失望

 ヤビツと別れて、今度は村長のところへ向かうことにする。村の中央にある少し大きな建物が村長の家だったはずだ。そちらに向かうと、家の前には人だかりができていた。

 手に手に器を持って並ぶ人々に、村長は小麦の大袋からますで量って配っていく。どの家に何人の人間がいるか、大人なのか子どもなのか、そういったことはすべて頭に入っているのだろう。しかし、二百人に対して、我々の持ってきた小麦はあまりにも少ないように思える。

 「ノアルー村長、もっと食料が必要ですね。なかなか手配ができなくて申し訳ありません」

 村長は手を止めずにいった。

 「あんたが約束を守ってくれたことには感謝しておるよ。冬を越せるかどうかギリギリの食い物しか残ってなかったからな。場合によっては、あの客人たちを襲うようなことになったかもしれん」

 さらっと恐ろしいことを告げる村長の顔をまじまじと見るが、冗談をいっているようには見えなかった。たしかに、自分たちが餓死する危険がある状態なら、人語を解するとはいえ、黒鼻族たちを食料にするという考えが浮かんでも不思議ではない。人間を食べるよりはよほどマシだろう。

 「そんな悲劇がおこらなくて、本当によかったです。作戦がはじまれば、こちらに食料をまわすこともできるようになると思いますが、かなり先、おそらく二ヶ月は先のことになりそうです。大丈夫でしょうか」

 なにが大丈夫なのか。もちろん、私は黒鼻族を襲うことがないという保証を求めているのだ。

 「二ヶ月だとギリギリだな。もう少し、なんとかならんのか」

 村長には、村民を養う必要がある。農業ができないバウセン山の周辺では、白茸しらたけという滋養のあるきのこが主食であったようなのだが、その白茸が地震の後に急に取れなくなったらしい。まったく収穫できないというわけではないのだろうが、それだけで二百人の村民を養うことができなくなったというのは、深刻な問題のはずだ。

 「私たちが東へ戻るときに、何人かついてきてもらえば、食料を早くお渡しできると思いますよ」

 「だったら、そうしよう。だが、わしらは戦いには参加せんぞ」

 ルビアレナ村の人々を戦争に巻き込むのは、こちらの本意ではないし、兵器製造拠点としての活躍を期待してるのが本当のところだ。

 「もちろんです。こちらも、戦争に参加していただけるとは思っていませんよ。ところで、はなしは変わるのですが、お願いしていた武器の件はどうなっているか、おうかがいしてもよろしいですか」

 村長は返事のかわりに、大声で怒鳴った。

 「ベエカ、ベエカ! 客人に依頼の品の件を説明して差し上げろ」

 行列から、手に陶器の鉢を持った男がこちらに向かう。私たちが、初めてこの村に来た時に案内してくれたベエカという男だった。

 「村長、せっかく列に並んでいたのにひどいよ」

 「グダグダいうな。そこに置いとけば、きっちり入れておいてやる」

 ベエカは鉢を村長の横に起き、私たちについてくるよう促した。

 村長の家の裏手には掘っ立て小屋のような作業場があり、ベエカは私たちを中に入るようにいう。

 「あんたたちの依頼を受けてから、男手をあげて鍛えたんだぞ。感謝してほしいな」

 食料の対価という意味であれば、当然と考えることもできるが、そこまでおごり高ぶってはいない。

 「ありがとうございます。それで、お願いしたものはどれくらい用意できましたか」

 小屋の奥に置かれている縦長の陶器から、ベエカは一本の刀身を引き抜いた。

 「これが鬼角族が使う大太刀だ。合計二十本ある。すまんが、玉鋼たまがねが無くなってしまったので、今はこれが限界だ。鉄を持ってくるか、時間をもらえれば数を揃えることができる」

 思ったより大太刀の数が少ないことに失望するが、そのことが顔に出ないように気をつけた。

 「わかりました。槍はどうですか。それにいしゆみは」

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