堅物

 懐かしい声に表へ飛び出すと、濡れた体に寒さがしみた。

 だが、そんなことよりひさしぶりに見る顔に気分が高揚して大声を出してしまう。

「みんな、戻ったぞ」

 先頭にはハーラント、その後ろには鬼角族の男たちがいる。少し遅れて、ツベヒとジンベジの顔も見えた。

「教官殿、よくぞご無事で」

 ジンベジが騎乗したまま近くに駆け寄ってくる。

「ローハン、お前なんだか青白い顔をしているな。ちゃんと飯を食ってるのか」

 ハーラントも笑顔で近づいてくる。今日は機嫌んがいいようだ。青白く見えるのは、髭を剃ったばかりだからだし、貧相に見えるのは薄い衣服しか着ていないからなのだが。

「心配無用だ、ハーラントさん。元気なものだよ。ジンベジ、新入りたちと仲良くやってるか」

 一瞬ジンベジの顔が曇ったように見えたことが気になったが、詳しいことは後でゆっくり確認すればよい。

「キンネク族の朋友の無事を祝って、今日は羊を一頭屠ろう」

 ハーラントが何事かを鬼角族たちに告げると、みなが歓声をあげた。遊牧民の生活は単調で、季節の変わり目におこなわれるお祭り以外は、日々同じことを繰り返すのが普通だ。思いもよらない祭事に、鬼角族の男たちも喜んでいるのだろう。

 場の盛り上がりとは逆に、私の冷え切った体は、大きなくしゃみで小屋に戻るよううながした。

 ハーラントに挨拶をして、いったん小屋に戻る。

 ジンベジとツベヒ、見覚えのないもう一人の男が小屋に入り扉を閉める。ここは士官の小屋ということか。

「ローハン・ザロフ隊長。はじめまして。小官はノンディ・ライドス、大隊補佐官を拝命しておりました」

 見知らぬ男が姿勢を正した。中肉中背。特に身体的な特徴はないが、少し前髪の生え際が後退しており、額が大きく利発そうにみえる。大隊補佐官というのは、文字通り大隊指揮官の補佐役で、士官への最短路であると考えられている。だが、その身分はあくまで下士官であり、小隊長であっても正式な士官である私よりも低い。ゆえに、ここでの指揮権は私にあるというわけだ。

「ライドス君、こちらこそよろしく頼む。ツベヒ君もジンベジ君も、とりあえずは、その外套を脱いでくつろいでくれ」

 この小屋を使っていた日数は、私よりこの三人の方が長いようにも思えるが、先任士官が場を仕切らなければはなしは進まない。外套を脱ぎ始めたジンベジ達の背中から声をかける。向かい合ってはなしをするより、視線が交わらない感じで会話する方が、本音をきくことができるという人もいるのだ。

「三人ともどうだ。ここでの生活には慣れたか」

 ツベヒが笑い声をあげた。

「隊長、私たちは立派なになれますよ。おそらく、私と同じくらい羊の世話ができる人間はいないでしょう」

 ツベヒは貧乏貴族の子弟で教育もある。功成り名遂げる為の入隊であったはずだ。今の羊飼いの生活には納得していないのだろう。

「ジンベジ君はどうだ。生活には慣れたかな」

「教官殿、俺は楽しく暮らしてますよ。切った張ったもいいですが、命の危険なく、たらふく飯が食えるんですから文句はいえません」

 ジンベジは、意外と遊牧民の生活を苦にしていないようだった。武術の得意なものは、鬼角族では尊敬されるし、槍の稽古の相手にも事欠かない。

「ライドス君はどうかな」

 新顔に軽く声をかける。どんな人物か、できるだけ早く把握しておきたかった。

わたくしは、この現状に大変不満であります。ここでの生活はただの民間人の暮らしであり、兵士の生活とはいえません。戦うために志願したにも関わらず、このような状態に置かれることは納得できません」

 新入りは、大変頭でっかちの堅物のようだった。しかし、それならなぜ脱走などしたんだろう。

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