膠付け

 以前のジンベジとは違う。

 槍さばきは格段に上達し、つけ入る隙もない。毎日のように、誰かと稽古をしていたのだろう。ユリアンカは倒れていたから、鬼角族の戦士を相手にしていたはずだが、槍の長さを生かして剣をさばく様は、名人の域に達していた。一歩後ろに飛び退しざると、大きく声をかける。

「よく鍛えたな、ジンベジ君。もう君にはかなわないんじゃないか」

「教官殿に、そういっていただけると鍛えた甲斐があったというもんです」

 まともな方法では、剣で槍のジンベジに勝つことはできないだろう。ここは、搦め手でいくしかない。

「だが、老いぼれにも、まだまだ隠している剣の奥義がある。腕前をあげた君に、褒美として見せてやろう」

 剣の奥義ということばに、ジンベジは槍を持つ手を緩めた。

「これはにかわ付けという技だ。私の剣先からでる気が、君の穂先を吸いつけて離さない。どれほど力を入れて押しても、払いのけようとしてもピクリとも動かなくなる。剣の達人の中には、この技を使うものが少なくないから、よく覚えておくんだぞ」

 ジンベジの槍を握る手に、再び力がこめられた。

「そんな技はきいたことがありませんよ。魔術でならできるかもしれませんが、教官殿は魔術を使うことはできないはずです。ぜひ膠付けなんていうものがあるのであれば、やってみせてください」

「ああ、これは私が君に与える免許皆伝だ。この技を見切られると二度と君には勝てないだろう。だから、この技を良く見て、対応策を考えることだな。君の穂先は私の剣先に搦めとられ、いくら強く押そうと、上に持ち上げようとしてもピクリとも動かなくなる。試してみるんだな」

 私がいい終わる前に、ジンベジは槍を突き出した。

 だが、その穂先の勢いは遅く、迷いがみえた。本当にそんな技が存在するのか、もし存在するとすれば、どう対応するべきなのか。槍を突きながら、ジンベジの心は別の所に向いていたのだ。

 迷いなく振るわれた槍であれば、おそらく不可能であっただろう。

 伸びのない穂先を、剣先で押さえるように受け止める。

 「突いてみろジンベジ!」

 私の咆哮ほうこうに、ジンベジが槍をさらに押し込もうとした時、それはおこった。

 ジンベジの顔から血の気が引いていくのがわかる。押し込もうとした槍が、まったく動かなかったのだ。

「槍を振り上げてみろ!」

 そういいながら、私は木剣の切っ先をたんぽ槍の上側に滑らせた。

 穂先を振り上げようとしたジンベジの表情が、再び凍り付く。また穂先は動かない。

 私はニヤリと笑う。

「まだ勝負は終わってないぞ」

 我にかえったジンベジが槍の穂先を少し下に下げると、呪縛が解けたように、なんの妨げもなく槍は動いた。

 一瞬、ジンベジの心に空白が生まれる。

 槍を引き、再び突こうと体が動きはじめた時には、すでに剣の間合いになっており、木剣がジンベジの首筋に突きつけられていた。

「まだまだ私も、捨てたもんじゃないだろう。今の技が膠付けだ」

 ジンベジは槍から手を離して、頭をいた。

「完敗です。教官殿、ぜひ種明かしをお願いしますよ。そもそも膠付けなんて技はないんでしょ。でも、なぜ俺の穂先が動かなかったんですか。その理屈がわからないんです」

 地面に落ちた槍を拾い上げ、ジンベジに手渡しながらいった。

「バレてしまったなら仕方ないな。種を明かしてしまうとガッカリするかもしれないが、私なりの奥義の伝授だと思ってほしい。あまり人にはいうなよ」

 ツベヒも近くに寄ってきて、興奮した表情で私を見つめていた。

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