遠乗

 ニビと一緒に、店の押し入れからそりを裏口の外に置く。大きさ的には一頭立ての橇だろう。小麦の大袋五つならなんとか積めそうだ。

「ニビさん、輓具ばんぐはどこにあるのかな」

 私の問いかけに、羊は首をひねった。

「橇と馬をつなぐための、革でできた道具があるはずなんだが、知らないか」

「これしぃか、ありましぇん。これでは使えましぇんか」

 詳しくはなしをきくと、橇は軍隊のおさがりで、こういう雪の日にニビが荷物の輸送をおこなう商人へ貸し出していたらしい。輓具は借りる側が荷車のものを使っていたのであろう。

「すまない、私の馬には橇と馬をつなぐ道具がないので使えないようだ。一袋だけもらっていくことにするよ」

 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。今度は橇を二人で室内に戻す。短い時間ではあるが、力仕事に全身から汗が噴き出した。こういう寒い日に汗をかくことは、しばしば体調を崩す原因となるが、どうしようもない。馬の場所まで戻ると、馬のいななきに気をつけながら、草原の民の店の裏口へ戻る。

 大袋を馬の鞍の後ろ側に結わえ付けると、また来ることを伝えて町を後にした。ターボルの町へつくのは朝になるだろうが、暖をとる魔術が込められた杣木そまぎも使い果たしてしまっているので、できれば風を避けるためにも壁のある場所で休みたい。そう考えながら、凍える雪原を西に西に進んでいった。


 無人のターボルで休み、翌日はチュナム集落へ。そして、その三日後の昼過ぎにはキンネク族の冬営地へとたどり着いた。

 馬は疲労困憊していたが、もともと頑健な荷馬車用であったことが幸いしたと思う。

 灰色の空の下にひっそりと建つ、素朴な土壁の小屋で暮らした日数はそれほど長くもないはずだが、いまは故郷ふるさとへ帰ってきたような気持ちだ。

 雪中の村落には人影も見えず、少しでも暖気を逃すまいと扉は固く閉ざされていた。時間的に、男たちは南側の斜面に羊たちを連れていっているはずだ。

 馬を一番大きな小屋の近くまで寄せ、横木に手綱を結びつけると小屋の外から大声で声をかける。袋から飴を取り出し、上着に忍ばせておく。

「ユリアンカさん、ローハン・ザロフです。戻ってきました」

 小屋の中から、くぐもった返事がきこえ、ドタバタという音がしたあとに入口の扉が外された。鬼角族の冬営地に設置されている小屋は、木材の不足のために粘土で作った扉をはめ込んでいるのだ。

「室温が下がる、早く中に入れ」

 扉を開けたのはユリアンカで、以前みたゆったりとした貫頭衣を着ていた。

 私が体を小屋の中に滑りこませると、ユリアンカは大きな扉で入口にぴったりと閉じる。

「オッサン、思ったより早く帰ってきたな。どこにいってたんだ」

 そういいながら、顎で床の羊の敷物の方向を示す。暖炉に火はなかったが、長い間寒気にさらされた私にとって、部屋の空気は暖かい、いや熱かった。

「私たちの国の都に大切な用事があったのです。用事は終わったので、春になるまではずっとここにいますよ」

「ふーん」

 質問はしたものの、私のはなしに特別な興味を持っていないところは、いかにもユリアンカらしかった。

「体調はどうですか。もうすっかり加減は良くなっているように見えますね」

「そうかな。冬は体が動かせないから、まだまだ調子は戻ってないよ。春になって、馬に乗らないと調子は戻らない」

「だったら、春になれば一緒に遠乗りをしましょう」

 ユリアンカはギロリと私をにらみつけた。

「ふん、調子に乗るなよクソジジイ。あたしを助けたことには礼をいっとく。でも、それだけのことだ」

 口は悪いが、その顔が笑っていることを、私は見逃さなかった。

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