背に腹はかえられない
「ここまで準備したのに、攻撃するのをやめるのかよ。親父」
イングは本当に驚いた顔をしていた。
「ルスラトガのような城塞都市は、当たり前だが敵の攻撃から耐えるようにつくられている。門を見張る
「それでずっと、浮かない顔をしてたのかよ」
実のところ、悩みに悩めば、脳みそからなにか素晴らしい考えが飛び出してくるかと期待していたのだ。残念ながら、なにも思い浮かばなかったのだが。
「敵の正面を攻撃するな。敵の弱いところを攻撃し敵を攪乱せよ、だ」
「親父、なにいってるんだ」
「バージル将軍の金言だよ。二百年前にもっと東方で活躍した軍人だ。私たちには、この城は手強すぎる。馬泥棒さえ命懸けなんだ。もし、上官の命令ならば逆らえないかもしれないが、今の私たちは違う。白紙委任状が与えられているのに、なぜわざわざ無駄に命を懸けなければならないんだろう。大きな間違いをするところだった」
興奮して、声が大きくなった私をイングがとがめるが、上機嫌な私をみたイングも嬉しそうな顔になった。
「これで、今晩はゆっくりと眠れそうだ」
雑貨屋の主人がいったとおり布団は清潔で、目を閉じるとすぐに眠りについた。
翌朝、朝一番に市場へ向かい、油の入った小さな樽を購入する。焼き討ちをするなら必要だろう。ぼろ布を少し買い求め、残りの金で買えるだけの羊の干し肉と、豚の腸詰を手に入れた。それでも、二百人所帯ならば、一日の食事に満たないだろうがやむを得ない。無駄にした一日分の食料にはなるだろう。どのみち、ウォルシーという町には腐るほど食料があるはずなのだ。肉屋の小僧に頼んで馬を預けた厩舎まで干し肉を運んでもらい、馬に積み込んで野営地へ向かう。このあたりまで来ると、場所によっては雪が溶けて地面が顔をのぞかせているところもあるようで、何頭かの馬が地面に生える草を
「ハーラントさん。すぐに出発する。全員に移動の準備をするように伝えてくれないか」
天幕から顔をのぞかせたハーラントが、満面の笑顔で答えた。
「いよいよ戦いか。天幕はここに置いていけばいいんじゃないのか」
「すまない、ハーラントさん。この近くの町を攻撃するのは中止だ。これから十日ほどかけて、本来の目標の場所へ移動する。エナリクスさんにも伝えてくれ」
ハーラントは眉をひそめ、不満そうにいった。
「なぜだ。十日も食わないと、俺たち全員が干からびちまうぞ。残りの食料は五日分ほどしかない」
「食料については、エナリクスさんにも確認しておいてほしい。私とイングの馬に、干し肉と腸詰めを買える限り買ってきた。これから攻撃するところには、食料や武器が山の様にあるはずだ。そこでは切り取り自由。片っ端から奪い、破壊してもいい。だから、そこまで我慢してくれ」
鬼角族に人間の脆弱さを見せることになるが、背に腹はかえられないのだ。
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