俺の為に死んでくれるか

 「痺れ薬を矢に塗って、やぐらの兵隊に喰らわせようっていうんだな。さすが親父だ」

 嬉しそうにするイングとは裏腹に、私の表情は曇ったままだった。

 「ウパの根でつくった痺れ薬は、とても効果が弱い。だから誰でも買えるわけだ。初めて来た町で、人間を殺せるような毒を売っている店を見つけるのは難しいし、売ってもらえないこともある。兵隊に通報されて、捕まる可能性もある。だから、弱いが誰にでも売ってもらえる毒を買ったわけだ。ウパの根にルブの葉を混ぜれば、かなり強い効果を発揮するはずだが、ルブの葉は毒なので売っている店はない」

 とりあえず、宿を確保するために大通りに戻り、雑貨屋で細いが丈夫な縄を買うついでに、店主にお勧めの宿屋を教えてもらうことにする。洞窟屋という宿屋が安く、布団が清潔で飯がうまいということをきき、まずは荷物を置くために宿屋へ向かうことにした。


 ほどなく洞窟屋という看板を見つけ、二人用の部屋を一つ借りる手はずを整える。二人で食事つき銅銭二十枚。買ってきた弓と矢、縄などを宿屋の主人に預けて、再び町へ戻る。町の北側には、食料品を販売する市場があるということなので、軍隊の駐屯している町の中心部近くを通過して北へ向かうことにする。これくらいの規模の町なら、天幕で野営するのではなく常設の宿舎があるはずだ。

 しばらく進むと、煉瓦れんがでつくった二階建ての建物が見えてくる。煉瓦造りの二階建ての建築物は、ここより西には存在しないだろう。城塞で囲まれている都市だからこそ、土地を有効活用するために造られたものだ。掲げられている旗は、ギュッヒン侯の剣と獅子のもの。天幕であれば、兵士の数がわかるのだろうが、煉瓦造りの兵舎なので兵員数をはかるのは難しいだろう。

 柵で囲まれた軍の建物のすぐ外には、猥雑な絵の描かれた平屋の建物が並んでいる。兵隊向けの娼館だろう。イングがチラチラと娼館の方に視線を送っているが、今はそんなことをしている場合ではない。

 「イング、今はこういう店に寄っている時間はないぞ。北の市場が閉まる前に、食料品の値段を確認しておく必要がある」

 「わかってるよ、親父。なんというか、懐かしく思っただけだ」

 そうはいいながらも、イングの視線は娼館らしき方向に釘付けだった。

 「それに、自分ではわかってないかもしれないが、私もお前も垢だらけでものすごく臭いぞ。女にも嫌われて、相手にされないに違いない」

 イングは自分の体の臭いを嗅ぐが、首をひねった。

 「それほど臭いようには思えねえがな」

 しかし、それ以降は娼館に目をやらなかったところから、本人も臭いといわれたことを気にしはじめたようだった。

 日が暮れ始める前に町の北側にある市場へ到着し、乾物を売っている店を中心に品物の値段を見て回る。フェイルの町を占領したときに、天幕の中に正銀貨が十枚あったのを接収していたので、正銀貨六枚ほどの食料を買い付けることができる。鬼角族が肉しか食べないことから、干し肉や腸詰のようなものを買い集める必要がある。それに油だ。

 この町では豚肉の方が安く、塩漬け豚肉が手に入れやすかったが、重さのことを考えると干し肉が望ましい。牛の干し肉、羊の干し肉、豚の腸詰などは少し値が張るが、二頭の馬に積める量を考えると丁度いいかもしれない。値段だけ確認し、今日は買わずに宿屋に戻ることにする。


 パンとスープの夕食を食べ終わり、寝台の二つある部屋に戻る。お湯と海綿を二つ頼み、体をぬぐう。イングも昼間に臭いといったことを気にしているのか、おとなしく海綿で体を吹いていた。体臭は、時に自分の存在を相手に知らせてしまうことになるので、清潔に保つことは重要なことだが、野営続きではそれも難しいのだ。

 「なあ、イング」

 「なんだい、親父」

 私は、昼間からずっと考えていたことを告げる決心をした。

 「お前、俺の為に死んでくれるか」

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