侮り

 夕飯に干し肉ではなく、ゆでた羊の肉が出たことには驚いたが、あれだけの馬がいるのだから、生の羊の肉を運んでいたとしても不思議ではない。

 天幕の中に人いきれはないが、かまどに残った熱で天幕の中は十分暖かかった。だが、目を閉じてしまえば同じだ。いや、いびきや馬のいななきがないぶん、静かに眠ることができる。そう、静かに――。


 遠くで誰かが騒いでいる。ことばはわからないが、喧嘩でもしているような怒鳴りあいだ。まぶたを開くと、見慣れない天幕が見えた。昨晩から、エナリクスの天幕に間借りしているのを思い出す。

 「おい、ハーラント。なにか外が騒がしいぞ。起きてくれ」

 筋肉ではち切れそうな族長は、横になっても丸太のようにぶ厚かった。何度か揺さぶると、恐ろしい形相でこちらをにらみつける。

 「なんだローハン。朝っぱらから」

 部屋の反対側で人の動く気配がする。そちらに目をやると、エナリクスの護衛と思われる戦士が、こちらを見ていた。私の声に反応したのだろう。

 「外が騒がしい。なにか起きたのかもしれない」

 目をこすりながら、ハーラントも耳をすます。なにかいい争うような声だ。突然、ハーラントが護衛の兵士に何事かを告げた。

 「喧嘩だろうとは思うが、見にいった方がいいんじゃないかと伝えた。我らもいこう」

 服は着たまま。外套にくるまって眠っていただけの私たちには、特に準備するものもなかった。やっとイングも目を覚まし、私たちの後に続いた。


 天幕を出ると、外はまだ薄暗く、寒さが骨身にしみる。どうやら、騒ぎは別の天幕で起こっているようだ。

 騒ぎの方へ向かうと、鬼角族の戦士たちが輪をつくり、その中心で誰かが暴れているようだ。

 「朝っぱらから喧嘩かな。ハーラントさ――」

 いきなりハーラントが怒声をあげる。

 真っすぐに輪の方へ走りだし、戦士たちを突き飛ばして輪の中心に倒れている男たちの方へ駆け寄った。さすがは族長だ。輪になってはやし立てていたナユーム族たちは凍り付く。

 輪の中に横たわるのは、予想通りハーラントが連れてきた戦士たちだった。私とイングも、輪の中に飛びこむ。

 「ハーラントさん、容態を見ます。おそらく、この中で応急処置ができるのは私ぐらいだと思いますから」

 地面にうつ伏せでうごめいている男のそばに近づき、仰向けにすると、両手で顔をこちらに向ける。殴られたのか、ひどく顔が腫れていたが目の焦点は合っている。とりあえず大丈夫だろう。もう一人の男は、地面に横たわりピクリとも動かない。

 意識のない人間は、ひどく重い。仰向けにしようとするが、動かないのでイングに助けを求めた。

 無理やり瞼を開くと白目をむいており、呼吸も浅い。顔には蹴られたのか、靴の跡がついている。

 「イング、手を貸してくれ。この人をこの上に動かす」

 そういうと、外套を脱いで地面に広げた。

 「足を持て、できるだけ静かに!」

 倒れた男を外套にそっと横たえると、ハーラントが周囲のナユーム族に何事かを怒鳴っているのに気がつく。ナユーム族たちは、ハーラントの剣幕にことばを失っていた。

 その時、ナユーム族たちが一斉に後ろを振りかえった。エナリクスだ。族長の息子が、低い声で何事かを口にすると、円の中心にいた一人が、エナリクスになにかを訴えはじめた。

 「ハーラントさん、落ち着いて。エナリクスさんがなんといっているか、詳しく教えてください」

 短気なハーラントが後先考えずに行動することを防ぐために、少しでも気を散らせる意味もある。怒りの表情をみせるハーラントは、一言一言を吐き出すようにいった。

 「この二人が――人間の軍隊二千人を相手に――して戦いに勝ったというので――嘘つきといったら――喧嘩になった――正々堂々の戦いだから悪くな――」

 そこまでいうと、ハーラントは二人の方へ向かおうとする。あらかじめ、その行動を予想していた私は、ハーラントの肩を強くつかんで制した。

 はじめからわかっていた。結局、私たちは侮られているのだ。

 「ハーラントさん、いまからいうことを、正確に伝えてもらっていいですか」

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