神託

 キンネク族のハーラントとナユーム族のエナリクスは向かい合って、お互いに罵りあっている。その背後にいる戦士たちも互いに大声を出しているので、あたりは騒然としていた。足を折ったのか、地面に横たわり起き上がろうともがく馬があげる悲壮な声も、二人の口論を止めることはできないようだった。

 下手をすると、二つの部族が殺し合いをしそうな状況だが、私の体に異常がないところから、そこまでは緊迫していないのであろう。二人の間に体を滑り込ませる。

 「どうしました、ハーラントさん」

 私の問いかけに、肉ダルマのような族長は大声で答えた。

 「どうもこうもない。敵の大半を殺したのは我らなのに、こいつは自分たちの方が活躍したから、馬を三分の二ほど寄こせというんだ」

 戦士の比率的にいえば、ナユーム族が九十騎にキンネク族が四十騎だから、その主張に根拠がないわけではない。ツベヒにつけたキンネク族の十騎とユリアンカが、戦いに参加したのは最後の一瞬だから本格的に参加したわけではないだろう。

 「それぞれに言い分はあるでしょうが、確認したいことがあります。戦死者とケガ人の程度を教えてください」

 ハーラントが嫌そうな顔で、私のことばをエナリクスに伝えると、ナユーム族の族長は部下に何事かを告げた。ハーラントも同じように何事かを部下に命じ、しばらくすると、それぞれの部下から返事があったようだ。

 「我らの死者は三人、ケガ人も三人だ。ナユームの連中は死者七人、ケガ人五人だといっている」

 死傷者の割合も同じくらいといえるだろう。ならば、エナリクスの主張は正しい。だが、それを認めるとハーラントが納得しない。私たちは、盟友であるキンネク族を失うわけにはいかない。

 私は地面に落ちている片刃の馬上刀を無造作に拾い上げる。戦死した敵の騎兵が持っていたものだろう。

 「ハーラントさん、今からいうことをエナリクスさんにも伝えてください。私たちは戦友です。互いにいろいろと思うこともあるでしょうが、ここは私に任せてもらえませんか」

 ハーラントが私のことばを伝えるやいなや、エナリクスが吐き捨てるように何かをいいかえす。

 「ローハンよ、こいつはお前が我の仲間だから、我を贔屓ひいきするのではないかと怒っているぞ」

 その心配はもっともだが、私には考えがあった。

 「それでは、こうしましょう。あそこに足を折って苦しんでいる馬がいます。このままだと苦しむだけですから、楽にしてやる必要がある。今から、あの馬の首にこの刀で斬りつけます。もし、馬の首を一撃で斬り落とすことができれば、私にすべて任せてもらえますか」

 唐突な提案にハーラントは唖然とした表情をみせ、それをきいたエナリクスは怪訝そうな顔をした。

 「あなたたちでも、あの太い馬の首を落とすことは難しいでしょう。私も同じです。しかし、もし私が正しければ、あなたたちの信じるリーザベル神の加護で不可能も可能になるでしょう」

 リーザベルの名はエナリクスにも伝わったようで、表情が硬くなるのがわかる。だが、それ以上なにかをいったり、なにかをしたりするような素振そぶりはみえない。

 私はもがき苦しむ馬のそばに近寄り、優しく首をかきいだくと、その耳にささやいた。

 「大丈夫、安心しろ。いま楽にしてやる」

 そういいながら、たてがみを優しく撫でる。馬が落ち着くまで、優しく首筋に手を走らせながら目的のものを探す。

 あった、第一頸椎。耳と耳の少し後ろ。そして、第一頸椎と第二頸椎の間にある骨が細くなった場所に指を這わせる。

 ここなら骨の抵抗は最小限ですむはずだ。だが、馬の首は大人の女性の胴回りくらいはある。

 斬れるだろうか。

 優しく馬から離れ、背中に当たるくらいまで刀を振りかぶった。

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