追撃

 突撃という声がしたにも関わらず、敵はなかなか姿を見せなかった。月明りは雲に隠されてあたりは墨のように暗く、敵も味方もどこにいるのかわからない。

 突如、東のほうから喇叭らっぱの音が響き、撤退と叫ぶ声が四方できこえた。

 その直後、私たちの後ろ、つまり西側から誰かが駆け寄ってくる音がする。

 「突け! 突け! 突け!」

 イングの号令一下、兵士たちが槍を突き出す。西のほうから向かってきたのであれば、鬼角族の戦士である可能性もある。イングを止めようかとも思ったが、すでに槍は繰り出され、人間の兵士を串刺しにしていた。

 思考が正常に戻っていることで、私はこの夜襲が終わったことを知った。

 「よくやった、イング。鬼角族と同士討ちにならないように気をつけろ。敵はまだそのあたりに潜んでいるかもしれないから、油断するなよ」

 白い歯が見えたことで、イングが笑っていることがわかる。

 「ハーラントさん! 私たちは天幕の近くで円陣を組んでいる。他の仲間にそのことを伝えてくれ。同士討ちすることが怖い」

 少し離れたところから、ハーラントの声がする。

 「わかった、ローハン。敵を追いかけなくていいのか」

 敵が圧倒的多数なら、これほど早く撤退しないだろうし、少数なら待ち伏せをしていたツベヒたちが攻撃をしているだろう。そう考えると、敵の数は三十から百のあいだぐらいではないかと推測できる。あるいは私たちと同じくらいの百五十くらいか。いや、ライドスの見立てた補給物資の配分からすると、五十以上の騎兵はいなかったはずだ。ライドスの推測が間違っていたのか、それとも偶然、騎兵部隊がいたのか。緊張したまま、日の昇のを待つことになった。


 夜が明け、太陽の明かりが地平線を赤く染めはじめると、周囲の状況が次第に明らかになっていく。体感でおおよそ一刻。夜明け間近の時間帯に夜襲をかけるという鉄則を守っていたわけだ。

 見張りの二人、マノフとフルマーは喉をかききられて死んでいるのが見つかった。敵兵の死体は八。キンネク族の戦士が二人死に、三人がケガをしたようだが、戦えないほどのケガではない。ナユーム族には死傷者がいないのは、天幕を西側に設置していたからだろう。

 「ハーラントさん、敵は騎兵だ。これから追撃したいと思うが、追いつけるかな」

 肉ダルマのような族長は、鼻で笑った。

 「誰に口をきいてるんだ。我がキンネク族の同胞はらからを殺した罪、命をもって償わせてやるわ」

 「期待してるよ。数はこちらの方が多いはずだ。荷物はすべてここに置いていこう。私たちが遅れれば、ナユーム族の人たちと先に進んでもかまわないから、敵のケツに噛みついてくれ」

 そういうと、私たちの近くで死んでいる敵兵の死体から集めた三本の馬上刀をハーラントに手渡しておく。

 「慣れない槍よりは、こちらの武器が使いやすいだろうから、持っていって欲しい。それに、あいつらが東に向かったのであれば、こちらに向かっているかもしれないツベヒやユリアンカさんたちと遭遇している可能性もある。全速力で追いかけてくれ」

 なにもいわずに、ハーラントは馬上刀を受け取り、自分たちの天幕の方へ戻っていった。

 「私たちも出発する。ツベヒたちが、あの敵を見逃したとすれば、攻撃しても勝てない数だということだ。ツベヒを助けるためにも、すぐに出発する」

 馬をつないでいた馬車から外し、鞍をつけている間に、キンネク族とナユーム族の騎兵たちは東へ馬を走らせていった。馬術にかけては、そうそう鬼角族に勝るものはいないだろう。だからといって、私たちがここで待っているわけにはいかない。血液を失って、雲のように白くなり横たわっていた、マノフとフルマーの仇をとるのは私たちだという意志が全員に満ちていた。

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