存在になれるのだろう。私にできることは、持てる知識を総動員して大きな失敗をしないように努力することだけだ。

 「そういうわけで、町には近づかない。弓が届かない距離を通過するようにする」

 ガビエの町に敵がいたのかどうか、結局はわからなかったし、知る必要もなかった。さらに私たちは西に進み、日が暮れて一刻ほどたってから街道から少し離れたところで野営をすることになった。昨晩のように私たちを隠す林もなく、かまどの火は街道から見つかる可能性もあるが、これ以上街道から離れると、せっかく稼いだ移動距離が無駄になってしまう。夜襲を恐れ、キンネク族にも頼んで寝ずの番を増やすことになったが仕方ない。だが、心配は杞憂に終わった。


 「敵は追跡をやめたんじゃないですか、隊長。ここ三日、敵の影もかたちも見えないんですから」

 くつわを並べて進むツベヒがはなしかけてくる。

 「私の進言で、街道沿いに西へ進むことになりましたが、あまりにも速すぎて敵が追跡をあきらめてしまったんじゃないでしょうか。そうだとすれば、本当に申し訳ありません」

 あれから二晩が過ぎたが、敵の姿はどこにも見えなかったのだ。

 「心配はいらないよ、ツベヒ君。どちらにしろ、鬼角族は故郷へ帰りたがっている。あれ以上戦いを継続することはできなかった。それより、この調子で進むと、明日には城塞都市ルスラトガに到達することになるんだ。前回は尻尾を巻いて逃げたが、今回は少し嫌がらせをしてから西へ戻りたいと思うんだ」

 「嫌がらせですか」

 「そうだな。旅の途中でいろいろと準備はしてきたつもりだ。敵から馬をいただいて、西へ向かおう」


 その夜、全員を集めて作戦のあらましを伝えることになった。

 「作戦の第一段階は、アコスタ君他三名に頼みたい。旅の商人を装って都市に潜入し、騒ぎが起こるまで厩舎の近くで待機する。第二段階は鬼角族に依頼する。北門の方に姿を見せ、敵の注意を引いてもらう」

 ここまで、特に誰からも異論はない。

 「鬼角族は攻撃をすることはない。そこまでの準備ができれば、作戦の第三段階だ。イングと私が油を振りかけた生木を積んだ荷馬車に乗り、門の真下で火をつけて煙をおこす。これで門のやぐらから矢で射られる危険は格段に減るはずだ。煙が上がるのが見えれば、シルヴィオ君は櫓の上にいる兵士をできるだけ離れた場所から弓で攻撃する。ここにウバの根とルブの葉を混ぜた毒があるから、これをやじりに塗って欲しい。かすっただけでも痺れが全身を襲うはずだから、櫓の弓手を減らすことができる」

 「距離はどれくらい離れたところからですか」

 「シルヴィオ君の腕前なら、百歩くらいだな。それくらいなら大丈夫だろう」

 シルヴィオは肯定も否定もしなかった。

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